174. かつての罪を悔やんで
「クオング……うるせ……ハッ!? 気絶してたか……」
寝言を呟くデルフィを叩き起こす。
次に静かに寝息を立てるロンドを叩き起こす。
「……ん。おはようございます……賢者様……」
「……寝ぼけてる?」
「んん? ああ、ユリーチさんですか。失礼、気絶していたようですね。ここは……真っ暗だ。ユリーチさんが持っている眩しい光以外、何も見えない」
未だに状況を理解していない二人に、これまでの経緯を説明する。
この暗闇はソレイユ王国であること、謎の男に出会って灯を貰ったこと、王城を目指さなければならないこと。
「なるほどな。その男ってのが何者かは分からないが、また会える機会があれば礼を言っておこう。さっさとこの気味悪い暗黒から抜けるぞ」
デルフィは話を聞くや否や立ち上がる。彼の顔はどこか青褪めている。
「ふうん……いかに英霊といえど、あの気色悪いエムティングに創り変えられるのは嫌です?」
「当たり前だろ。なんとなく体に邪気が染み始めてる気がするし。とにかく早く行くぞ」
「小生は体が変わっても強くなれて理性が残ってるなら別にいいんですけどね。アレ、どう考えても人間より知能指数下がってますし……」
やはりロンドの倫理観はぶっ壊れている。もともと世界の破滅を願う組織に所属していたのだから、当然の道理とも言えるが。
ユリーチは呆れたように溜息をついて光を翳した。
「行くよ。この光もいつまで持つか分からないし」
七色の極光は秩序の力で構成されていた。
ユリーチが推測するに、この暗黒の中では秩序の力を持つ物が影響を受けにくいのだろう。その証拠に災厄フラムトアを取り込んでいるユリーチはあまり調子が落ちていない。
光を導に前へ進む。
~・~・~
記憶を頼りに暗黒の王都アビスを進み、王城の方角を目指して数十分。
眩い光の片鱗が見えた。
「あの光は……ソレイユ王城?」
「そのようだな。ただ……ああ、最悪だ」
デルフィは七色の明かりを頼りに、視力を強化して王城の方角を見る。
眩い白光に包まれた王城は暗黒から侵略されていない。あの光こそ、魔導王が大量に準備させていた救済の力による守護である。
しかし近付くことはできそうにない。
白光に横切る黒い影。まるで光に群がる蛾のように。数多の黒化エムティングと黒化メロアが跳梁していた。
地上にも天空にも、溢れかえらんばかりの壊世主の眷属が王城を包囲している。
「どうします、アレ? どう見ても王城へ入れそうにありませんが。かと言って、ここで待ってても邪気に侵食されますよねえ」
「うーん……強行突破?」
「無理だろ」
ユリーチの解答に他の二人は苦笑いする。
さすがに強行突破は不可能だろう。あの無数の眷属一体ごとが、恐ろしい力を持っているのだから。火の海に飛び込んでいくようなものだ。
「……あ、そうだ。簡単じゃないですか」
ロンドがぽんと手を叩く。彼の視線は頭上。
「ここに来る時、結界を破って来たでしょう? ならもう一度結界を破って地上に上がって、王城の真上で再び地下に潜ればいい」
あっけらかんと言い放つロンドに、思わずユリーチは嘆息してしまう。ずいぶん簡単に言ってくれる。地上と地下を隔てる『極楽開闢式アビス』の結界は容易に破れる代物ではない。
魔力と邪気をすべて籠め、結界を裂く必要があるのだから。しかも二回。
「でも、それ以外に手はなさそう……? はあ……分かった、がんばって結界を破るから。周りを見張ってて」
彼女は飛翔して再び秩序茨インディに力を籠める。
ロンドは周囲を警戒しつつ竜騎士の駒を起動。後ろへデルフィを乗せて地上へ出る準備を整えた。
衝撃が巻き起こる。地上もまた夜闇のように暗いが、地下に比べれば遥かに明るい。破れた箇所より光が降り注いだ。
「壊せた! 塞がる前に早く!」
「竜騎士君、飛んで!」
三人は地上へ。
後は王城へ向かうのみだ。
~・~・~
地上へ出て平坦な結界の上を進む。
下を見渡せば、白く輝く王城に群がる壊世主の眷属。
目指す座標は王城の真上。そこに結界の穴を開け、降下して王城へ戻る算段だ。
しかしこのソレイユは地下のみならず地上も壊世主の支配下。地上で動き回るユリーチたちなど、手の平の上で踊っているようなものだった。
「ふむ。王城の真上まであと少しというところですが、これは……」
「……最悪だな。ユリーチは結界を破るための魔力を温存しておけ。地下のエムティングの群れに比べればマシだ」
彼らの眼前に飛翔するは、天を走る計四体の黒化エムティング。壊世主が戯れに三人を妨害するように向かわせたものだ。
この四体が突破されて三人が王城へ辿り着こうが、ここで倒れようが壊世主にとってはどうでもいい。どちらにせよソレイユは滅ぶのだから。
空をぐるぐると旋回していた黒化エムティングは人の気配を感じ取る。
『──!』
『……人間! 我が主、殺害を命じたもの!』
『殺せ、殺せ!』
「……なんかあのエムティングたち、前よりも流暢に喋るようになってません?」
「知るかよ。雷電霹靂──『痺れ網』!」
まっすぐ滑空してくる黒化エムティング。
しかし退路はない。三人は王城の真上へ辿り着くために、前進せねばならないのだ。
デルフィの雷の縄が前方に展開される。
黒化エムティングにとっては痛痒足り得ない。むしろ心地よい刺激と言えるだろう。四匹のうち一匹は雷の縄を弄んで無邪気に遊び始めた。
『殺せ! 殺せ!』
しかし他の三匹は止まらない。個体差はあるものの、やはり知能が向上しているとみて間違いないようだ。
目にも止まらぬ速さで黒き刃が振り抜かれる。
「魔導士、射手の駒君!」
ロンドは二つの駒を起動。魔導士の駒に障壁を展開させ、敵に速度低下を付与させる。三人を守るように展開された障壁はいとも容易く斬り裂かれ、速度低下は微細なもの。焼石に水だが攻撃を回避する程度の余裕はできた。
同時に射手の駒は黎の矢を放ち、黒化エムティングの翼を穿つ。
しかし翼は貫けず。
『コレは……秩序? 仲間? いいや、違う?』
『敵の味方、だから敵?』
「今です、急いで!」
黒化エムティングは突然現れた黎触の駒に戸惑う。
元々、黎触の力は災厄に由来するもの。さきほどユリーチを同胞と勘違いしたように、黎触の駒が味方かどうか測りかねているのだ。
その隙を突いて三人はさらに前進、疾走。エムティングと少しでも距離を開く。
しばし経って魔導士と射手の駒が破壊される。黒化エムティングは駒を敵だと判断したらしい。ロンドは貴重な戦力の喪失に落胆するが仕方ない。駒は使い捨てるためにあるのだから。
「駄目、追いつかれる!」
駒を破壊したエムティングは即座に逃げる三人を追跡。常軌を逸する速さで空を走り、背後を捉える。
ユリーチは結界を破壊するために魔力を温存しなければならない。しかし、命なくして帰還の意味はなし。
一瞬で三人との距離を詰めたエムティングを迎撃するべく杖を取る。
「チッ……ユリーチ、先に行け!」
しかしデルフィは彼女を制して立ちはだかった。
雷を身に宿した彼の速度を難なく捕捉し、黒き茨が撓る。横薙ぎがデルフィの胸を抉る。
「駄目! あなたが犠牲になっても……!」
たとえデルフィが命を擲って時間を稼ごうとも意味はない。あの黒化エムティングの速さを以てすれば、僅かな時間稼ぎなど無為に帰す。
──詰みか。三者は悟る。
王城まであと一歩というところで、彼らは間に合わなかった。あまりに敵が強大すぎたのだ。
ユリーチが死闘の決意を固めて一歩踏み出す。最悪、時間遡行も視野に入れて黒化エムティングの撃滅を……
『──!?』
瞬間、黒き物体が飛来。
デルフィを蹂躙していた黒化エムティングを吹き飛ばす。
戦場が一時的に、かつ完全に停止した。ユリーチたち人間側も、黒化エムティング側も何が起こったのか理解できなかったのだ。
なぜなら、さきほどエムティングを吹き飛ばした黒い物体もまた……
「……どういう、こと?」
『同胞? 同胞?』
黒化エムティングだったからだ。
三人を待ち構えていた四匹とは異なる、彼方より飛来してきた個体。そのエムティングは三人を庇うように立ちはだかった。
仲間割れ……なのだろうか。
同胞に攻撃した黒化エムティングは人間に語り掛ける。
『行きたまえ。王城まであと少しだ。君たちが此処で死んで許されるはずがない』
声も姿も他のエムティングと変わらない。奇妙な金切り音による形声。
突然の状況に気が動転していた面々。一番早く正気を取り戻したのはロンドだった。
「よく分かりませんが、感謝します。さあ、行きますよ二人とも!」
「あ、ああ……!」
ロンドとデルフィは足早に王城へ向かって走り出す。
だがユリーチは一足遅れた。眼前に立ちはだかったエムティングに、何か惹かれるものがあったから。
『逃げた、逃げた! 殺せ!』
追跡へ向かおうとした黒化エムティング。
しかし、人間を庇った個体の黒茨が追撃を妨害。
『何をしている。早く行け』
「……うん、ありがとう。私たち……必ず勝つから!」
勝利を宣言してユリーチは走り去って行く。
遠ざかる輝天を目視した異端の個体。彼はほか三体の黒化エムティングの前に飛び、先へは行かせまいと翼を広げる。
『何故、邪魔をする、同胞。我らは、みな、我が主の眷属』
『ふん……私が貴様らの同胞だと? 思い上がりも甚だしいな。一体いつ私が壊世主なるものの眷属になると誓った?』
『邪魔、邪魔! 敵の味方、敵! 殺す、殺す!』
『──!』
猛るエムティングたちを前に異端は退かず。
結界の上にねばつく闇が広がった。
『せめて死後くらいは兄としての責務を果たすさ。ユリーチ……どうか君は……』




