48. 悪魔降臨
高層建築物の屋上、大鷲の幻獣彫刻の翼下にリフォル教の指揮官は居た。
大勢の教徒が屯し、その中央で衛星を介して街の騒動を眺める男。首からは幾重にも重なった三角形と、悪魔の様な顔を刻んだ徽章を提げている。リフォル教の司祭である。
「司祭様。幾人か……邪魔者が入っているようです」
側に居た教徒が、計画の障害となる異分子の存在を告げる。
本来、このジャオ襲撃計画は王都からの増援が到着するまでに蹴りをつけ、引き上げるつもりであった。
合成獣すら用いて先般来計画していたこの計画……それは思いがけなく英雄の家系が舞台に上がってきた事で失敗に向かいつつあった。
「ええ……私も聞いておりますよ。なんでも英雄の家系が邪魔立てしているとか?」
「はい。碧天と、霓天のようです。……如何いたしましょう?」
「ふむ……何故ディオネの者たる霓天が居るのかは分かりかねますが……流石に二人の化け物を相手取るのは芳しくありませんね? ……という訳で、撤退です、撤退。それなりに魔導士は確保できましたし……最低限の目標は達成できましたからね。教皇様が予言された厄滅は間近、のんびりしていられません。早いところ魔導王にも目覚めてもらわねばなりませんし」
「はっ! では、指示を出しましょう」
「……ふむ。勝算が無い訳ではありませんが……逃走に支障が出るようであれば、アレを起動しますかね」
司祭はそう呟き、暗い光を目に湛えた。
----------
タナンは武人である。
常に闘争を求め、己が力を振るう機会を探求する。
安穏とした日々を忌避し、普段はフロンティアをぶらつく彼であるが、その日は珍しく街中を闊歩していたのだった。
「あーー……つまんねーー。誰か強そうなやついねえかなあ」
姉からは脳味噌まで筋肉で出来ていると侮蔑された彼であるが、気に止める事はない。なぜなら実際に闘うこと、そして強くなる事が彼の生きがいだからである。
暇があれば鍛錬、腹が減ったら飯を食い後に鍛錬、眠くなれば惰眠を貪り後に鍛錬。
死線の上で生き、戦場を揺籠とする彼にとって、この街はむしろ窮屈ですらあった。
この辺りのフロンティアに棲息する魔物はあまりにも脆弱で相手にならないと判断し、街へ降りてきたのだが……やはり人里の空気は彼には合わなかった。
「おお……スゲえな! 二十年前にここに来た時はボロい街だったのにな……」
彼は高層デパートの頂上に座する大鷲の石像を真下から見上げた。
閑散として活気の無かったこの街は二十年前と比べて大きな変遷を遂げていた。
──何も変わらないタナンとは対照的に。
そう、外見すらも彼は何も変わっていない。
タナンは武人であるとともに、神族でもあった。普段は人としての姿を取っているが、彼が神族となる以前の種族は竜種であった。
死にかけのところを龍神に拾われ、姉と共に二人の子として育てられた。およそ八十年前の事である。
龍神に子が存在するという事実は神々以外知る者は居ない。そして、タナン自身も何故自分が龍神に助けられたのかは分かっていない。
だから、無性に苛ついた。
目的も無く彷徨い生きる日々。
自分の存在意義の分からない日々。
そこに彼は闘争という名の生の命題を作り出した。
そしていつの日か……彼の親よりも強くなると息巻いて神域から世界に飛び出したのだった。
「外暑いし、中に入って何か食うか!」
能天気にデパートに足を踏み入れようとしたその時、
「ぁあ……?」
先程まで見上げていた建物が爆ぜた。
石片とガラス片とが上空より飛来し、鋭利な先端が地上を歩いていた人々に襲いかかる。
「チッ!」
側で歩いていた数人の人々を突き動かし、破片の当たらない位置に誘導する。東側の一部だけが爆発したので、建物が崩壊する事は無さそうだ。
「面白くなってきたじゃねえか……!」
同時に、デパートの一階……フロントに黒衣の奇人達が溢れ出した。間違いなく人為的な行為であるとタナンは判断する。
この地で起こされた惨劇……それは彼にとって、俎上に新たな獲物が乗ったに過ぎなかったのだ。
----------
「止まれ。これ以上の暴挙は認められない」
屋上。たどり着いた先には多くのリフォル教徒が屯し……そしてその中心には統率者と思われる男が佇んでいた。
彼に剣先を向け、降伏を促す。
……無論、この行為が無駄である事は百も承知だ。
「おや……これはこれは。霓天のアルス・ホワイト様ではありませんか。碧天と貴方、どちらが来るかは分かりませんでしたが……いやはや、貴方の方で助かりましたよ。本人の前では失礼かもしれませんが、世間では碧天の方が評価が高いのでね」
「それは喜ばしいね。……で、降伏の意思は」
「もちろん、ありませんとも。それと……合成獣、見ていただけましたか? 我々の自信作なのですがね」
「ああ、あの悪趣味な生命体だね。……正直言って、アレは涜神の象徴としか思えないな」
合成獣は遙か昔、理外の魔女と呼ばれる存在が生み出した存在である。……いや、作ってしまったというべきか。
理外の魔女は自らの過ちを悔い、地上から全ての合成獣を排除した。しかし、その作り方は人知れず伝わり完全な消滅は実現していない。
一つの生命には一つの魂。
それが世の理。
だからこそ、複数の魂を継ぎ合わせた合成獣を生み出した者を……人は理外の魔女と呼ぶ。
「ふむ……まあ、そこは価値観の違い、でしょうか。無駄を一切排除した性能……ああ……美しい……」
「悶えているとこ悪いけど、斬ってもいいかな? 周りの部下も構えていないようだけど」
周囲には数名のリフォル教徒と、四体の合成獣。
まともに相手をするのは面倒だが……
「いえ、お手を煩わせる訳にはいきません。我々が自分で始末しますよ」
そう告げると、彼らは一斉に合成獣の首を落とした。
「は……?」
何を、したんだ?
その合成獣は兵器として作ったのではないのか?
周囲の教徒は皆胡乱な目をしていて、正気とは思えない。
「…………」
呪術? 異能? 闇魔術?
血。魂。心臓。
それらを必要とするのは……
「さあ、おいで下さい、偉大なるモノよ!」
馬の脚によって支えられた合成獣の体躯は力なく崩れ落ち、コンクリートを血で汚していく。複数の命を継いだ涜神の命は、熱を失い、鼓動を次第に停滞させ……
流れ出して血潮は、地を枝分かれして奇妙な紋様を作り出す。
「魔法陣……召喚……!」
「ええ、止めてももう遅いのです! さあ皆さん、崇めましょう、偉大なる存在の喚起を!」
「チッ……もう手遅れか!」
蜘蛛の巣のような入り乱れた紋様、不気味な紅き光を放つ魔力。夥しい血が注ぎ込まれていく。
溢れることなく、滔々と。
どこまでも、どこまでも呑み干す。
「悪魔喚起……」
実物は無論見たことはないが、禁書で概要は知っている。精霊、悪魔、英霊、神……あらゆる召喚・喚起の術式がこの世に存在するが、人々に認知されているものは精霊喚起のみ。
そしてこの悪魔喚起は、悍しい呪術として法律で使用が禁止されている。
邪気が周囲一帯に拡がる。
悪魔は相手にしたことがないので、邪気の大小によって格をつけることは不可能だが……僕が経験した中ではかなり強力な邪気だ。
『……おや』
魔法陣の中心に出現したのは青き炎。
人が用いるような自然・魔術の火ではなく、どこまでも吸い込まれそうな深藍。
『おっと、失礼』
火の玉はそう告げると、瞬く間に膨張し人の形を成した。神族の器転と同じようなもので、悪魔の身体が邪気のみで構成されている事を考えると不思議なことではない。
炎と同じ藍の瞳と髪。
人を魅了するかの様な美青年の姿へと成り変わった。
「月世界の悪魔、魔界伯爵のブルーカリエンテ、参上した。……乱暴な起こし方をされて、些か機嫌が悪いな。取り敢えず、死んでもらうとしようか」
悪魔は凍てつく様な、焼け爛れる様な視線をリフォル教徒達へ向けた。




