104. 復活の駒
「イージア……いや、アルスじゃねえか! 久しぶりだなあ!」
およそ百年越しに見えたウジンは、アルスの目には一切変わらずに映った。相変らず少しだらしのない姿勢に、あまり手入れされていない頭髪。
唯一昔と違う点があるとすれば服装だろうか。ウジンと言えばいつも酒臭い私服を着ているイメージだったが、今の彼は小奇麗な布に身を包んでいる。胸元にはソレイユ王国の『魔導星冠』の階位を示す徽章。リリスと同じく、ソレイユにおける最高位の権力を示すものだ。
「ウジンか。君なら無事だと思っていたが……」
「ああ。アビスハイムは現世に復活する前にも意識があったみたいでな。今から二十年くらい前だったかな……アビスハイムの精神体が夢に出て来て、ソレイユに向かえってお告げを受けたんだ。で、今はこうして……立派に将を務めているってワケだ。ま、ブラックな職場だけどな。寝る暇もねえ」
旧交を温める精神的余裕もないのか、ウジンは吐き捨てるようにぼやいた。
「……で。イージア……じゃねえ、アルスだ。アルスとノアは知ってるが、そこのお嬢さんは?」
未だにイージアという呼称が離れないウジンは、つっかえながらアルスの名を呼ぶ。ノアとはソレイユで知り合ったのだろう。彼はアルスの後方に佇む赤髪の少女に視線を向けた。
「こんにちは、はじめまして。私はユリーチ・ナージェントと申します。よろしくお願いします」
ユリーチは自身がフェルンネであると明かさずに、異様に笑顔を浮かべてウジンに頭を下げた。表情は笑顔だがなぜか殺気が溢れている。
「お、おう……なんでそんなに殺気出してんだ? 俺はウジン・サファイ。この戦場の指揮官だ。よろしくな」
「ウジンさん、変な名前ですね。こんな戦場に留まっていて、さぞお疲れでしょう。壁から足を踏み外して死なないように気を付けてくださいね」
慇懃無礼。
ウジンは首を傾げてアルスの耳元でこっそりと尋ねた。
「……おいアルス。このお嬢さん俺に恨みでもあんのか?」
「彼女なりの挨拶だ。気にしないでくれ」
三人の様子を遠巻きに眺めていたノア。彼女は海洋の向こうから接近してくる気配に気が付いた。
黒い。真っ黒な竜が彼方より接近して来ている。ノアに少し遅れてアルスも竜の接近に気が付き、槍を構えた。
「接敵か?」
「おっと。アレは敵じゃねえ。……ああ、いや。敵じゃないとは言えないんだが……今は味方だ」
ウジンの制止によりアルスは矛を収める。迫り来る黒き影を目を眇めて凝視。
影が拡大し、一気に旋回して壁の上部へと舞い降りた。竜に跨っていた男は地に降りる。ヘルメットを着用しており顔が見えなかった操縦者は、竜を従えてウジン達へ接近。
「おやおやおやおや。新しい顔ぶれですね。新戦力は助かりますが、二名というのはよほど有用な駒でないと困りますが……うん?」
竜の操縦者はアルスの顔を見て後退った。かと思うと、途端に急加速して目前へ迫った。
「貴方はッ! その顔、覚えていますよ! イージアさんだ、『鳴帝』だ! ああ、貴方が鳴帝と呼ばれる頃には小生は死んでいましたが、まあ私を殺したのも貴方ですから。いやはや、まさかこうして巡り合えるとは数奇な運命だ。ねえ?」
ヘルメットを外した男は、ニヤリと嗤う。
アルスは彼の残虐な笑みに覚えがあった。どうしようもなく害悪で、どうしようもなく狂った男。
『黎触の駒』ロンド・デウム。
「っ……!」
彼は死んだはずだ。サーラライト国にて、かつてアルスが殺した男だ。
アルスは即座に彼へ戦意を向けなかった。ウジンが先程言いよどんでいた理由はこれだろう。かつては敵としてあった者が、恐らく今は味方になっている。
背後ではユリーチが意外な展開に目を丸くしていた。ユリーチはフェルンネとして黎触の団に在籍していた過去がある。ロンドとの交流はアルスよりも深いはずだ。
「ああ失敬。そう怖がらず、殺したがらず……って、イージアさん。貴方は俺に殺意を向けないんですね。僕と同じ戦闘狂のくせに」
「周囲の反応を見れば、君が敵ではないことは分かる。分かるが……特段信用しているわけではない。まずは君がソレイユに協力している理由を聞かせてくれ。それと、死んだはずなのに生きている理由も」
「簡単なことです。俺はウジンさんに召喚された英霊ですから、命令に従っているだけ。二度目の生を受けている理由も同様です。ただ……小生がなぜ英霊として扱われているのかは、甚だ疑問ですけどね。むしろ世界の敵側なんですが。まあ、ウジンさんと関わりが多少あって、その縁で召喚された……と考えるのが妥当な落とし所でしょうかねえ」
ロンドが英霊として相応しくない点についてはアルスも同意できる。しかしウジンと一度戦っただけという縁で、召喚されるものなのだろうか。
「まあいいじゃないですか。私は勤勉に働いている。黎触の団に在籍していた頃も、人事の評価はずば抜けて高かったんですから」
「あの組織、人事とかあったのか……」
ウジンとノア曰く、ロンドは普通に働いているらしい。
彼が召喚されると同時に破壊された『黎触の駒』も完全復活し、計九つの駒を使役できるようになったという。
「まあ、既に二つ破壊されてしまったのですが。壁を建造する際に無理難題を押し付けられましてね。その時の作戦で失ってしまいました」
「……まあ、ロンドの采配で戦場が維持できていると言っても過言ではない。俺に免じて許してやってくれ」
ウジンに頼まれれば、アルスもロンドを拒絶する理由はない。完全な信頼はできないが今は味方。
ただ事実だけを受け入れ、協力できる範囲で協力すれば良いだけのこと。
「僕は彼を許容しよう。ユリーチは?」
「え、なんで私に聞くの? 別に不満はないけど。その人真面目だし」
「おやおや、まるで俺を知っているような口振りだ。たしか赤髪の貴方とは初対面だと思うのですが……小生の記憶障害ですかね」
首を傾げたロンドに対してユリーチは誤魔化すように笑う。
刹那、通信が入った。
『ほ、報告します! 結界が……外部から破られましたっ!』




