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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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133. ユリーチ?

 光が爆ぜ、天まで染め上げた闇を消し飛ばしてゆく。

 スターチの全霊の魔術を前に、ユリーチは反射的に最大出力で光魔術を展開した。


 天魔の全力は強かった。有象無象を呑み込み、兵士やエムティング、あらゆる結界を呑み込むほどに深い闇である。

 しかし虚しいかな。彼がどれだけ手を伸ばしても届かない高みが眼前に在った。


「光よ──『光焔輝(アークジルキュ)』!」


 光魔術の深奥が炸裂する。ユリーチの光は、さながら暗黒の世界に輝く太陽。

 広がる暗黒を消し飛ばし、神光によってスターチの権能を悉く粉砕。


 極光は紙を裂くように闇を切り裂き……やがて天魔の懐に届こうとした。


「私を殺せッ! ユリーチ・ナージェントッ!」


 ──叫びが聞こえた。救いを求める声にも聞こえた。

 光は邪気に染められたスターチの体表を食い破り、彼の魂を貫く。闇と光が鬩ぎ合う乱れた視界の中で、ユリーチは真実を垣間見た。


 胡乱な瞳が光を真正面に見据え、自らの終わりを待っている。スターチは彼女が見たこともないほどの喜悦と恐怖を湛え、光に食い破られる瞬間を望んでいた。


「……!」


 咄嗟にユリーチは自らの魔力放出を止める。

 だが、もう遅かった。スターチの全霊の権能に呼応するように射出された光焔輝(アークジルキュ)は止まらない。

 貫く──破る──浄化する。本来、光魔術は闇だけを払う魔術。相手が魔物でなければ人を殺めることはない。しかしスターチは畜生道に堕ちた闇の眷属。魂より溢れ出した闇が肉体を侵食し、もはや魔族と遜色ない器を持っていた。


「ふ……ハハハハッ!」


 スターチは死ぬ。溢れんばかりの聖光に呑まれ、狂ったように笑っていた。

 何も超えることができず。何も為すことができず。存在意義を見失った末に終わる生。あまりの愚かしさに彼は哄笑し続けるしかなかった。


 彼が笑うにはもう一つの理由がある。

 英雄の完成。ユリーチ・ナージェントは裏切りの魔将を滅ぼし、真のルフィアの英雄となる。無能な自分がナージェント家に遺せる功績といえば、彼女の名声を高めることだけ。

 最期に自分が存在する意味を見出した彼は安堵する。


「駄目……!」


 ユリーチの叫びは届かない。轟くはスターチの狂乱のみ。

 天魔は初めて、敗北を以て妹に勝利したのだ。


「……ありがとう」


 誰が言ったか、光と闇の爆発に消え行った声。

 一瞬後には影すらも残らない。闇はすべて消し飛ばされ、光に焼き尽くされ……やがて一片の影もなくなった。

 光満ちる世界の中で少女はただ一人立ち尽くす。


「どうして、」


 やはり魔女に人の心は解らない。

 スターチは死んだ。何を思って彼は自らを死に追いやったのか、ついぞ魔女には理解できないまま。


 一つ、彼女は決意を宿す。

 解せないものを理解するためではない。ただ一人の家族を救う為の決意を。或いは、彼女が「救い」と勘違いしているだけなのかもしれないが……


「私はお兄様に笑って欲しいから」


 ただそれだけの理由。

 兄は自分を嫌っていたのだろう。だとしても、彼女は兄を愛していたから。


次元遡行(マカ・ジ・フラムトア)


 失う度に繰り返す。自分の存在を欠落させて、繰り返す。

 ユリーチの姿は光よりも眩い白影に包まれ、時間を置き去りにした。


 ~・~・~


「……ユリーチ。君は私を救うと言ったね」


 覚醒。意識を取り戻したユリーチは魂の浮遊感を味わうと同時、言葉を浴びせられる。

 時間を遡り、彼女は天魔と交戦する直前に戻ったのだ。しかし時間遡行には代償が伴う。彼女は何かしらの記憶を欠落し、時間遡行という超越権能の代価を支払った。


 彼女は自らの記憶を犠牲にしてでも兄に寄り添う覚悟を決めた。

 はたして兄への愛情の末、彼女が失った記憶とは。


「……え?」


 スターチの言葉を受けたユリーチは面食らった。

 彼女の胸中に浮かび上がった疑念。自分はたしかに災厄の権能を使って時間を遡った。何かを救おうとしたことも覚えている。

 しかし、




「あなたは……誰?」


 眼前に立つ赤髪の男は何者なのか。彼女には分からなかった。

 互いに不意を突かれる。


「誰……だと? 私を馬鹿にしているのかい? それとも、私など認識するに値しないとでも?」


「ええと、ごめんなさい。あなたは私を知っているのかもしれないけど、私はあなたを知らない。実は私、記憶障害みたいな……病気って言えばいいのかな。突発的に記憶をなくしてしまう持病を持っていて。もしもあなたが私の友達なら、自己紹介してくれると嬉しいな」


 戦場に立っているとは思えぬほど、平静とユリーチは残酷な事実を言い放った。

 きっと彼女からすれば本心から出た深慮の言葉だったのだろう。しかし、彼女の告解はスターチの心を大きく揺るがしてしまう。


 世界の摂理とは残酷なもので、ユリーチは救おうとした兄を時間遡行によって忘れてしまったのだ。


「……本当かい? 私をからかっているのか、君が真実を語っているのか……私には分からない。だって、今まで君はそんなことを話してくれなかった。この私にも……」


 記憶欠落の症状を話したところで、誰も信じはしないだろう。

 ユリーチはずっと自分の何もかもを忘却していることを隠してきた。兄であるスターチにすら話すことなく。


「本当。自分の両親の記憶も、友達との絆も、夢へ向かって築き上げた努力も。すべての自分に関する記憶が突然消却されて……自分の力と引き換えに、私は記憶を犠牲にしている。ねえ……あなたは誰? 何かを救おう思っていたことは覚えているのだけど、その『何か』が分からない」


「…………私は、」


 ユリーチの言葉は真実だ。家族として過ごしてきた彼だからこそ分かってしまったのだ。

 妹はいつも嘘を吐く時に瞳を伏せる。すぐに顔を上げるが、スターチは彼女の癖に気が付いていた。隠し事ができない彼女を微笑ましく思いつつも、スターチは彼女の本心からの優しさを拒絶してきた。


 ここで真実を告げるべきなのか。スターチは逡巡する。

 だが、彼は……彼には本懐があった。ユリーチ・ナージェントを英雄とすること。たとえ彼女が後に真実を知ったとしても、手遅れとしなければならない……故に彼は嘯く。


「私は、『天魔』。六花の魔将が一角であり、ソレイユを危機に陥れる者。君が救おうとしていたのはソレイユ王国そのものだろう。つまり、私を倒せば君の目的は果たされるさ」


「天魔……本当に、あなたが?」


「なぜ疑念を抱く? まさか私が弱いとでも?」


 自分が力を得てもなお、ユリーチの圧倒的格下であることを彼は自覚している。

 だからこそ虚勢を張らねばならない。自分が世界の敵であると標榜し、彼女の明確な敵であると認識されるために。


「たしかに、あなたの力は他の六花に比べて微弱な気がする。でもそうじゃない。あなたからは私への殺意が感じ取れない。本当に戦う気があるのかどうか……」


「黙れッ! 干渉空谷──『天覆魔業』!」


 もはや言葉は必要ない。スターチが『天魔』となった真の目的を果たすべく、彼は全霊の魔力を籠める。

 無理やりユリーチの言葉を遮り、全ての闇を吐き出した。


「……!」


 先の世界線に比べ、ユリーチは完全な戦闘態勢になかった。唐突に放たれた暗黒を前に、彼女は身震いする。身震いは恐怖に由来するものではない。

 殺意がないにも拘わらず、ここまで大規模な魔術を行使したことに驚いたのだ。


 彼女が繰り出す反応は光魔術ではなかった。咄嗟に神能を行使することは、いくらユリーチといえども難度が高い。故に、


真理解放(ナルフェア)


 真理の魂の権能、『真理解放(ナルフェア)』。

 二人の周囲に広がる暗黒の戦場に独自の魔磁場が展開される。一帯の魔力変数を固定化し、自由自在に魔術の質を変更する権能である。

 スターチが広げた暗黒を全て希薄化し、微弱な魔力膜へと還元。そして自らの魔力として吸収してユリーチは反撃の術式を編んだ。


「なっ……!?」


「『絶対空域(ルアルトルケ)』、『暗獄涅槃(ヨ―ルガンドム)』」


 天に広がった闇を空魔術にて歪曲させ、闇魔術の暗獄涅槃(ヨ―ルガンドム)に加算。闇の帳をスターチが包み込んだ。


「馬鹿な……どうして君が、空魔術と闇魔術の至高術式を……?」


「人間はね、今の魔術論理だと一人につき一属性しか使えないと定義されているけれど……それは嘘。証明されていない魂の力を使えば複数の属性を使いこなせる。あなたが私の敵だと言うのなら、止めを刺さないといけない。ソレイユを守らきゃいけないことは覚えているから」


「は……ははっ……」


 スターチはただ笑うしかなかった。


 どうして闇を操る自分が、逆に闇に包囲されているのか。

 どうして人理の大前提を覆すような真相をユリーチが知り、数多の属性を操っているのか。

 どうして自分はここまで劣っているのか。

 どうして妹の抱える忘却の苦難に気付いてやれなかったのか。


 もしも彼女の本質を知っていれば、スターチはきっと──


「許せ」


 彼は闇に包囲される中、再び闇の刃を創り出す。

 そして、


「え」


 自らの喉元を裂いた。

 闇に魂を売った彼の身体からは、もはや人間の証拠である血すらも流れない。邪気が滔々と流れ、死んでゆく。


 濁った瞳で彼は斃れ、天を見上げた。


「どうして……?」


 ユリーチはスターチの青瞳を覗き込む。

 彼女の問いに答えることはできない。


「…………」


「やっぱり、あなたは……敵じゃないと、思うの。だって……」


 屈み込み、スターチの亡骸を抱える。

 手の中で塵になっていく天魔。黒き灰に一粒のあたたかな水が落ちた。




「だって、こんなに……悲しいもの」


 理不尽な悲しみが彼女の心を覆い尽くす。



 かくしてソレイユの戦いは終焉を迎えた。

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