139. 叡智切除
魔導車に静かに揺られながら、駆動音と時たま紙を捲る音だけが響く。
向かう先はソレイユ王国の北東、秋の区画。ソレイユ離島に避難した人々を再び国内に搬入するべく、結界に穴を開けるのだ。
アルスとリリスは魔導王の命を受け、目的地の結界付近へ向かっている最中だった。向かい側に座るリリスは黙々と本を読んでいる。どんな本を読んでいるのか、ブックカバーがついているのでアルスには分からない。きっと高度な魔術の専門書とか、すごい本を読んでいるに違いない。
「……チッ」
「!」
リリスが舌打ちした。リリスが、舌打ちした。
「……リリス殿、どうかしましたか?」
「失敬。少し本の中で気に入らない展開があったもので」
「はあ……どんな展開なのですか?」
「この作者の特徴なのですが、急に鬱展開をぶち込んでくるのですよ。これまで平和な雰囲気で続いてきたのに、急に人が死ぬ。酷い時には主人公以外全員死ぬとかあります。作者のクソみたいな性格が透けて見えますね」
「そ、そうですね……酷いですね」
彼女が読んでいるのはただのラノベだった。娯楽として小説を読んでいるのだから、人が死ぬような展開はアルスは御免だ。過酷なのは現実だけでいいな……と思う。
変な空気になりかけたところで、彼は話題を切り替えた。
「そろそろ結界付近に到着するみたいです。結界解除の準備は問題ありませんか?」
「ええ、つつがなく解除機構は起動できています。結局、三段階中……二段階までしか結界は展開されませんでしたね」
「ええと……一段階目が『対厄滅防御術式』、二段階目が『対災厄防御術式』でしたよね」
アビスハイムとノアが共同で開発した結界。
『対厄滅防御術式』は理内のほとんどの事象を防ぐ。『対災厄防御術式』は災厄の攻撃すらも防ぐ。外敵をソレイユから逃すまいと展開されたのは後者である。
さらに強力な結界となると、もはや何の相手を想定して作られたのか分からない。
「はい。そして三段階目が『対壊世防御術式』。遍く秩序を弾き返し、全てを無に帰す究極の守護。とはいえ、拙も如何なる場面での使用を想定して作られたのか分かっていませんが」
冷静に考えて、そのような防御術式は突破する術がない。もしも世の中に技術として広まってしまったら大変なことになるのではないだろうか。再現できる者もアビスハイムしかいなければ良いのだが。
アルスの憂いを断って、魔導車のドアが開いた。いつしか車は止まっていたようだ。
「星冠導師、霓天殿。目的地へ到着しました」
これより結界に穴を開け、ソレイユ離島から避難した人々を再び国内に迎え入れる。
二人は魔導車から降りて計画を開始した。
~・~・~
「……ハッ!」
ノアは刮目して起き上がる。
傍には結界を維持する魔法陣。
「寝ていました。幻影体だと睡眠が必要なのが難点ですね。いっそ予備の幻影を十体くらい生成して、愚者の空から送ってやりましょうか。一人くらい欲しいと言われかねませんね。私、美少女で超有能なので」
この空間は堅固な警備体制に守られているとはいえ、侵入者がないとも限らない。
そう、侵入者が……
「オッドアイ、黒髪。お前がノアか」
「出ましたね。うん……侵入者」
どのようにして彼が地下室へ入り込んだのか、ノアは知っていた。
『守天』ゼロは天剣カートゥナをノアへ向け、静かな殺意を湛えた。彼がなにゆえこのような行動を取っているのかも、彼女にはお見通しだ。
「お前が唯一の脅威となり得る。ここで死んでもらう」
「脅威……ですか。それは私が天魔の権能を知っているからですかね」
「問答無用。死ね」
絶対斬撃が飛来。ノアを斬り裂く。
今の彼女に戦闘力はほとんどない。幻影なので愚者の空にある本体は無事だが、ゼロの攻撃を防ぐことはできなかった。
呆気なく魔力を霧散させ、彼女は身体を消滅させていく。しかし憂慮はない。
「ゼロさんでは結界維持の魔法陣は破壊できません。あくまであなたは私の口封じに来ただけ。……こんなことをしてサーラさんは喜ぶでしょうか」
「うるさい……! さっさと消えろ!」
これ以上ノアの言葉を聴くまいと、ゼロは力任せに剣を振り抜く。彼女は呆気なく魔力となり霧散してしまった。
ゼロの目的はノアの始末。魔法陣の破壊は目的ではない……というよりも、ゼロの知識では魔法陣の破壊など不可能。
「これで……ソウム様を倒す手段を知る者は消えた。厄滅が、始まる……」




