100. いざ魔導
ソレイユ王国。
旧き魔の伝統を持ち、かつて魔導王朝と呼ばれた大国。
現代では極めて高度な魔導文明を有し、人々は豊かな暮らしを送っていた。四季すらも自由自在に操る揺るぎない安寧。
だが恒久の安寧は続かない。この盤上世界に因果がある限り。
「報告します。四英雄の家系が動き出したようです。また、罪神の器と錬象も」
「よい。リリス・アルマ、貴様は霓天の確保へ向かえ。奴が最優先だ」
「はっ」
「次の報せを! 戦線の状況を報告せよ!」
ソレイユが光の壁に包まれて一か月が経った。これまで国を治めていた国王は退位し、現在は新たな王が在位している。
新国王を名をアビスハイム。五千年以上前にソレイユ魔導王朝を築き上げた、初代魔導王である。
~・~・~
「師匠! 見てくださいよおこれ!!!!」
「シレーネ黙れ。耳元で叫ぶな」
ナリアは顔を顰め、シレーネが突き出した写真を眺める。光の壁。ソレイユ王国が一か月前に張り巡らせたものである。
諸外国も異常を察知して構造を分析してみたのだが……この壁が何なのかまったく分からない。内部との通信も取れず、衛星などによっての観察もジャミングで妨害される。ソレイユの中で何が起こっているのか誰も分からない現状だ。神聖国王によって国を乗っ取られたディオネ解放に似た状況。
「この壁がどうかしたのか?」
クロイムが写真を覗き込んで首を傾げる。何の変哲もない謎の壁が広がっている。
「クロイムさんもまだまだ観察眼が甘いですね。私のアーティファクトで壁の周囲をぐるぐる回っていたんですけど……ここ! ここ、ソレイユの制服を着た人が壁をくぐっています! しかも民間人っぽい人もたくさん居て、ニコニコして作業してます!」
「そりゃまあ、ソレイユの人間が作った壁なんだから。内側から壁を開ける術は持ってるだろ」
「いいや、違うな。論ずべきはソレイユの内側の人間が意図して壁を作った……という点だ。つまりディオネ解放のように、為政者が無理強いをして国を囲んだ可能性は低い。まあ民が強制的に閉じ込められているという可能性も否定はできないが」
たしかに強制的に国に幽閉されているのなら、民間人がニコニコ笑顔にはならないだろう。
「で、シレーネは何がしたいんだ?」
「行きましょう! きっとソレイユの内側には極楽浄土が広がっていて、ソレイユ国民は天国を独占しようとしてるんです!」
「「…………」」
ナリアとクロイムは沈黙する。何を言ってるんだコイツはという意見は同じだが、最終的な進路は異なる。
「流石に中には入れないだろ。そもそも壁をどうやって潜り抜けるのか……」
「よし、行くぞ。お前らもついて来い。問題ない、壁は私のオーオーでぶち抜いてやる」
「!? 大師匠、本気っすか!?」
ナリアの返答は意外なものだった。彼女は面倒事には極力関わらない人間だとクロイムは思っていたのだが。
「ああ。ソレイユの内側に天国があるとは思わんが、世界全体の魔力の流れがおかしいのだ。阿呆なお前らは気が付いていないだろうがな。壁が現れてから世界全ての魔力、邪気、神気がソレイユに吸い寄せられるように動いている。真相を確かめに行くぞ」
ナリアの究明者としての意志が働いた。厄介事には違いないが、ソレイユの異変はいち研究者として見過ごせぬ事態。
彼女は二人の弟子を引き連れ、ソレイユ王国へと向かう。
~・~・~
「Why」
「You are bum」
アルスはユリーチに連行されてソレイユ王国へ向かっていた。彼としてもソレイユに向かう腹積もりだったのだが、こうしてユリーチに強制連行されるとは思っていなかった。
目的は無論ソレイユを覆う光の壁を調査すること。
「僕も調べてみるつもりではあったんだが、魔術の学がないので。そのうち君かナリアに壁の正体を聞いてみようとは思っていたんだ。この……壁は何なんだ? 結界のようにも見えるが」
既に二人は壁の目前に到達していた。
透き通った光の壁のように見えるが、内部はなぜか見透かせない。光はソレイユの国境をすべて覆うように展開されており、蟻一匹すら通れない状況だ。
諸外国は色々と噂したり調査したりしているものの、原因は不明。ソレイユの内部は観測できず世界の一部が切り離されたかのようだ。
「私も何度か足を運んで構造を分析してみたんだけど……これは結界と呼ぶには強固すぎるし、魔術や魔法ですらない。たぶん……アレだよ。宇宙人の技術」
「……まさか。宇宙人なんているわけ……なくはないのだな、これが」
アルスは宇宙人の存在を否定しようとしたものの、愚者の空で見た光景を思い出す。
アテルトキア創世以前、旧世界と呼ばれる世界は多くの次元や世界を取り込んだらしい。別の世界の人間を宇宙人と形容するのならば、存在は否定できないのだ。
「それと、スターチさんもソレイユに閉じ込められているかもしれないんだったか?」
「ええ。お兄様がソレイユ行きの便に乗った記録があるの。お兄様が誰にも言わずに出かけるなんて珍しいけど……」
ユリーチの兄であるスターチは消息不明となっている。直前の記録から見て間違いなくソレイユに向かい、滞在中に壁に囲まれて取り残されているのだ。
自分の研究に没頭するユリーチが珍しく外出して調査へ来た理由も、兄が消えたからだ。
「僕だってマリーが消えたら不安になる。君も家族が居なくなって不安に思っているだろう」
「貴殿の妹君ならば国の中にいますよ」
「ああ、そうですか。……ん?」
アルスを『貴殿』と呼んだのはユリーチではない。
誰かが壁の中から呼びかけてきたのだ。声の主はぬっと光の壁から顔を出す。顔の右半分に白い布を被った変人だ。
「こんにちは、霓天殿。お久しぶりです。ソレイユ王国魔導星冠、リリス・アルマ。霓天殿と輝天殿のお迎えに上がりました」
「あの……とりあえず顔だけじゃなくて、壁から全身出してもらってもいいですか」
「すみません、穴に嵌ってしまいました」
「なるほど、壁尻ってやつですか。非現実的なシチュエーションだと思っていましたが、いざ見ると感動しますね。僕も死ぬ前に見れてよかったです」
アルスたちの前に現れた少女……リリス・アルマは、かつて魔王軍との戦の際にルフィアと同盟を組んだソレイユ軍の指揮官。
彼女は壁から顔だけを出しながら二人に会釈する。
「あ、はじめまして。輝天の家系、ユリーチ・ナージェントです」
「先程申し上げましたように、ソレイユ王国魔導星冠を与っております。リリス・アルマと申します。以前の魔王軍との戦では、連合軍の代表として行動させていただきました。さて……それではですね、とりあえず壁に嵌ってしまいましたので。拙を一旦内側へ蹴り飛ばしてくださいます……ごへっ!」
リリスが言い終わるまでもなく、ユリーチは彼女の顔面を蹴り飛ばして壁の内側へ追いやった。
「ユリーチさん容赦ないね。リリス殿の首が折れたらどうすんの?」
「ソレイユの魔導士だし、自己蘇生くらいできるでしょ。それに蹴ってくださいと言われたら蹴らずにはいられないし」
「うーむ……」
やはり魔導士は風変りな性格の人が多いのかもしれない。アルスは訝しんだ。




