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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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154. 逃げて想って苦しんで、壊れた

 小さいころから、少しだけ運が悪かった。

 ぐるぐると回る観覧車、落ちていくジェットコースター。夜闇に煌めく光が世界を照らす。


 ルフィアの大きな遊園地、その高台で。

 俺はカシーネと向かい合っていた。魔神討伐から一か月も経っていない頃のことだった。


「カシーネ。伝えたいことがあるんだ」


「うん」


 直前までずっと迷っていた。

 この想いをぶつけてもいいのか。俺は忌子だ。


 運が悪くて、生まれだって貧しい人間。

 神能も俺の悪運を補うように、運を補正する『幸招(さちまねき)』という代物だった。

 でも……俺らは魔神戦役を生き残った。四英雄、ひとりも欠けず。


「俺は……」


 だから、もう許されたんじゃないかな。

 俺の悪運は……消えたんじゃないかな。きっと一緒にいる人を不幸になんてしない。


 旅の果てで、俺は俺の納得できる姿……『普通の人間』になれたのかもしれない。だから、俺は今から叶わなかった願いを叶えたい。

 普通の人間になったら、次は幸せだ。俺は幸せになりたい。


「俺は、君が好きだ」


 幸せになるためには、彼女が傍にいる必要があった。

 最初に出会った時からずっと……カシーネに恋をしていたのだと思う。人を思いやる綺麗な心が、屈託のない笑みが、純真無垢な瞳が、綺麗に揺れる赤髪が好きだ。


 暗闇の中、カシーネは驚いたように目を見開く。

 俺では駄目だろうか。


「……えっと、」


 言葉に詰まっている。

 ああ、やはり……


「その、嬉しい……私もね。オズのことが好きだよ。最初に会って、私に生きる道をくれて……楽しかった。一緒に旅をしてよかった」


「……! それじゃあ……」


「う、うん……不束者ですが、よろしくお願いします」


 この瞬間、一瞬が。

 俺を呪縛から解き放った。


 俺はもう……運の悪い忌子じゃない。

 たった一人の、幸福な人間だ。英雄の名誉も、力も、何もかも要らない。ただ彼女との日々があればよかった。




 よかった、のに……この瞬間は俺を呪縛から解き放つと同時、新たな呪いをかけた。


 ~・~・~



『…………』


 くるり、くるり。観覧車が。

 がたん、ごとん。ジェットコースターが。


 回る、回る──回り続ける。

 かつての残影、追憶。延々と魂の中で……死の瞬間と、かつての幸福が再生され続ける。


 誰か止めてくれ。この地獄を終わらせてくれ。

 呪いの権化、怨霊となった俺を終わらせてくれ。


「──」

「──」

「──」


 五月蠅い。

 遊園地を這いずる人間の声が煩わしい。


 誰も俺を見ない。見えやしない。

 当然だ、亡霊など誰が見ようか。この遣り場のない憎悪、怨恨、呪詛をどこへ向ければ良い?


 眼前で笑う人間を皆殺しにすればいいのか?

 英雄の俺がそんな真似を……いや、俺は英雄じゃない。『黒天』はマーキス・ティズだ。オズなんて英雄は存在しなかった。

 遊園地で四英雄を讃える演劇が行われている。俺はステージの隅に立ち尽くし、演劇を見つめた。


「おのれ魔神! 『黒天』マーキス・ティズの名にかけて貴様を討つ!」


 ああ、面白い。

 面白過ぎて……反吐が出そうだ。


 無知な猿供が笑っている。嘲笑か、失笑か。

 他人を信仰して寄生するしか能のない人間供が。


『…………』


 嗚呼、分かってしまう。

 俺はこんなことを思う人間ではなかった。だが、どうして正常でいられようか。


 延々とかつての惨劇と幸福が頭の中でループし、怨恨を原動力として生き続ける俺が。

 どうして正気を保っていられる?


 ステージへ踏み込んで、『黒天』マーキス・ティズの仕草を真似してみた。

 とても立派な英雄になれた気がした。誰も俺の姿は見えない。人間も、魔族も、精霊も、神族も、誰も視認してくれない。どうして俺は存在し続けるのか。


 ~・~・~


『………カシーネ』


 ナージェント家の一室は今日も暗闇に満ちている。

 カーテンが閉まり、ずっと部屋に籠っている少女がいた。


 かつての花のような笑顔は見る影もない。俺が事故で死んだと聞かされた日から、彼女は部屋に籠り切りだ。事故なんて嘘で、本当は暗殺なのに。

 怨霊となった俺でも、彼女だけは幸せにしてやりたいと思う。


 でも、誰にも見えないこの身にできることなんて……


『せめて、』


 せめて、俺に力があれば。

 怨霊でも世の中を揺るがせるほどの力があれば。彼女を幸せにしてあげられるかもしれない。たとえ俺がいなくても、彼女を幸せにしてくれる人が──


「──見つけた」


『……?』


 声が、聞こえたような気がした。

 でも部屋にはカシーネ以外いない。彼女は一言も喋っていないのに。


「見つけたぞ、黒天。……哀れな姿だな? 力が欲しいと渇望したか、恨みを晴らしたいか?」


『誰だ……?』


 どこから声が届いているのか分からない。

 カシーネには聞こえていないみたいだ。上から、下から、左右から。どこからでも聞き取れるし、どこからも聞こえない声が。


「良かろう、お前の願いを叶えてやる。──神を、創造神を壊せ。我が身が加護をくれてやる。そして……暗黒の帳を晴らしてくれよ、英雄?」


『……ッ!!』


 ──痛い!

 魂が、割れるように痛む!


 自分の根源が、どす黒い何かで染め上げられていく……!

 やめろ、俺は……!


『英雄じゃない! やめろ、カシーネ……ッ!』


 手を伸ばす。

 届かない。


 もう、一寸先は闇だった。

 かつて愛した人の姿は見えない。何も無い。


 無だ。

 いや、違う。この身が……呪いだけが残っている。


『……………………』



 俺は──誰だ?

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