114. その剣は天を守るか
寒々とした空の下、かつての鳴帝と守天は再会を果たした。
「まさかイージアがまだ生きてたなんてな。百年間なにやってたんだよ?」
三人は付近の店に入り、現在に生きる姿を確認し合った。
イージアは仮面を外し、ゼロは見た目こそ変わっていないものの全体的に落ち着いた雰囲気になっている。ゼロがアルスを『イージア』と呼んでいる件に関して、マリーは特段尋ねることはない。多少の疑問はあるにせよ、彼の正体が鳴帝であることはアビスハイムから聞いていたからだ。
「百年間……故あって動けないでいた。ゼロも元気そうで何よりだ。君はなぜここに? サーラは?」
「俺は敵と戦いに来たのさ。サーラは……ちょっと家で寝てる。アイツ、なかなか動かなくてな!」
「そうか……二人とも無事なんだな。たしかにサーラは出不精な性格だからな。変わりないようで何よりだ」
マリーはゼロの様子を具に観察しながらも、二人の間には口を挟まずにいた。
百年越しの再会。人間であるマリーでは想像もできぬ期間だが、旧交を温める邪魔はしない方がよいことくらいは分かる。
「ところで、敵というのは? 我々と同じ天魔達を追っているのか?」
「……ああ、そうだな。天魔を追っている。俺は六花の将として大切な人を守るために戦うと決めた」
アルスはゼロの言葉を聞いて安堵した。いまだ彼の心根は変わらず、大切なもののために戦うことを諦めていないようだ。これで六花の将の所在は全員知れた。リグスとアリスは死に、ダイリードは魔将となってしまったが……まだ希望は潰えていない。
「で、そこの女の人は?」
話が一区切りついたところで、ゼロはマリーに視線を向けた。
彼女は丁重にお辞儀を返す。
「マリーと申します。アルスさんと共に、国を脅かす敵の捜索を進めております」
「マリーか、よろしくな。俺はゼロ。……いやしかし、まだイージアをアルスって呼ぶの慣れないな。仮面を被ってないのも違和感だ。一応、魔神討伐後は何度か素顔も見てはいたけど……」
「三人でいる間は好きに呼んでくれて構わない。ただ、人前ではアルスと呼んでくれ」
ゼロは視線を逸らして承知の首肯をした。かなりの変化だ。以前のゼロであれば「おう!」と元気よく返事をしていたのだろうが、今の彼はかなり落ち着いている。
落ち着きを通り越してどこか沈んだ人格にも見える。アルスは強烈な違和感を覚えながらも、新たな彼に合わせようと積極的に口を開く。
「では、ゼロも敵の捜索に協力してくれるということで良いのか?」
「ああ。俺もさっさと戦いを終わらせて、この結界に閉ざされたソレイユから出たいし。お前ら、これからどこかに行く予定とかあるのか?」
「敵の場所が分からなくて闇雲に探している状態だ。ゼロは何か心当たりはないか?」
「ある。俺は色々調べる中で、不自然な場所を発見したんだ。フロンティアの中に人が潜伏していると思われる家屋を見つけた。今日はそこに張り付いて、利用者が天魔じゃないかを調べるつもりだ」
ゼロは躊躇せずに言い切った。曰く、件の家屋というのはアミナ付近のフロンティアに隠れているらしく、空上からの監視でも発見できないとのこと。
「……ゼロさんはどうやってそこを見つけたのですか?」
「俺はソレイユに来てから、フロンティアを中心に徒歩で捜索を進めてきた。で、偶然見つけたってだけだ。内部を覗き見た感じ、埃が積もってなかったから利用者はいるはずだ。もちろんフロンティアの観測員の可能性もあるが……この非常事態に観測員なんて派遣している余裕はないはずだろ?」
たしかに、殆どの人員は大森林か資源の開発に充てられているはずだ。こんな冬区画の閑散とした、しかもフロンティアに用のある人間などいない。
「ともかく向かってみよう。ゼロ、案内を頼む」
「ああ」
マリーはアルスの様子が気掛かりだった。彼のことなど何も知らないマリーだが、仲間との再会によるものか彼はどこか浮かれているように見える。
油断していないと良いのだが……マリーは心配しつつ、二人の後に続いた。
~・~・~
三人が辿り着いたのは閑散とした高原だった。冬区画であるものの、雪は降っていない。
ここらのフロンティアはさほど強力な魔物は棲息していないが、悪路が多く侵入が困難だ。山地と無数の石柱に隠れて、一軒の家屋が不自然にぽつりと立っていた。
ゼロは件の家を指さして苦笑気味に声を漏らす。
「な? 怪しいだろ?」
「怪しいな……それに、周囲の魔力がここら辺だけやけに濃い。魔力が濃すぎるせいで内部に人が居るのかどうかの気配も掴めない。恐らく人為的に撒かれた魔力なのだろう」
「じゃあ、中の様子を一旦確かめないとな。俺が先行する」
ゼロは警戒しつつ家屋の方面へ向かって行く。
アルスも何が起きても対応できるように彼の少し後を追う。マリーは更にアルスの背後を往き、一定の距離を保って敵襲に備えている。やがてゼロの足が止まり、扉へと手をかけた。鍵は掛かっていないようだ。
「いくぜ」
「気を付けろ、何が起こるか分からない。特に君は昔から特攻する傾向にあったからな……私がカバーできる範囲にも限度がある。最善は尽くすが」
「はは……お前は相変わらず優しいな。昔から変わらない」
剣を構えたゼロは、徐々にドアノブを掴む力を強めていく。
そして、一気に開け放つ。
アルスは内部の様子を即座に観察。玄関手前に人影はない。
しかし、
「アルスさんっ!」
「……!」
周囲の岩陰から銀色の鎖が飛び出した。侵入者用の罠だろうか。
しかし容易に捕まるアルスではない。
左右前後から伸びた鎖を回避し、身を屈め──
「……お前は優しくて、大馬鹿だよ」
剣閃が走った。
アルスの逃げ道を塞ぐように。彼は咄嗟に身を翻し、斬撃を回避。しかし鎖から逃れることはできず、強い拘束力を持つ銀鎖が彼の手足に食い込んだ。ユリーチの扱う神魔鎖に似た、魂そのものを捕らえる鎖だ。
アルスの逃げ道を塞いだ剣閃の主は。
「ゼロ……!?」
「変わっていないのはお前だけだ。どれだけ世界の汚れを知っても、どれほど多くの命を失っても、諦めず立ち向かい続ける愚か者。反吐が出る」
天剣カートゥナを掲げるゼロ。
彼は家屋の内部など気にも留めず、アルスとマリーの動きを常に捉え続けていた。
「ここで死んでくれ、イージア。俺の大切な人のために」




