118. 魔女の本質
ロンドの表情は険しかった。
彼方の海から上陸してくるエムティングの規模を観察し、彼は露骨に顔を顰める。基本的にエムティングの発生周期はランダムだが、およそ二分間に一体が発生すると計算されている。
しかしイレギュラーはある。たとえば以前に心神が襲撃してきた時。あの時は二百体もの襲撃に晒され、後始末に奔走することになってしまった。
そして今現在も。原因は不明だが、やや異常なペースでエムティングが上陸して来ている。発生速度が二倍近い。
「女王の駒君、射手の駒君はいつも通りに壁上からエムティングを狙撃。優先的に壁を破壊しようとする個体を狙いなさい」
ロンドの命令に応じて黎触の駒が動き始める。彼はここソレイユ大森林においては有効な能力を持っている。多くの駒を使役し、広大な森林の戦場の戦力を底上げしているのだ。彼が厄滅に抗う要の英霊と言っても過言ではないだろう。
「ロンド副官。他拠点から物資を回収しました。こちらが現状の戦力です。いかがしますか?」
「二番の魔導士団をこちらへ。……備考に指揮がやや低いとありますが、これはよく分かりませんね。どうでもいいでしょう。五分後には接敵しますよ。小生の指示だけに頼るのではなく、各自必要な見積もり戦力を把握して要請を出してください」
「はい! ……副官も徹夜で活動していますよね? そろそろ休まれては?」
「俺、英霊なので。活動限界は基本的に存在しないんですよ。休めだなんて生前は滅多に言われませんでしたが、こういう時にはどう返せば良いんだっけか……ああ、そうだ。「お気持ちだけ受け取っておきます」ですね。ありがとうございます。……しかし、この国の偉い人は大体寝不足か」
あまりにソレイユの内情が逼迫し過ぎている。ロンドも自分がなぜ英霊に選ばれたのか、理由を考える暇もないまま命令に従い続けてきた。
彼の主人はウジンだ。かつてサーラライト国で破れた男に召喚された。だが、今の彼の心には不思議と敗北の慚悔は存在しなかった。
厳しい目で戦況を分析する彼の背後から、一人の少女が歩み寄る。
「お疲れ様でーす」
「おや……ええと、すいません。私、名前を覚えるのが苦手でして。小生に天属性の魔術をぶっかけようとした魔導士さんでしたよね」
「ユリーチ・ナージェントです。こちらの戦場の補助に回るように命令を受けました」
「ああ、はいはい。俺が死んだ後に生まれた四英雄とかいう名家の子孫らしいですね。まあどうでもいいですけど、実力のある魔導士は歓迎しますよ。僕が指示を出さずとも戦況の判断は可能でしょうから、自由にエムティングの掃討に当たってください。できれば周囲の兵の支援もしていただければ」
ユリーチの手にかかればエムティングの討伐は容易。問題は海域全体から上陸してくるので、殲滅が間に合わないことだろうか。
彼女はぐるりと森林の外に広がる海を眺める。
「エムティングは大して脅威じゃないんだけど、あの蛇竜……メロア? メロアは放置していて大丈夫なの?」
「ああ、メロアはこちらから攻撃しなければ動きませんよ。それがかえって不気味なんですけどね。死んでも生き返りますし、魂を滅ぼしても生き返りますし、どうしても倒せない面倒な存在ですから……あのままずっと蜷局を巻いていてもらいたいものです。一度、魔導王陛下が消し飛ばしても命神が蘇生させました」
「つまりメロアは命神にとって必要なものってことか。じゃあ、いつか動き出す可能性も考えて警戒しておかないと」
「その通り。貴方は聡明ですね、ええ。まあ動き出したらアリキソンさんに陛下を呼んでもらうしかないです。さあ、そろそろ本格的にエムティングとの交戦が始まりますよ。準備を」
こくりと頷いたユリーチは、魔鋼の壁を降下する。
魔女は臆さず戦場へ。
~・~・~
「『蓬天』」
水色の毒気が波状に拡散し、次々とエムティングを屠っていく。
「ついでにこっちも。『落星』」
流星が降り注ぎ、無数のエムティングを圧し潰す。
最上級の魔術を耐えれるはずもなく、無双に近い状態を保っている。なぜエムティングに星と天属性の魔術しか通用しないのだろうか……学術的な興味を惹かれるユリーチだが、今は堪えて殲滅に専念。
「……!」
彼女の足が止まる。
黒き風が吹き、視線の先にある敵影を全て焼き殺した。
「お前は……ユリーチか。こちらの世界でも相変わらず馬鹿みたいな力を持っているな」
「異世界のアリキソン。こっちの援護は大丈夫。それにしても馬鹿みたいな力って……失礼じゃない?」
「事実を述べたまでだ。時間を遡られた時は俺も冷汗を掻いたものだ」
「え……? 私の時間遡行を知ってるの?」
ユリーチは彼の発言に目を丸くした。
災厄フラムトアを吸収した、時間遡行の権能。本来は人に話すはずがない権能だ。どうして異界のアリキソンは知っているのだろうか。
「当然だ。俺は時間遡行を攻略し、数多の理外魔術を乗り越えた上で……お前を殺したのだから」
「……そう」
これ以上、彼女は質問を重ねないようにした。
どうやら別の世界線ではアリキソンがユリーチを殺したらしい。しかも明確な殺意を持って。
闇落ちしているかのようなアリキソンの言動も、それなりの理由があるのかもしれない。しかし深く事情を聞くことは憚られる。アリキソンの心を傷付けてしまうかもしれないから。
「別世界とはいえ、自分が殺されたと聞いても動じないか。やはり化け物のような精神力を持っているな。今、ここでお前に刃を向ければ流石に動揺するか?」
アリキソンは唐突に殺意をユリーチへ向けた。
彼の常軌を逸した行動に対してユリーチの本性が表出しかける。しかし彼女はあくまで合理的に、理性を以て彼を説得する。
「ここは戦場の真っただ中。仲間内で争っている場合ではないと思うけど」
「黙れ。俺は誰の味方でもない。世界全ての敵だ。忌まわしき敵であるべきだ」
「あなたの事情はどうでもいい。今は英霊である以上、魔導王の命に従って?」
「……チッ。やはりお前みたいな人間が俺は一番嫌いだ」
殺意を収め、彼は木々の中へ駆けてゆく。
一際強い嵐が天まで巻き上がった。
「変な人」
ユリーチは彼を敵だと見做していない。
今は味方であるという事実だけが全てだった。
しかし一方で、彼女の信頼は毒である。
『闇を理解できない』。人がなにゆえ暗黒面へ落ちるのか、心を壊すのか。
未だに彼女は分かっていない。兄が闇へ落ちた理由もまた。




