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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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138. 前へ

 城に帰還したアルスは、ソレイユを出立する準備を進めていた。

 まだ結界は解除されていない。アビスハイム曰く、あと一週間様子を見て問題がなさそうならば解除するそうだ。黙々と荷物を纏めるアルス。彼の部屋に一人の少女が訪れた。


「お邪魔します。アルス、今いい?」


「ユリーチ。どうかしたのか?」


「少し教えて欲しいことがあって」


 アルスがユリーチに教えられることなど、何かあるだろうか。学力も魔術もすべて彼女が上だ。

 ただ一つ、教えられることがあるとすれば──


「『天魔』について。みんな、私に何かを隠しているでしょう?」


「……どうしてそう思う?」


「嘘を吐いている人はすぐに分かる。きっと悪意からの嘘ではないのでしょうけど」


「……」


 ユリーチは兄の記憶を失った。何があったのか、アルスにも想像は難くない。

 きっと兄を救おうとして次元遡行(マカ・ジ・フラムトア)を行使し、記憶を失ってしまったのだ。アルスは周囲に真実を伝えないよう配慮を促したが、隠し通せるのも時間の問題だろう。

 スターチの目論見通り、彼女は天魔の討伐者として讃えられることになる。彼女が望もうが、望むまいが。


「僕は君に真実を教えたくない」


 率直な感想をアルスは吐露した。これ以上は誤魔化せない。

 後はユリーチの良心が、アルスの良心を信じてくれることを祈るしかない。


「そう。きっとあなたが判断したことなら正しいのでしょう。……でも、いつか私は真実を知ると思う」


「ああ。その時は僕を恨んでもいい」


 どちらにせよ、彼女がルフィアに帰れば兄がいた事実を知るはずだ。天魔の正体がスターチであることは一部の関係者しか知らないが、賢明なユリーチのことだ。自ずと悟るに違いない。


「恨まないよ。大丈夫、私は前に進めるから」


 悲劇が彼女の心を折ることはない。

 彼女の心の頑強さは、記憶の忘却ゆえか、悠久の時を過ごしたゆえか。どちらにせよ残酷な成長であることは間違いない。


 ~・~・~


 マリーとアルスが廊下で遭遇するのは、昨夜から数えてこれで四度目だ。


「……また会いましたね」


「うん。僕は色々な人に呼ばれたり、残っている仕事を片付けたり……城内を忙しなく動き回っているから。君も慌ただしく城内を歩いているようだけど」


 戦が終わったにも拘わらず、マリーの表情は晴れない。

 彼女の本質が怨霊である以上、この世に存在する限りは永遠に晴れやかな表情を浮かべることはないかもしれない。


「アリキソン・ミトロンの行方を知りませんか? この世界のアリキソンではなく、闇落ちしてる方の」


「彼か……そういえば見ないね。まだ大森林に居るのでは?」


「いえ、ウジンさんに聞いたところ、奴は大森林からも消えたようです。私が奴への憎悪の塊である以上、この世を去る前に引導を渡してやらないといけないのですが……」


 マリーの真の敵は天魔でも、棄てられし神々でもない。故郷の世界を滅したアリキソンである。二度目の生を受け、復讐の機会を得た彼女は絶対にアリキソンを手ずから殺すと決意したのだ。

 アビスハイムにも行方を聞いてみたが、返事を濁して教えてくれないとのこと。


「きっと陛下はマリーとアリキソンを殺し合わせたくないんだろう」


「ならば魔導王は傲慢です。私はアリキソンを殺すことを誓いながら、英霊として手を貸す契約したのですから。死んでも死にきれない、とはまさにこのこと」


 この世界線でのマリーの実直さ、そしてアリキソンの決意を知るアルスとしては悲しくなる。別の世界線で何が起こったのかは知るところではないが、親友と家族が争い合って欲しくはない。

 どうにか争いを阻止できないだろうか。いっそアリキソンがずっと隠れてくれていればいいのだが。


「……彼を見つけたら教えるよ」


「お願いします。きっとアレを放置しておくと、この世界も滅ぼされますよ」


 仮にも世界を滅ぼし得る存在を、アビスハイムが手放しにしておくわけがない。

 きっと何かしらの対策は打っているのだろう。マリーは忠言を残し、再びアリキソンを探しに彷徨い始めた。


 ~・~・~


 ソレイユに張り巡らされた結界を維持する魔法陣の傍に佇む少女。彼女はオッドアイの瞳で魔法陣を凝視している。

 城に地下深くに封じられた魔術式はアビスハイムとノアが合同で作成したもの。名を対災厄防御術式。これよりも一段階上の結界も存在するが、今回は使われなかった。


「今回影が薄かったノアさん」


「今回大活躍したアルスさん、こんにちは。私の影が薄いということは、世界が危機に瀕していないということ。結構ではありませんか」


 ノアは世界の調停者であり、抑止力である。

 今回はソレイユの危機とはいえ、創世側も懐世側も不正を働いていた様子はなかった。どうして出てきたのだろうか。


「結界を作る為だけにノアは顕現したのか?」


「そうとも言えるかと。私は本体ではなく、幻影ですから。実際の力はそこらの魔導士に等しく、知識だけが取り柄の存在。アビスハイム陛下には知恵をお貸ししたのみです」


「……君の考えはよく分からない。この厄滅が世界の分岐点であったと?」


「ええ、厄滅は世界の分岐点です。終着点と言ってもいいかもしれません。ただし……厄滅を乗り越えた先の未来は、私にもアビスハイム陛下にも未観測の領域。私は盤上世界(アテルトキア)の過去、現在、未来の全てを見通すことができます。しかし……これより先は見えない」


 ノアの言葉がやけに不吉だった。

 『見えない』。一体どういう意味なのだろうか。


「これから世界が滅ぶとでも?」


「いえ、世界の継続自体は観測できています。ただし、どのように世界が廻るのか……見えないのです。因果が揺らいで、途切れて、捻じ曲がって……時に眩しく、時に暗い。未来は完全に収束しない因果に囚われてしまっています。バグでしょうか」


「分からない。僕に聞かれても」


 でしょうね、とノアは嘆息して魔法陣に目を落とす。

 あまりに高度な構成すぎてアルスには魔法陣の術式がまったく分からない。もはや術式魔法陣ではなく、パズルのようだ。


「魔導王陛下は何かを知っているようだったが」


「そうなんですか。私が知らないことも、アビスハイム陛下なら知っているかもしれませんね。ふああ……」


 欠伸をしてノアは床に倒れ込む。そして寝息を立てて眠りに落ちてしまった。

 地下室はアビスハイムとアルス、ノア以外の立ち入りが禁止されているとはいえ、この無警戒はいかがなものか。たった一人で見張りを続けていて、しかも今の彼女はただの幻影。不眠で見張りを命じるのも酷かもしれないが。


「ソレイユ王城勤務はブラックか……」


 もしも友人が転職するとしても、ソレイユ王城には勤めさせないようにしよう。

 アルスはくだらない考えを抱きつつ、地下室を後にした。

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