165. Abyss - α
観測世界線 : α
魔導王アビスハイムより、周回一度目を記す
始点 : 覚醒、学習開始
終点 : 神々侵攻
~・~・~
五千年の眠りは長かった。
我……アビスハイムがソレイユ魔導王朝を起こしてから五千年。我が魂は魔術式アビスへと変化し、世界を見守り続けていた。
ようやくの目覚めだ。魔術式アビスはソレイユが危機的状況に陥った際、我が肉体を呼び戻すように設計されている。魔導王アビスハイムはソレイユの守護者にして抑止力。目覚めは即ち国家存亡の危機を意味する。つまるところソレイユに滅びが迫っているということだが……
「……ふむ」
王城の地下深くで目覚めたが、特段歪んだ気配はない。
まずは魔術式アビスが刻まれた地下から出て地上を目指すとするか。
さて、覚醒から早々に問題が起こった。
鋭利な矛先を向けられている。
「貴様、何者だ!」
「魔導王陛下が眠る、神聖なる石室へ侵入するとは……!」
眠りながら観察していたゆえ、分かっている。この者らの服装はソレイユの兵士が纏うものだ。どうやら彼らは我を侵入者だと思っているらしいな。
どうしたものか。ここで我が魔導王アビスハイムだと名乗っても、狂人の戯言と思われるが関の山。
「フッ……ハハハッ! 知らぬが仏よ!」
逃げればよいではないか。
我は失われた転移魔術を使い、瞬時に地上へ出た。何が起こっているのか分からない以上魔力は温存すべきだが、我の魔力など吐いて捨てるほどある。
可及的速やかにソレイユの問題を把握し、片を付けて再び眠ろうではないか。
見よ、この地上の惨憺たる有様を。
花は咲き乱れ、人々の顔には笑顔が宿り、あたたかな日差しが王都を照らし出している。天に伸びる廊と煌びやかな魔導光は繁栄の証。我が築いたソレイユは素晴らしい進化を遂げ……
「って、何も問題ないではないか!?」
大声で叫んだ我に痛い視線が突き刺さる。
往来の民は露骨に我を避けて通っていく。これのどこが危機的状況か。
魔術式アビスが国の危機だと勘違いしたのか?
いや、あの魔術式は『ルアの天秤』なる絶対的な至宝を参考に作った。誤作動などあり得ない。
「ふむ……となれば、水面下で何かが動いていると考えるべきか」
まだ民に脅威は知れ渡っていない。
となれば、やはり探るべきは国家機密。地上すべての魔術を学習し続けていた我にかかれば、情報の入手など容易いこと。
さあ、わが国を救おうではないか。
~・~・~
「ぜんぜんわからん」
公園のベンチで我は黄昏ていた。
困った。何も情報が掴めぬ。
王城に予見眼を飛ばしてみても、何も慌ただしい様子はない。国家機密を覗いてみても危機に繋がりそうなものは見つからなかった。
唯一の懸念と言えば、当代国王のアズテールが無能ということか。しかし奴は王の器だけはある。奴があまりに無能で国が亡ぶ……などは考え難いが。
「ま、なんとかなるだろう」
うむ。何事も気負い過ぎぬことだ。
危機が出てくれば我が対処すればよいのだ。今は五千年振りの世界を楽しもうではないか!
ひとつ店に入って食い物を食べてみたが、なんと味のよいことか。まあ金がなくて食い逃げしてきたのだがな。電子マネーなぞ持っておらぬわ。金貨ならば腐るほどあるが。
とかく世の中は便利になった。観測しているだけでは体感できぬものが数多くある。
しばらくは遊興といこうではないか。
~・~・~
失態だ。まさか我がここまで阿呆だとは。
見よ、燃え盛る王都を。我が怠けている間に崩壊のカウントダウンは進んでいたのだ。やはり魔術式アビスの警告は間違っていなかった。
天廊が崩れ、赫赫と炎は燃え、為す術もなく民は死んでゆく。
海洋より未知の生命体の軍勢が迫り、瞬く間に王都を滅ぼしたのだ。民を守るべく魔術を浴びせるが……蘇る。不死断ちの魔術を以てしても滅ぼせぬ生命体。
「なんだ、これは……」
『それは私の眷属ですよ、魔導士さん。名前をエムティングといいます』
──不快だ。この者は不快だ。
人間の少女の外見をしているが……ふむ、この気は。我が覚醒以前、大見得切って喧嘩を売った相手。
「神族か」
『ええ。よく分かりましたね? 不出来な人間にしては優秀なようです。私は心神。かつて死した神の一柱』
「なにゆえ神が人を害す? 神は人を守るものであろう」
『あ、それ昔の話ですよ? 私たち【棄てられし神々】は創世に反旗を翻す者。いわば人類の敵です』
「では……お前は我の敵ということだな」
神の相手は慣れている。覚醒以前、殺しはしなかったものの喧嘩は何度もしたからな。
あの頃はまさしく神の乱立時代であった。何十という神が存在したのだ。
「失せよ、『根源破壊』」
神族特有の神聖の波動を引き剥がすには、壊属性の魔術が最適。
心神なる者の周囲の悉くを破壊し、奴の肉体と魂すらも破壊する……壊属性魔術の極致を見よ。
『あら。何かなさいましたか?』
周囲の空間、および魔力の破壊を確認。しかし魔術は阻まれた。周囲のエムティングなる生命体も自動的に蘇生したようだ。
何か細工を施しているな。たとえ神といえども我が魔術を受ければ無傷では済まないはず。
『あなたの莫大な魔力、観察眼……常人とは思えませんね。何者ですか?』
「名乗る道理はない。今の我は王冠を戴かず、民すら守れなかった愚者。お前を殺し、国を救うのみよ」
『戦意に燃えるも、怒りに身をやつすも結構です。しかし……敵は私だけではありませんよ?』
瞬間。凄まじい重圧が我が身を圧し潰した。
重魔術とは異なる──魂が震える枷。単純な覇気。
「クニコスラ。こんな所で油を売るのはやめろ。速やかに俺たちは国を滅ぼし、暗黒の帳を開かねばならないのだから」
なんとか重圧をレジストして立とうと試みる。
しかし遅い。神の前にはあまりに遅かった。
我が胸元を貫いた……人間の腕、か?
いや違う。この気配……これもまた神だ。心神が語る【棄てられし神々】とやらの一角か。
……不味いな。魂を抉られた、長くは持たん。再生を試みるが邪気に阻まれる。なにゆえ神が邪気を操るのか、思考している時間はない。せめて民は助けねばならないが……
「お前は……何者だ。我を一撃で屠るなど……」
「命神メア=ルッイ=シヴ。猛き魔導士よ、お前はよくがんばった。安らかに眠れ」
心神、命神。
いずれも過去に死したはずの神の名だ。
真実を追求しようにも民を助けようにも、もはやこの身体では持たぬか。
我が無能であった故にソレイユは滅びたのだ。
「──Xugeを起動。β世界線へ託す。『不敵の複合』」
無念。もはや我が生は終わりだ。復活は何の意味も為さなかった。
では……せめて。せめて別の世界線ではソレイユを救えるように。
我が遺志を託そう。
次こそは勝利を。




