125. 価値を決めるは他人の言
城内は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。王都上空に現れたメロア、大森林を混乱に陥れる外敵とエムティング。これまで問題なく対処できていたが故の混迷である。
しかしながらアビスハイムの優れた統率力により、次第に落ち着きを取り戻しつつある。
クロイムたち魔道具作成班は、戦力が不足している状況にも拘わらず引き続き『救済の放出砲』の作成を命じられた。せめて八重戦聖のナリアだけは戦場へ出した方が良いのではないか……そんな意見もあったが、アビスハイムはあくまで魔道具の作成を命令。
どうやら放出砲の作成は非常に重要な課題らしい。
「ああもう……疲れた。俺の魔力はすっからかん。……いや、正確に言えば救済の力は魔力にあんまり依存してないんだけど」
クロイムは項垂れる。なんとか力を振り絞って魔道具に救済の力を籠めているが、限界が近い。
ナリアは萎びて少女の姿になったクロイムに毛布を投げつける。
「寝とけ。人間の疲労は就寝で回復する。……待て。お前は人間ではなかったな」
「いま明かされる衝撃の事実!? 俺、人間じゃなかったんです?」
「知らん。まあ時間が経てば力は回復する。とりあえず精神衛生上の面でも寝とけ」
ナリアは黙々と魔道具を量産し続けている。鈍色の筒を錬成し、錬成し、錬成し……
「大師匠はよく疲れませんね。休まないんすか?」
「問題ない。錬象術とは「現象を錬成すること」。この絶望に呑まれた戦況すらも覆せる可能性を錬成するまで、私は手を止めん」
「なるほど。さっきシレーネの様子を見てきたんですけど、あいつも同じようなこと言ってました。みんな自分を削って戦いますね。こんな状況だから当然なんでしょうけど……だからこそ、俺だけ休むのも申し訳ない」
自分だけが無力。
薄々クロイムが感じ続けていた劣等感だ。ソレイユが危機に瀕している今でも、クロイムは無力な人間。
「……酷な話だが、人の価値には差がある。お前は救済の力を供給できる数少ない貴重な人材の一つ。それだけに自分の身体を万全に整える責務がある。今は休むことがお前の仕事だ」
「大師匠、普通に良い上司みたいなこと言いますね。じゃあ遠慮なく爆睡しますけど」
「安心しろ、お前を責める者はこの城には居ない。それに……まだ戦いは始まっていないからな」
「……? 始まってるじゃないすか」
戦場の様子は研究室にも映し出されている。
燃え盛る大森林、混沌の戦場。非常アラームが常時鳴り響く王都。大森林から離れた緊迫の街中。全てが極限の警戒態勢であり、凄まじい戦場である。
これを戦いと呼ばずして何と呼ぶか。
「考えてみろ。相手は神々、そして破壊神の神能の中でも最強の『干渉』を持つ天魔。奴らを敵にして、この程度の被害で済み、なおかつ壁すら超えられていないのはおかしい」
「いやいや……あの大森林と王都を隔てる壁を越えられたら、それこそソレイユの終わりじゃ?」
「神々であればあの程度の魔鋼壁を壊すなど訳ない。魔導王も何かしらの対策を講じているのだろうが……」
つまり、ナリアは何が言いたいかというと。
「神々にとっては、この狂騒はまだ遊戯に過ぎないのだろう。心が壊れ、命が絶え、天が落ちる時……それを厄滅と呼ぶのならば。戦いはこれから始まるということだ」
~・~・~
ソレイユ大森林へ辿り着いたアルスとデルフィ。
壁上ではウジンが必死の形相で戦を指揮していた。
「内部から発生するエムティングの対処を最優先に考えろ! 魔道具が壊されれば倒す手段がなくなる! 心神が四番に出現だあ……? クソ、さっきは八番に出たじゃねえか!? 馬鹿にしてんのか、あの女……クニコスラは生前から何を考えてるのか分からない奴だったが……」
とてもじゃないが鬼気迫るウジンの邪魔はできそうにない。
彼の代わりに傍に控えていたロンドが応じる。
「こんにちはアルスさん……と、そちらが件の英霊さんですか。貴方がたが来てくださってよかった」
「よかった、とは? 何か僕たちに頼みたいことが?」
「ええ。控えめに言って現状は最悪です。このまま戦場を維持していても崩壊するだけ、でしょう?」
移動の合間に状況を聞いているアルスでも、絶望的な様相は明らかに見て取れた。
壁の下を見れば一部の戦線から流出したエムティングが跋扈している。白き茨を壁へ突き刺し、破壊を試みているようだ。魔鋼製の壁は堅いが無敵ではない。やがて崩壊するだろう。
ここで壁を死守しなければ、ソレイユ滅亡は秒読みと言っても過言ではない。
「で。結局ねえ、大元の心神を倒さなければエムティングは止まらない。メロアはまだ個体数が少ないので後回しでも大丈夫ですが。そこで相談したいのは……「心神への対抗策」。如何です?」
「聞かせてくれ」
「よろしい。では、そこの英霊さんの情報も共有しましょう。イージアさん……ええと、アルスさんの技も全て明らかにしていただきます。もちろん、小生の戦略も全て明かし合い……全力で心神を仕留める」
明確な殺意。ロンドが持つ戦闘狂の性質が表出する。
危機的状況に現れる人間の本性。英霊であろうが、彼の狂気は変わらない。
互いの戦術・持ち得る技を全て詳らかにすることは信頼を要する。
アルスはロンドの過去を知り、かつて世界の敵であったことを知っていた。そんな彼を信じて良いものか。
「良いだろう。デルフィも構わないか?」
「無論だ。早急に話し合い、戦略を練るぞ」
愚問。アルスは全ての抗う者を信じる。
たとえ内に潜む毒であろうが、仲間のために戦う者は全て。
ロンド・デウムは味方だ。ならば全力で力を合わせるのみ。




