135. 輝ける黄蛇
宴の席を離れ、城の外壁で一人夜空を見上げる英雄。
アルスは彼の姿を見て声をかけるべきか迷ったが、逡巡の末に話しかけた。
「デルフィ、ここに居たのか」
「ああ。どうにも騒がしい場所は慣れなくてな。うるさいのは俺の雷だけで十分だ」
デルフィはソレイユの夜景を漫然と眺めていた。
彼が生きていた二百年前から、世界はここまで進歩した。見慣れぬ魔法、科学技術、どこまでも伸びゆく文明の光。これからも想像できないほど世界は進歩を遂げるのだろう。
「人間ってのは面白いな。少し目を離せばどこまでも進化している。英霊になって自分が死んだ後の世界を見ることができるのも俺にとっては幸運だ。お前が現世に召喚してくれたお陰だな」
「……戦は終わった。君は還るのか?」
「…………一つだけ、願いがある。聞いてくれるか?」
「もちろん」
彼は夜景からアルスに視線を移し、黄土色の瞳に夢を宿して語る。
「俺はお前とレアと別れた後、世界を旅して……最後に生まれ故郷のアジェンに帰った。俺の故郷は酷い場所でさ、生きていくにも精一杯の地獄みたいな場所だった。『戦儲の政変』……お前なら知ってるよな。たしかイージアもあの政変を起こした一人だったはずだ」
「ああ……怒戦派のグラジオサードと、狂儲派のフォトス・ジルコが共倒れした政変だな。たしかに私が関わっていなければ……あの政変は起こらなかっただろう。すまなかったな」
アルスは頭を下げた。謝意を受けたデルフィとしては複雑な心持だ。目の前の鳴帝が無闇に争いを起こす者ではないと知っているからこそ。
「まあ、いいさ。俺は政変が起きた時は子供で……燃え盛るアジェンを前にしてどうしようもなかった。あの時、精霊のクオングと出会わなければ野垂れ死んでいただろう。元々地獄みたいな場所だったが……さらに治安が悪くなってな。俺はやむなくクオングと共に国を出て旅人になった」
クオングは元気だろうか……と思いを馳せる。
今もあの精霊は喧しく誰かと共に戦っているのかもしれない。
「最後に戻ったアジェンは比較的落ち着いていた。狂儲派の後を継いだ『統べる黄蜘』……ジニア・ジルコが支配していたんだ。ただまあ、金の亡者が国を支配すれば露骨な貧富の差が生まれるのは当然で。貧困に喘いでいる人が溢れ返っていて、誰もが生まれによって享受した環境に留まって、未来に進むことを諦めてた」
「なるほど。それで君は伝記にある通り、民を率いて『統べる黄蜘』の政権を倒したと」
「いや。最初は正直、アジェンを救うつもりなんてなかったんだ。俺だって国の環境を変えれるほど力があるとは思ってなかったし……」
生まれついて得た環境は変えられない。今もデルフィの持論は変わらない。
しかし、その「生まれついて得る環境」を少しでも良い方向に変えようと思う契機があった。
「馬鹿な奴がいたんだ。国を変え、誰もを救い、正義を重ね続ける大馬鹿者が。積み上げた正義を足蹴りで崩されても、怒らずにまた正義を積み重ねて。全てを救おうとしてる人間だった。どうやったらアジェンでこんな純粋な人間が育つのか……甚だ疑問だったね」
「馬鹿、か……しかし愚直に目標へ進み続ける人も世の中には必要だ」
「最初はアイツに無理やり自警団に引き込まれて……正直迷惑だった。だけど、アイツや自警団の団長を見ている内に……俺も気になったんだ。自分が救える人の数は、どこが限界なのか。もしかしたらアジェンでひたむきに正義を貫き続ける自警団と力を合わせれば、何もかも救えるんじゃないかと」
アルスはデルフィの歴史に聞き入っていた。
歴史に詳しい彼だが、イージアの介入によって改編された歴史は知らない。アジェンの変革もまた未知の軌跡の一つであった。
「そんな時、『統べる黄蜘』の弾圧が始まった。曰く、娯楽だそうだ。金持ちのご機嫌取りのために、『統べる黄蜘』は貧民を殺し始めた。富裕層は虐殺を見て笑い……ああ、クソ。今思い出してもあの光景はイライラする」
死後の現在でも、あの事件は思い出したくない。
デルフィは弾圧される民を見ていられず、争いに介入した。募りに募った富裕層への反感、そして自警団の正義と、精霊術師の怒りが重なり……
「俺は革命軍を率いて、最終的に『統べる黄蜘』を倒した。なんで俺が旗印として担がれたのかは分かんなかったが……たぶん、世界から愛される象徴と言われている精霊術師だったからだろうな。ジニアは厄介な相手だった。狂儲派や富裕層が壊滅しても、最後の最後まで悪辣な戦術で抗い続けていた」
「興味深いな。参考までに、『統べる黄蜘』の異能を聞いても?」
「ああ、なんだっけな。たしか「相手が持っている物質を暴発させる」……だ。俺は自警団の馬鹿女の異能を参考に、精霊術で模倣してジニアを倒した。最後に俺が生み出した精霊術……雷電霹靂、『魔性返雷』。受けた痛みをそのまま魔力に変換して相手に苦痛を返上する術だな。敢えてジニアの異能を利用して爆弾を暴発させ、その衝撃を魔力の攻撃に変換してジニアを倒した。ややこしい戦術だが、紆余曲折あって俺はアジェン共和国の大統領になったとさ」
アルスの知る限りでは、現在のアジェン共和国は旧世界線よりも栄えている。デルフィが大統領になったことにより、良い未来へ進んだことは間違いない。
遠い故郷を想うようにデルフィは目を細める。
「……で、話を戻すか。俺の願いってのは、もう一度アジェンを見ること。あの国がどんな道筋を辿り、俺の託した意志がどのように伝わっているのか。英霊として消える前にもう一度見たいんだ。……頼みを聞いてもらえるか?」
「もちろん。君を必ずアジェンへ連れて行くと約束しよう。……しかし、君もまさしく英雄といった人物像に近付いたな」
「やめてくれ。俺は……流されてここまで辿り着いただけ。たとえ英雄と呼ばれようが呼ばれまいが、守るべきものは守る。それだけだ」
たとえデルフィが英雄を拒んでも、人は彼を英雄と呼ぶ。
英雄とは自然発生するものなのだ。
アルスはふと、本質的な問いをぶつけてみたくなった。迷いの末、彼は意を決して問いかける。
「デルフィ。君は……僕に喚ばれて良かったか?」
しばし沈黙があった。
デルフィは問いを投げかけられた瞬間、答えは決まっていた。しかしどう答えるべきか悩んでいたのだ。歯切れ悪く彼は言葉を紡ぐ。
「そりゃ、もちろん……良かったよ。こうして死後も人を守れるなんて夢みたいだ。今の俺をクオングが見たら驚くだろうな。お前には感謝してる。それで……はあ、クソ。こんなことを言うのは少し恥ずかしいんだけどな」
彼は告げる。
「俺は今、幸せだよ。二度目の生は呼ばれた時から英雄で、人のために戦えた。笑顔を守って生きることがどれだけ幸福なことか。だから……イージア。いや、アルス。俺を召喚してくれてありがとう」
心からの感謝。
きっと昔のデルフィでは見せられなかったであろう感情を、素直に表出した。
『輝ける黄蛇』は真の英雄である。




