119. ロンド・デウム
ある程度エムティングの掃討を終え、ユリーチはロンドの下へ戻る。
「だいたいこれくらい倒しました。つかれました」
「幼児並みの感想、たいへん結構です。単独で挙げる戦果にしてはかなりのものですね。助かりました」
「それと、アリキソン君が勝負を仕掛けてきました。喧嘩はよくないと思います」
報告を受けたロンドは苦笑する。仲間内で諍いを起こすのはもちろん対処すべき事態だが、今回のアリキソンについてはその限りではない。彼は放置していても大丈夫なのだ。
「問題ありませんよ。彼は最終的には我々と共に戦わざるを得ない。彼が魔導王陛下の英霊だからというのもありますが、彼の根本に横たわる人間性がどうしても正道へ舵を取ってしまう。……世界を憎んでいるのも事実なようですが」
「世界を憎む……一体なにがあったんだろう……」
「さあね、詳しい事情は俺も知りませんよ。でもアリキソンさんのお気持ち、小生もなんとなく分かります。私も生前は世界を憎み、破滅を願う組織に属していましたから」
ユリーチは過去のロンドを追憶する。
彼を幼少期から見てきたユリーチ……もといフェルンネだが、彼がどのような人間なのかは知らない。興味がなかった。彼女にとって『黎触の団』とは研究を続けるために利用していた組織に過ぎず、構成員の情報などまったく把握していないのだ。
「じゃあ、どうしてあなたは英霊になったの? どうして国を守るために戦っているの?」
「んん……困りますね、そういう類の問答は。僕だって自分が何者なのか分かっていないし、戦う理由も分かっていない。小生はね、駒なんですよ。生前も死後である現在も……結末を導き出すための駒の一つに過ぎない。意志は不要、私情も不要。少なくとも俺はそうやって生きてきた」
いつから彼は己を駒と認識し、世界の敵へと成り果てたのか。
世界の敵であったのに、どうして世界を守るために戦うのか。
「……難しいんだね、色々と。それじゃあ私は行くね。まだ私は戦わないと……」
ユリーチは焦燥に駆られたように次なる戦場へ向かう。彼女も兄が敵へ堕ちたことに多少なりとも責任を感じている。自分でもどうしたら良いのか分からず、がむしゃらに奔走して。
ロンドにも彼女の焦りは見て取れたが、どうしようもない。自分の心も分かっていないのに、どうして他人の心を救えようか。ましてや彼の前世は極悪人だ。
ロンドは無意識に遠き過去を回想していた。
~・~・~
病室に一人の子供が訪れる。まだ歳は十もいかない純朴な子だ。
紺色の髪に、清澄な光を持つ青い瞳の少年。彼は病床で本を読む同年代の少年を見て、露骨に溜息を吐いた。
「はあ……おい、ロンド。また起きてる。今は寝てなきゃ駄目な時間帯だろ?」
病室を訪れた少年の声を受け、病床に伏すロンドは慌てて毛布に潜り込む。
「ウェカム、ゴホッ……すみません。どうしても眠れなくて」
「……お前の気持ちも分かるけどな。でも病気が悪化するのはもっと嫌だろう?」
「そうですね。仰る通り、僕は悪い人です」
ロンドは生まれた時から重い病を患っていた。両親も面倒を見きれぬと捨てられた所を黎触の王ムロクに拾われ、以後『黎触の団』に属している。
とは言っても、彼はほとんど病床から抜け出せず。団としての活動がどんなものか知らなかった。
「でもね、ウェカム。捨て子の僕を拾ってくれたムロクさん……陛下の役に立ちたいんです。ゴホッ……でも、身体が弱いですから……せめて知能の面でお役に立てればと。勉強しているんです」
ロンドが読んでいるのは組織マネジメントに関する本だった。この年齢の子供が読むには、あまりに難解すぎる書物だ。
「俺にはそういう本はよく分からないが。でもお前は頭がいいもんな。きっと団の力になれるさ。まあ……団の目的が世界の破滅っていう、一般的にはよくない目標なんだけど」
「僕は別に構いませんよ。どうせ陛下に救われなきゃ野垂れ死んでいた身ですから。道行く人は誰も僕に手を差し伸べてくれなかった。この黎触の団が僕の唯一の居場所なんです。陛下が世界の破滅を望むなら、僕は喜んでお供します」
世界の破滅。子供が述べるには些か退廃的が過ぎる夢だ。それでも、何も夢がないよりはマシなのかもしれない。夢を抱かないまま死ぬよりはマシなのかもしれない。
「そっか、頑張れよ。俺もじきに大深海魔境へ派遣されるから、こうしてアンタを叱りに来る奴も居なくなるんだからな?」
「うん……ありがとうございます。ウェカムと離れても、僕は頑張って病に立ち向かいますよ」
黎触の団の大半の人間は、ロンドの存在を疎ましく思っている。
しかし同年代のウェカムは彼を心の底から心配していた。もしも心の支えであるウェカムと離れたら、自分は孤独に耐えられるだろうか……とロンドは不安に襲われる。
いや、耐えねばならないのだ。数多の侮辱と軽蔑を耐え、彼はムロクの役に立つと決意したのだから。
~・~・~
ときどき夕刻になると、一人の少女が病室に訪れる。
「ッ……賢者様。また来られたのですか」
ロンドは胸に圧し掛かるような痛みを堪え、ベッドから半身を起こす。
少女……フェルンネは黎触の団では賢者と呼ばれる最高位の存在。そんな彼女がなぜロンド如きの病室へ訪れるのか……甚だ疑問であった。
「嫌そうな顔はやめて欲しいわね。あなたの命を救うために足を運んでいるのだから」
「別に……ゴホッ。僕なんか死んでもいいじゃないですか。団員の大半は……僕を邪魔者だと思っているのに……」
「あなたに死なれたら王様が不機嫌になるもの。それにあなたが死んだということは、私が投与した薬の薬効がないと証明されてしまう。私は私の研究の正しさを証明するために、あなたを治療しているの。モルモットね」
ロンドは不治の病を抱えている。
賢者は無謀にも不治の病を治そうというのだ。理外の魔女なのだから、或いは可能なのかもしれないが。
「でも、賢者様は……僕に本を持ってきてくれる」
本当にフェルンネがロンドを新薬の実験台としか見ていないのなら、暇を潰すための本など持ってこない。知能など与える必要がない。
実験用マウスのように、ただ生きるための最小限の物資さえ与えていればいいはずだ。
「……脈を測るわ。安静にして」
彼女は話を無視して脈測定の魔法陣を取り付ける。
幼心にも不器用な人だと、彼は思う。いくら魔導理論に詳しくても、賢者は人付き合いには慣れていないのかもしれない。
「賢者様」
「何」
「僕は……陛下に恩を返したい」
「そう」
淡々とフェルンネは作業を進めていく。
自らの脈拍をロンドはじっと感じていた。心なしか、鼓動が早くなる気がする。
「でも、賢者様にも恩をお返ししたいです」
「病も治ってないのに?」
「たぶん賢者様なら治してくれます。だから、約束ですよ。僕が健康になって……一人前になったら。きっと……っ……」
言葉の途中で、ロンドは激しい動機に襲われる。
フェルンネは治癒魔術を施し、意識を失いつつある彼を無理やり寝かせた。
「きっと……じゃなくて絶対にね。私もあなたを治してみせるから」
薄れゆく意識の中、ロンドが最後に聴いたフェルンネの言葉。
~・~・~
英霊となった死後の今でも、ロンドは鮮明に賢者の言葉を覚えている。
本当に彼の病気は治ってしまった。
しかし、約束は果たせなかった。恩を返していない。
まだ理外の魔女が生きているということは、八重戦聖のグラネアから分かる。しかし世界のどこに彼女がいるのか皆目見当もつかない。『黎触の団』が滅んだ今、彼の未練といえばそれだけ。
(でも今は……戦わないといけませんね)
聖王ウジンの英霊として、彼にはソレイユで戦い抜く使命がある。
だから、この戦いが終わったら。
「約束を……果たします」
結界が広がる空の外側。
彼方に思いを馳せ、彼は戦場の指揮に戻った。




