109. 三大外敵
戦場に舞い降りたアビスハイムは、一瞬にして状況を把握する。
「リリス! そこの小僧の手当てを!」
「はっ」
彼に続いて魔力の粒子となって現れたリリスは、エムティングに貫かれて重傷を負ったクロイムの救護にあたる。
「アリキソン、ノア、アルスは周囲のエムティングを屠りつつ敵の増援に警戒せよ。心神は我が仕留める」
仕留める、と言うからには打倒の算段があるのだろう。アルスと違って。
一瞬にして場の空気を掌握した魔導王に周囲の者は従い、各々散開。遠方よりヘリや飛竜が迫っている様子も確認できた。援軍の到着である。
『魔導王アビスハイム。自信に満ちた感情は一つくらいあってもいいのですが。いかんせん神への敬意がない。あなたは神族から見ても得体の知れない存在ですけど、所詮は家畜。どれだけ虫が賢くても、虫は脆弱なものでしょう?』
「ハッ! しょせんお前はヘラクレスオオカブトまでしか知らないのだろう? インフレの先にあるアクティオンゾウカブトを知るまい」
『……? 何を仰っているのか分かりませんが……死んでくださいね、目障りなので』
神気が迸る。戦場のエムティングごと全てを呑むかのように。
敵も味方も一切合切、心神からすれば目障りな障害物に他ならない。
「心神クニコスラ。お前の死因は、創世主に裁かれたことによる。創世主アテルトキアは一挙手一投足、全ての意志と行動が創世法則に基づくがゆえ、神定法則【情意の鍵】でも攻撃は無効化できん」
『忌まわしい過去を思い出させないでくださいね、不快です。転がるだけならいい。跪くだけならばいい。日陰で怯えるのも許しましょう。しかし……私を不快にしてはなりませんよ?』
「では、お前に二度目の死を贈ってやろう。我が高貴なる姿を拝謁することを許そう、愚神」
迫り来る神気を前にアビスハイムは一歩踏み出した。
彼の周囲に魔力が集中し──変質。魔力を越えた未知のエネルギーが、過剰な魔力結合により生成される。エネルギーは彼の全身を包み込み変形。
「『神核解放』ッ! これぞ、創世の意志が生み出した希望の灯……! 人も神も災厄も、全ては我が力の前に平伏する!」
気付けばアビスハイムは巨大な剣を構えていた。黄金色に眩く輝きながらも、人はまぶしさに目を逸らすことはない。この世でただ一つの、アビスハイムだけが作り出す至高の光である。
アルスは彼の力に見覚えがあった。『神核解放』……龍神が術神バロメを倒す際に扱っていた能力だ。神気を一点に集中させ、災厄の結界をも打ち破る破壊力を得るとか。しかしどれだけ威力を高めようが、心神の神定法則の前には無為。
『馬鹿な……私の法則が破られる……? 家畜が神気を扱うなど……!』
いや、無為ではない。アビスハイムの大剣は心神の周囲にある歪みを両断し、迫る神気の悉くを打ち払う。
つまり、彼が扱っている『神核解放』は創世法則ということになる。創世主アテルトキアが力を直接的に与えているということ。
「フハハッ! 人は傲慢な生き物であり、神を騙る者も存在する! それがこの我、魔導王にして魔導の神、アビスハイムである! ここに沈め、心神クニコスラ!」
大剣が振り下ろされる。世界の震撼と共に光が満ち……空間が両断。大森林の端まで地が裂ける。
暴威の風圧の前に、周囲の者らは必死に耐え続けた。
そして、衝撃は終わる。土煙の中から一筋の神気が舞う。
光は心神絶命の証──
「──干渉空谷、『淵闇』」
ではなかった。アビスハイムが放った光は、直前で強引に逸らされていた。
立ち昇った神気は心神が正面から迎え撃った証だ。だが、心神単体ではアビスハイムの攻撃を完全に逸らすことなど不可能。
では、いったい誰が乱入したというのか。
「やれやれ……このような場所で野垂れ死ぬのは勘弁してもらいたいね。心神クニコスラ」
『ああ、天魔さん。手出しなんてしなくてもよかったのに』
フードを被った男が気配もなく立っていた。
六花の魔将が一、『天魔』。ソレイユの外敵の一柱である。彼の腕から立ち昇った闇が、心神の神気と共にアビスハイムの攻撃を逸らしていた。
「ほう……天魔のお出ましか。一網打尽にしてくれる……と言いたいところだが……」
アビスハイムは珍しく表情を曇らせた。彼の視線は心神でも天魔でもなく、森の深奥へ向けられる。
今度は気配を感じられた。一切の気を放たずに登場した天魔とは対照的に、圧倒的な覇気を纏って現れた男。彼は黒い瞳をぐるりと巡らせて気怠そうに欠伸をした。
「はあ……なんだ、これ。総力戦じゃないんだからさ、もう少し加減して戦えないのか?」
「イル……!」
アルスは彼の名を叫ぶ。
『無限龍』イル。真の名を、命神メア=ルッイ=シヴ。
「変態、お前も来てたのか。あんまり邪魔してくれるなよ。別に知り合いを殺したいわけじゃないんだ。まあ、殺すこと自体に抵抗はないけどな。……で、どうすんだこの状況」
戦況はあまりに複雑化しており、規模が拡大している。
ソレイユの外敵が全て集い、ソレイユ側の戦力もほとんど集結している。ここで交戦を起こすか、否か。緊迫した状況の中でアビスハイムは告げる。
「……我が本気を出せば、周囲の全てを犠牲に敵を滅ぼすこともできよう」
彼の言葉を聞いたリリスは、クロイムを治療しながら当然のように答えた。
「しかし、陛下は民の犠牲を望みません」
「分かっているではないか。ユニットを総ロストしてクリアしても意味はないからな。故に、【棄てられし神々】よ……選ばせてやろう。ここで我と共に滅ぶか、命を僅かに先延ばしにして滅ぶか。選べ」
どちらにせよ天魔と二神が継戦を選択すれば、アビスハイムたちも応戦せざるを得ない。全力で、命を擲ってでも。国の全てを犠牲にしてでも。
必然的に敵の思惑に状況は委ねられた。周囲の人間は固唾を呑んで様子を見守っている。
『私たちが家畜相手に逃げるとでも? 敗北はなく、失態は存在せず、遅れを取るなどあり得ない。神の前に平伏すことが人間の定めですよ?』
挑発的な心神の態度。これは戦いを続けなければならないかと、一同が覚悟を決めた時。
天魔が口を挟んだ。
「待て、クニコスラ。君はいつもそうだ。目先の物事に気を取られ、後の利益を考慮しない。ここで一斉に彼らを殺戮するよりも、少しずつ絶望させて嬲り殺す方が良い。彼らに束の間の幸福を与えるためにも、ここは私たちが退いてあげようじゃないか」
『人間の分際で私に指図するつもりですか? 天魔スターチ』
「え……」
今、なんと言ったか。
アルスとユリーチは思考が空白に染まる。
スターチ、と言った。同姓同名の別人の可能性もある。しかし、妙な胸騒ぎがして。
「……妹の前だというのに、正体を明かしてくれるな。仕方ないな」
天魔はフードを外す。風に揺れる赤髪。碧色の瞳がユリーチを射抜いた。
間違いない。彼はユリーチの兄、スターチ・ナージェントである。
「おにい、さま……?」
「ああ、君の兄だよ。そして人類の敵だ。私は六花の魔将が一、『天魔』スターチ・ナージェント。可能であれば正体を明かさず、妹を悲しませたくはなかったんだけどね」
一体いつから。
いつから、彼は六花の魔将になっていたのだろうか。不穏な素振りはまったく見えなかった。アルスは過去を回想するが、思い当たる節はない。それほどまでに正体の秘匿に優れていたということか。
会話を聞いていたイルは徐に口を開く。
「俺はスターチに賛成だ。別に人間を苦しませたい、なんて願望はないが……魔導王は得体が知れない。万が一にも俺が死ぬことはあり得ないが、クニコスラやスターチが殺される可能性はある。そうなれば俺も本気を出さなきゃいけないけど、それは面倒だし。一旦退き、魔導王について考察を行うべきだ」
『うーん……まあ、メアさんが言うのなら仕方ありませんね。私たちの温情に感謝してくださいね? 次に会う時は、必ず屠殺します』
言い残し、神々は消滅してゆく。
最後に残った天魔……スターチは己の身体を闇に包み、目を伏せる。
「闇。光とは対極にある、邪なる概念。ユリーチ、私は君とは真逆の道へ進んでしまった。もはや私を兄だと思ってくれるな。糾弾し、果てに忌まわしき敵と見よ。そして──最後には。闇が光を呑むのだよ」
天魔もまた、消え失せる。
失望に暮れる輝天を置き去りにして。




