122. 人生を決める前に戦場を生き残れ
「陛下、お時間です」
「リリス。「占いはあくまで占いだ」」
「占術を廃止せよとのご命令でしょうか? まもなく謁見の時間です。アニメを観るのをやめてください」
「待て。この話が終わるまで待て」
兵士たちの治療を終えた翌日、アビスハイムは食い入るように画面を眺めていた。
執務の合間に彼はアニメをよく見ているが、最近は家族との絆がテーマの作品にはまっているらしい。
『占いは未来を一つに決めてしまう。だから占いは外れた方がいい』……そうアニメの人物が語っている。リリスはアニメの台詞を聞きながら、この国の未来を想起した。
二神と天魔の手によって破滅が定められたソレイユ。アビスハイムは滅亡を予言し、厄滅に立ち向かうべく最前線に立っている。滅びの未来は回避できるだろうか。
ふと、リリスは鼓膜を叩いた音に意識を揺り起こされる。
緊急通信音。
「……陛下。残念ながら、アニメを最後まで観る時間はないようです」
「うむ。我も気配は感じている。始まったか」
「はい。大攻勢です。──外敵の侵攻が始まりました」
~・~・~
ソレイユ大森林に築かれた壁の上で、ウジンはふらふらと歩き回っていた。しかし遊んでいるわけではない。歩きながら戦場の状況をまとめているのだ。
「ウジンさん、お疲れ様です。小生の働きのおかげで戦場はだいぶ安定してきましたよ。あとユリーチさんのお陰でもありますが、やはり俺のお陰かと」
「おうおう。そうだな。……で、これが現在の状況だ。次は敵さん方はどう仕掛けてくると思う?」
ロンドへの賛辞もほどほどにウジンは彼にマップを示した。
エムティングの数は落ち着き、兵士たちの心にも安息が戻って来たところだ。ロンドは大森林の各戦線の状況を示したマップを見る。
「ふーん……いや、良いんじゃないですかねえ? 順調、順風満帆です。兵たちの練度の高さもありますが、アビスハイム陛下が用意した星属性の刻印魔道具の影響が大きいでしょうね。素晴らしい殲滅力だ。エムティングなんて、もはや恐るるに足らずってヤツかなあ?」
彼は楽観的に寝転がってマップを満足げに眺め続ける。自らが有利に進めた盤面を見るのは、いつ見ても愉快なものだ。
だがしかし。彼の瞳が細められ、徐々に顔つきが険しいものへと変わっていく。ニヤニヤと歪な笑みを浮かべていたロンドの額に玉のような汗が。
「……馬鹿な」
「おん? どうかしたか?」
「いや、杞憂か……杞憂だよね? まさか僕らが陽動されているなんて……」
マップの赤点を指でなぞりながら、彼は飛び起きる。
『こちら第二戦線。大規模なエムティング群が海洋より接近中。戦力は寡少、至急応援を要請する。どうぞ』
『こちら第六戦線。メロアの行動を確認。敵意あり、至急応援を要請する。どうぞ』
『こちら第三戦線。兵の大部分が謎の奇襲攻撃により壊滅。推定、闇属性の対軍魔術と思われる。至急応援を要請する。どうぞ』
『こちら第七戦線。心神の出現を確認したが、見失った。同時にエムティングの大量発生を確認し──っぇ──』
押し寄せる緊急通信。
遠方で巻き上がる戦火。一瞬にして空が黒く染まり、時に白光が明滅する。邪気と神気が渦巻いた。
「ロンド、至急王城へ確認を。指揮は俺が執る」
「了解しました。いやはや辛い」
~・~・~
アルスは緊急の招集を受けて大広間へ集まった。
城中の兵士やナリア、シレーネ、クロイムなどの研究班も集っている。
事態は緊急。アルスも大森林の方角から凄まじい神気と邪気が爆ぜたのを感知した。大きな攻撃があったのだろう。
しばし経ってアビスハイムが壇の上に立った。彼の表情に余裕は無い。
「聞け、ソレイユの兵たちよ! 今しがた報告があり、大森林に侵攻があった。無数のエムティングが海洋より浮かび、巨大な蛇竜が咆哮を上げた。同時に神々や天魔の侵攻もあり得るだろう。……だが、案ずるな! ソレイユに魔導王アビスハイムある限り、敗北なし!」
兵の歓声が上がる。士気は上々。
しかし士気だけあっても戦には勝てない。通信班が城中に映し出している戦線の状況を見てアルスは気を引き締めた。可及的速やかに応援へ向かう必要がある。
とてもじゃないが戦況の維持はできない。エムティングの量が多すぎる。一つの区画につき、一分に十体以上の割合で海から這い出て来ている。魔道具起動の魔力や、人員の疲労を考えても根源の心神を断つ必要があるだろう。
また、これまで動くことのなかった巨大な蛇竜……メロアが動き出している。巨大な顎から放たれたブレスが壁を焼き焦がし、人間をエムティングごと薙ぐ。あのような巨躯、倒すことは難しい。おまけに命神の加護によって不死の力を持っている。こちらも大元の命神を倒さなければ解決できない問題だ。
「アルス、行くぞ。我慢できん」
「ああ」
デルフィに催促されてアルスは足を運ぶ。アビスハイムに大森林へ向かうように勅命を受けてはいないが、独断で向かう。
王は指揮で多忙を極めており、アルスたちに構っている余裕はなさそうだ。足早に城を出ようとする彼にクロイムが声をかけた。
「アルス。お前は大森林に行くのか?」
「ああ。クロイムは城で待機していた方がよさそうだ。この期間中も魔道具の開発を進めておく必要があるかもしれないし」
「そうだな。頑張れよ! 英霊の人も!」
クロイムの声援にデルフィは笑って頷く。彼のように絶望的な状況下でも活気あふれる人材は必要だ。
大森林の壁が崩壊すれば王都へ敵が流れ込む。ここで食い止めねばならない。
英雄たちは最後の決戦へ向かう。




