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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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129. 対『命神』

 マリーが次第に浄化されてゆく。怨恨の生ける屍となった英霊は全てを忘却し、己が存在を保つ憎悪を失う。やがて声すら上げなくなり、安息に包まれゆく彼女を目視して命神は踵を返す。


「…………っ」


 足が止まる。彼は振り返ることはなかったが、たしかにマリーの呻きを聞き取った。今際の慟哭か、それともようやく生が終わることへの安堵か。どちらにせよもう声をかけてやることはない。


「ぁ……ぁ……」


 振り返る。僅かに殺気が燻った。

 流石の命神も違和感を覚えたのだ。なぜ全ての憎悪を忘れて浄化されゆくマリーが殺意を再び持つのか。


「ぁ……ぁああああっ……! あああああああっ!」


 彼女の身体が黒き闇に覆われ、殺意と憎悪が増幅。神の権能に逆らう異常な精神力……その一言で目前の現象が説明できようか。たかが人間一人の憎悪が神の力を上回るなど。

 燻り──燃え上がり──爆ぜる。聞くに堪えない怨恨の叫びが轟いた。


「っ……『遡及』!」


 命神は再度記憶の消却を試みる。

 有効。マリーの憎悪が減衰される。このままもう一度記憶を消去すれば……


「なりません。人の意志を、原動力を否定する神など不要。神族ですら所詮は生命体、いかなる生命も必要とされる時代は終わるのです」


 術式の破壊。命神が放った『遡及』は邪気と神気を織り交ぜた、無類の権能である。しかし彼の術式は破壊されてしまった。しかも一人の人間の手によって。

 虚空より現れた彼女は、白い髪の毛先をくるくると指で巻きながら不敵に笑う。


「実のところ、神を相手に自分の力を試してみたいとは思っていたのです。神の術式を破壊することができて幸甚に存じます、リリス・アルマ。してやったり、ざまあみろ」


「邪魔だ。俺はその少女を救ってやらねばならない」


 命神の言葉は一切の悪意なく放たれた。彼からしてみれば、どうしようもなく強い憎悪を抱えるマリーを浄化してやらねばならないのだ。生前の神としての本能だろうか。

 しかしリリスは彼の言葉を鼻で笑い飛ばす。


「ハッ、彼女を救えるのが貴殿であると? 大きな間違いです。自分を救えるのは自分だけ。他者の介入による役目は、自己救済の瞬間まで教え導くことのみ。マリー・ホワイトが憎悪を抱えているのならば、それを真正面から叶えさせてやればいいのですよ。理想論を語る前に、現実的に対処すること。彼女がざまあを望むならざまあさせてやりましょう」


「もういい、喋るな。お前の高邁な理論は分かったから……俺とは分かり合えないことも分かった。神は人を正しく導き、人は人を堕落させる。たとえ俺が【棄てられし神々】となり、アテルを憎悪する存在になったとしても……目の前で苦しむ怨霊は見逃せない……!」


 神気が爆ぜる、開戦の狼煙。命神は己が誇りにかけてリリスを排除せんと動き出した。

 一瞬で彼の姿が掻き消え、正面から拳が唸る。


 神気に一拍遅れて唸る魔力。リリスは命神の攻撃に向かって前方へ踏み出した。彼女の頭が命神の拳と衝突し……拮抗した。


「……は? 石頭?」


「失礼な。仮にも拙は乙女ですよ。これは結界です、結界を身に宿しているの……ですっ!」


 言い終わると同時に彼女は強烈な蹴りを放つ。蹴りを受けて吹き飛んだ命神へ追撃。

 リリスの魔力が周囲一帯に伝播し、多軸の魔法陣が積層する。複雑怪奇な魔術式が中空に浮かび上がり命神の周囲を覆った。


「無から魔法陣を生成……? あり得ない」


「それがあり得るかも。拙が扱うは魔術でも魔法でもなく、【魔導】。貴殿ら神々が知らぬ人の叡智ゆえ」


 魔法陣から飛び出した無数の鳥型の白炎。全てが命神の精神力を奪うために魂へと衝撃を与える。一撃目の白炎を受けた時点で、命神は本能的に攻撃を回避。やはり神の速度は伊達ではない。


「魔導……ってのは、魔法体系の総称だろう?」


「いいえ、我々が学会で定義した魔導は一般的な解釈とは異なります。即ち──」


 再び魔法陣の展開。それだけではない。

 命神を阻害する結界、身体への負荷を増幅させる呪力、極めつけには失われたはずの術神の古代魔術まで。あらゆる魔術法則が連鎖し、精密に噛み合う。


「──『魔導とは、夢が詰まったステキなもの』です。ええ、この説が学会で正式に採用されました。拙のゴリ押しによって。極点魔導……『夢集爆撃(リリス・リリス)』」


 彼女の顔半分を覆っていた布が外れ、表出した魔眼。魔眼越しの視界には戦場に渦巻く全ての魔術式論理の整合性が見えていた。

 足すのではなく、掛け合わせ。魔術に思念を統合し、魔法陣に呪力を浸透させ……全ての魔導の歯車が噛み合った時、彼女は魔眼から渾身の魔力を放出する。


 あまりの魔力量に命神は咄嗟に防御姿勢を取る。不死であり、決して滅ぶことのない神が。

 空間が白く染まり、かと思うと七色に輝き。形容できぬ色彩の波動が命神に襲い掛かった。


「ぐ……おおっ……!?」


 肉体、次いで魂。そして根源までもが衝撃を受ける。

 命神が生まれて初めて……いいや、アテルに裁かれたとき以来に受けた命の危機。彼は根源の回復に混沌の力だけではなく秩序の力までをも使用し、全ての波動を跳ね除ける。


「はぁ……っ。馬鹿げてる。夢が詰まったもの……? そんな理屈で……」


「訂正を要求します。『ステキな』という文言が抜けていますね、そこ」


 命神が思っている以上にリリスの論は合理的だ。

 人は意志力によって魂を深化させ、魔力の用途を発展させてゆく。『こうなればいいな』という意志が人に進化を齎すのだ。世代が進むほどに属性分類が増加するという属性進化論を提唱したのも、ソレイユ王国である。

 魔術だけではない。肉体も文明も、人は意志力によって進化させる。即ち『夢が詰まったステキなもの』こそ正しい魔の在り方なのだと。


「戯言を。もう……いい。全てを終わらせる」


 命神は決意する。己が生命に危機を齎した存在を放ってはおけぬと。

 故に彼は無数のメロアを召喚し、この国を滅ぼそうと企んだ。


「そうはさせません」


 しかし彼の行動を阻むように、憎悪が再誕する。

 命神が救って(・・・)やることのできなかった少女。彼女は深く息を吐いて、殺意の中でも晴れやかな表情を浮かべていた。


「マリー殿。具合はよろしいので?」


「私を怨霊に引き戻した人がそれを言いますか……でも、はい。大丈夫です。ありがとうございました。たとえ憎悪の中でも仲間が居ると……信じることができた」


 彼女は止まらない。アリキソン・ミトロンへの執念を胸に、まっすぐにどす黒く。純粋に悪逆非道に。

 揺るがぬ信念を胸に、彼女は己が内にある存在を喚起させる。


「お待たせしました、陛下。おいで下さい」


 英霊と召喚者は表裏一体。アリキソンが魔導王を呼べるのならば、マリーもまた呼ぶことができる。とうにメロアを屠っていたアビスハイムは、マリーを通して全ての戦いを見守っていたのだ。

 そして今、来たる。


「──よくぞ言った、マリー! それでこそ我が英霊である! そしてリリス! お前の仲間を信じる信念は素晴らしい! そして魔導に対する深すぎる敬意、流石に我も少し引いたぞ」


「ありがとうございます。誉め言葉として受け取っておきます」


 ただアビスハイムが現れただけで、戦場の空気は圧倒的な覇気に包まれる。命神の覇気に匹敵するか、それ以上の覇気。

 ただ一人、神に真正面から喧嘩を売った歴史を持つ国王なだけはある。命神は彼の出現を確認して顔を顰めた。手下のリリスが不滅を追い込む力を持っているのだ。魔導王が命神を屠る手段を持っていても不思議ではない。


 退却すべきか……悩む命神の退路は塞がれる。


「さて我を前にして退くか、逡巡したお前は聡き神だ。だが知っていたか? 魔導王からは逃れられぬ。我が権威轟くソレイユに居る限りはな」


「ならばここで破るまで。魔導王、排除する」


 対災厄結界が周囲を包囲し、後退の選択肢は潰えた。命神が取る行動は一つ。

 魔導王は現実に生きる人の身。ならば能力自体は自分が上回っている……そう命神は画策する。しかし彼は魔導王の全盛期を知らない。

 彼が神族として本格的な活動を始めたころには、既に魔導王は未来に復活するために魔法陣へ変化していたのだ。もしも魔導王が生きている時代に立ち会った神族ならば、決して相手が人間などと侮ることはなかっただろう。


「天地、聖魔、生死、遍く象は我が輪廻に在り。永劫を糧とし、永久を鱗とし、永遠を我が牙とす。この身は無限、汝が輪廻もまた我が裡に。咆哮せよ──『無限龍覇(ネリグ・メロアス)』」


 確実な勝利を。命神は全霊の一撃を籠め、アビスハイムへ繰り出す。通常は覇気だけを放出して周囲の生命体を震撼させるに止める技だが、今回は全ての力を収斂させて攻撃へと変換。


 アビスハイムは凄まじい気を受けてなお、不敵に立ちはだかる。眼前へ莫大な神気が迫った。


挑戦(ゾルト)


 攻撃が命中する刹那、魔力が暴走した。いや、暴走ではない。

 あまりに莫大な力だが、アビスハイムは一切合切の急上昇した力をすべて制御している。神すらも凌駕し得る、あまりに傲慢な力。


「九つだ。生命が持ち得る魂の類型である。この世界では認知されていないが、我は全てを知るが故に知っている。魂の力を正しく認識することで、我ら生命体は無限の可能性を得ると。これをリリスなりに形容すれば、『夢が詰まったステキなもの』と言うらしい。我が魂は不敵(アゾルヤ)。如何に相手が強大な存在であろうと超えてみせよう」


「認められるか、そんなもの……! 人が持つには過ぎたる力だ!」


「フハハ八ッ! では知るが良い、見下す人間に敗北する屈辱をな! かつて人を導いた神に敬意を払いつつ、現代に寄生する【棄てられし神々】に嘲笑を送りつつ! 『無双乱舞(ルナーヤ)!』」


 命神の神気を宿した拳と、アビスハイムの魔力を宿した拳が衝突。

 次いで両者は左足と右足を出し蹴りを入れる。しかしアビスハイムの方が速い。命神が一を為す間にアビスハイムは三を為す。

 一挙手一投足を全て捕捉し、打ち払い。魔力を宿した攻撃が命神に叩き込まれる。


「チッ……だが!」


 だが、彼は不死。肉体を消し飛ばせど、魂を滅ぼせど。

 リリスのような魔導を扱うことができなければ命神は滅ぼせない。


「無論、我とてお前の根源を滅ぼす術は持ち合わせている。しかし……臣下の顔を立ててやるのが王というものだな、リリス!?」


「はっ……ありがたき幸せ。では屠神、いざ参らん」


「しまっ……!?」


 アビスハイムを警戒し切っていた命神は、己を滅ぼし得るリリスの存在を失念していた。

 いつしか背後に立っていた彼女の魔導を回避すべく、アビスハイムの対処と同時に命神は神気に変化して離脱を図る。しかし、


「思念呪術──『杭憑』」


 警戒していなかった。たかが人間。眼中に無かった。

 そんな言い訳がどうして通用しようか。重く圧し掛かる憎悪の思念が、彼の神気を引き留めた。決して離さぬと喚く怨念が。


「この……怨念がッ……!」


「一応、私を救ってくれようとしたことにはお礼を言っておきます。ですが……私の憎悪を阻むなとだけ」


 マリーの呪力によって作り出された杭が命神を拘束。完全に意識外からの妨害。

 アビスハイムは勝利を確信してニヤリと笑った。


「さようなら。『夢祝大爆撃(リリス・アルティマ)』」


「……くそ」


 ──痛い。

 これが『死』か。


 アテルに裁かれた時は痛みすらなく死んだ命神。

 彼は己が業を自覚し、痛みを伴って根源を焼き焦がされる。人の意志が神の法則を越えた瞬間である。


「さらばだ……愚神。いや、哀れな神よ」


「ああ。そうだな……次に会う時は気を付けるよ」


「うむ。ちなみに次は我も相応の対策をして待っておるぞ」


 最後まで不敵な魔導王を眺め、命神は落命した。

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