157. 共に沈み、再びの明心を
ソレイユ離島を覆う邪気が払われる。
僅かに顔を覗かせた晴天は、闇が立ち込める未来に射した希望。
破壊神が塵となって消えて行く中で、かつての創造神が表出する。
人間体に戻った創造神は力なく海へ落ち──
「……主よ。闇よりお戻りになられましたか」
満身創痍のダイリードが創造神を受け止めた。
破壊神オズ・ナドランスは、創造神とオズに再び分離し……どちらの魂も消滅していく最中。
「……ダイリード。君には迷惑をかけたね……でも、よかった。もう……自分の意志で動けるようになったんだね」
「はい。ご安心ください、我は主の意志を継ぎ……世界を守り続けます。これまで過った道を進んだ清算を行うためにも」
「……ジークニンド、イージア、サーラ。みな立派になった。もう悔いはない……と、言いたいところだけど……」
創造神はダイリードに抱えられながら空を見上げる。
まだ空は黒い。僅かに見える晴天も、すぐに暗雲に覆われてしまいそうだ。
「時間がない……君たちの言葉を最期に聞いてあげる余裕も、ないみたいだ。みんな、聞いてくれ……創造神が与える、最後の任務だ」
神の御言葉、主の最後の遺志。
かつての六花の将たちとジークニンドは、沈黙して創造神の言葉に聴き入っていた。
「──ソレイユへ。結界内へ向かうんだ。世界の分岐点はまだ、過ぎ去っていない。……破壊神もまた、厄滅の一欠片に過ぎないのだから」
まだソレイユ国内では【棄てられし神々】との交戦が続いている。
アルスらの戦いはまだ終わっていないのだ。
創造神の力は、もはや神とは呼べぬほど微弱なものになっている。ダイリードは消えていく彼の神気をずっと手放さず……主の頬に涙を落とした。
同様にサーラもジークニンドも、今だけは心の内から溢れ出る嗚咽を抑えずにはいられない。
「……みんな、泣かないで。泣くのは……任務が終わってからだよ。さあ……行こうか、オズ……」
~・~・~
憎い。また俺は死ぬのか。
どうして……どうして俺だけが負け続ける? 奪われ続ける?
神の力を得てもなお……俺は呪いを果たせなかった。
でも、思うんだ。俺は何を呪いたかった?
俺は『黒天』オズじゃない。
分かっていた、ずっと分かっていたんだ。幸せを奪った奴が許せなくて、恨み続けてきたけど……
──人を恨むような奴は、『黒天』オズじゃない。
そうだ、あの英雄は人を馬鹿みたいに信じて、決して人を憎むような真似はしないから。カシーネが愛した青年は、人を恨まないオズなんだ。
だから俺は……オズ・ナドランスは。ただの化物だった。
これ以上……オズが歩んできた歴史を、『黒天』の名誉を。
汚すのは御免だ。
誰が悪かったわけでもない。俺だけが悪かった。
俺だけが弱くて、浅ましくて、憎悪に呑まれてしまった。ごめんな、カシーネ。
でも、一つだけ許せないモノがある。
奴だけは許せない。俺の呪いを作り出し、憎悪を呼び寄せた奴だけは。
あの声。あの声が、俺を狂わせた。
呪いの神、オズ・ナドランスを作り出した悪意。お前だけは許せない、けど……俺にできることなんて……もうない。
魂が消えていく。
俺と融合していた創造神と共に──世界から去らねばならない。
「やあ、オズ……に似た誰かさん」
「……創造神様。悪い、俺……」
「謝罪は必要ないよ。人間はみな僕の子だ。子の過ちを受け入れるのも親の役目だからね。それに、君の憎悪を創り出したのは人間の欲望と、悪辣な因果によるものだ。君は悪くないから」
「そんなことない。俺は……俺だけが悪いのさ」
俺は最大の悪だ。
だから、死後の世界でカシーネに、みんなに謝らないと。
「安心するといい。君を邪悪に誘導した悪意も、きっと僕の子たち……六花の将が討ってくれる。だから安心して逝こう。最後まで僕もついて行くから」
「……ありがとう」
俺って、本当に情けない奴。
運が悪いと思っていたけど……違う。運が悪くても、躓く度に支えてくれる人がいたんだ。それなのに俺は、何もかもを恨んで──
『オズ! こっちこっち!』
「……カシーネ」
遠くで呼ぶ声が聞こえた。
でも、その声はきっと。俺を呼んでいるんじゃない。
俺じゃないオズを呼んでいる。
だって、俺が行くのは地獄だから。
どうか君は天国で、オズと一緒に幸せに。
──ああわが童よ、あわれな子よ。
きみの手が落ちる前、きみの心が煤に染まる前。
どうか純情を忘れるな。きみの想いは旅に乗る。
きみのやさしさ、風を超ゆ。
どうか、どうか忘れないで。
きみの心は世界のゆりかご──




