87. 『ぼく』対『鬼凶』
アナベルト・シルバミネは最強の殺し屋である。
人を殺す業において、シルバミネ家の右に出る者はいない。完全秘匿された一門であり、神除けの結界を張っているので戦神からは観測されていないが、彼女の絶技は八重戦聖にも匹敵する。
「シルバミネ第六秘奥──『晦気殺』」
立ちはだかった神族……セティアに対し、術を行使。
セティアを強化する。
「ん……? おお……? どんどん力が湧いてくるよ!」
セティアに次々と魔力が送り込まれ、あらゆる身体能力が強化されていく。さしもの阿保も、敵に強化を付与してもらっている事実に困惑。
だが、やがてアナベルトの真意に気付く。
「あ、あれ……ねえねえ、そろそろ強化やめてもいいんだよ?」
「拒絶。では、さらば」
身体強化はレジストできない。異常なまでに強化を施し、一部の能力には強化を施さず……完全に敵の能力バランスを崩す秘術。名を『晦気殺』。
精神が狂うほどの強化に酔うセティアは、眼前より迫る刀を回避することができない。
「さようしからばこれにてごめん──不死断ち」
魂魄を斬り伏せる一撃。
生と死を操るシルバミネ家の秘剣、【黒ヶ峰】。絶対的な死を付与する一閃に斬れぬものはなし。魔も、神も、等しく死に至る。
今度は確実にセティアを仕留めたアナベルト。神気となって霧散する敵影を確認し、二刀を納めてアルスの追撃へ向かう。
「ぼくさ、消すと増えるんだよね」
「は!?」
だが、セティアは眼前に居た。しかも二人。
どちらかが幻影……と言う訳ではない。どちらも本物だ。アナベルトは知らなかった、セティアは神の情意存在である創世主のパーツであるということを。
「完全に魂魄を斬ったはず……なにゆえ」
「ぼくの魂の本体は、『愚者の空』の中にあるんだ。魔族や神族は疑似的な肉体を作り出して、魂を一個しか持ってないけど……ぼくは何個も魂を複製して所持しているんだよ。魂が滅ぶと、本体の魂が危機を察知して分裂する」
「プラナリアですか、貴方は」
これは……正直なところ、アナベルトにもお手上げだ。命を殺すのがシルバミネ家の役目だが、そもそも相手が生物ですらないのならば、どうしようもない。
「シルバミネ第四秘奥──『禁殺』」
封じてしまおう。彼女は思い立ち、再び秘術を行使する。
右刀でセティア周囲の空間を裂いた。
「あっ、これはまずい!」
アルスの青霧が時間を殺すのならば、アナベルトの一閃は空間を殺す。
切り取られた箇所から暗闇が表出し、セティアを包囲。あのまま暗闇の六面に挟まれて、彼女は永遠の闇へと封印されることになる。秘技の名を『禁殺』。
瞬時に危機を悟ったセティアは、自らの身体を神気に分解。奔流となった神気は、黒の六面の隙間をすり抜けて外部へ逃れる。そして再び肉体を構築した。
「君ばっかり攻撃してずるくない? ターン制バトルにしない?」
「貴方が何もしないのが問題かと」
「じゃあぼくの番ね。星烈火縫!」
彼女が作り出したコメットが猛烈な勢いで飛来する。セティアの星魔術は尋常でない火力を持つ。
当たれば致命傷なのだが……
「あの……どこを……狙って……?」
「クソエイム。仕方ないね」
流星はアナベルトを大きく逃れて、後方の帝国城へ衝突。
城に一角を吹き飛ばした。あの辺りは玉座があったはずだが……大丈夫だろうかとアナベルトは心配する。たしか皇帝は星魔術が弱点だったと思うが……
「もしや、わざと陛下の居る方面へ?」
「えっ……う、うん! そうだよ! 皇帝はエムティングで、弱点は星属性だからね!!」
「……意外と侮れませんね」
彼女はセティアに対する警戒度を一段階引き上げる。くだらない馬鹿かと思っていたが、どうにも頭は回るようだ。
だが、どうしたものか。セティアを殺す術をアナベルトは持ち合わせていない。ただ一つの秘技を除いて。
「──シルバミネに失敗は許されず。標的の首を断つまで、死に非ず。故に、汝を仇敵と定る」
「え、なになに? なんかすごい殺気……あっ、すごい。すごい殺気」
これまで遮断されていたアナベルトの殺気が、一気に解放される。
常人であれば殺気だけで身体の悪寒が止まらず死に至る。これまでセティアが浴びたものの中で、最も強い。
「我が名はシルバミネ。汝の命、我が命を代償として貰い受ける」
「……あ、自害? そういうメガンテ系? ちょっと考えなおして……」
「シルバミネ最終秘奥──『滅殺』」
セティアの説得は届かず。自らの命を犠牲にしてでも、標的を殺めることがシルバミネ家の本懐なれば。彼女は二刀【黒ヶ峰】を地へと突き刺し、自らの魂を捧げる。
其は呼び覚まされてはならぬ、死の化身。初代シルバミネ家の当主にして、史上最強の殺し屋。人でありながら創世の意志に忌避され、裁きを得た最大の名誉者。
シルバミネ秘奥の最終。初代シルバミネ一門──【死主】アインバルト・シルバミネを喚起する業。喚起者の肉体は朽ち、身に初代の魂が宿る。
「……アナベルト君じゃないね? 誰だ、君は。というか……うん、これはもはや殺気ってレベルじゃないね。死の概念そのものだ」
「──我が一門の秘奥に応じ、常世より舞い戻った。この身は、死。汝に死を運び、我が一門の命と共に冥界へ運ぶとしよう」
セティアは初めて『死』の危険を悟る。
眼前の少女に宿った存在は、或いは如何なる上位存在をも殺しかねない怪物である。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
両者は睨み合う。互いに緊迫の沈黙が続く。
やがて、アナベルトに宿ったアインバルトが口を開いた。
「之は、世界の歯車ゆえに殺してはならぬ。初代の名において、赦す。ただ一つ、仇を殺さぬことを。では帰る」
「あれ」
殺気が消えた。同時、アナベルトの意識が戻る。
「ま、まさか……最終秘奥を使い、初代様を呼び寄せて生きて帰れるとは……何者なのですか、貴方は」
「なんかさ、若干初代様にも嫌悪されてたように感じたんだけど、ぼくってそんなに嫌なヤツかな?」
「い、いえ。嫌悪と言うよりは、貴方を殺すことを禁じられたので……ええと。さようなら?」
「うん、さようなら。アナベルト君も達者でね。じゃあ、ぼくは皇帝をぶち抜きに行くから」
「あ、それは困る……」
困惑するアナベルトを他所に、セティアはアルスの後を追って走り出した。
しかしあの少女は殺してはならぬと初代から命じられた存在。【黒ヶ峰】使用の代償として、相手に敗北すると首が飛ぶという呪いがあるが、それも発動しなかった。
初代がこれは敗北ではないと決定したのだろう。
追うこともできず、彼女は悲嘆に暮れて城の闇へと消えた。




