79. ネモ様万歳!
『ネモ様の街』
『ネモ様のグッズ売ってます!』
『ネモ様崇拝協会はこちら』
ネモ様、ネモ様、ネモ様……いたるところに六傑の一人、『人握』ネモの名前が書かれている。
右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見てもネモ様。
「なんかここら辺、気持ちわるいのです……」
ベロニカは辿り着いた都市の異様な光景に青褪める。
アルスとシトリーも吐き気がするほどの『人握』崇拝に顔を顰めていた。ただ一人、四人の中でセティアのみが平然とした顔をしていたが。
「やあ、そこの人たち! 観光客かい?」
一行に話しかけてきた男性は笑顔で歩み寄る。服装を見る限り、この街の観光ガイドのようなものらしい。グッドラックの団員だとバレる訳にもいかないので、とりあえず観光客という体にしておく。
「ああ、はい。友人たちと旅行に来ました」
「おお、この『ネモタウン』に訪れるとはお目が高い! こちら、観光案内のチラシになります」
「ありがとうございま……す……」
アルスが目を落とした先には、観光の情報は記されていなかった。ネモの情報だけが記されている。『人握』の経歴、魅力、配信予定などがびっしりと。
「あ、あの……これは観光情報ではなく、個人の紹介では?」
「何を仰いますか! ネモ様とは即ち、この都市そのもの! ネモ様を崇拝し、ネモ様を肯定し、ネモ様のために生きる者のみがこのネモタウンに住まうのです! さあ、あなたがたもネモ様をごらんなさい! まずは配信の視聴から……おすすめの動画はですね……」
四人は熱中して語るガイドを他所に、頷き合ってその場から離れる。
どうやらこの街は異常らしい。それだけは分かった。住人たちが本心でネモを崇拝しているのか、脅されて崇拝しているのかは不明だが、とにかくヤバい。
「あ、ちょっと!? ちょい、あなたがた! ネモ様のフライヤーをそんな風に破り捨てて……排水口に!? 捨てた!?」
アルスからフライヤーを受け取ったセティアは、迷うことなくバラバラに破って放り投げた。他の三人が止めるまでもなく、セティアによる凶行は為されてしまったのだ。ネモが崇拝されるネモタウンにおいて、そんな真似をすれば……
「ふ、不敬者ーッ! アンチだ、アンチがいるぞー! 粛清しろおおおおおおっ!」
「うおおアンチだあああ! 叩けええええ!」
「ネモ様のアンチは粛清じゃあああああ!」
ガイドは人が変わったように鬼の形相を浮かべ、天を劈かんばかりの怒声を上げた。同時、周囲にいつの間にか忍び寄っていた住人たちが走り出す。
「な、なんだこの街は! 地獄か!?」
「みんな、逃げるよ! 変態君、逃げ道を探して!」
相手が一般人であれば逃げ切れる……はずだった。しかし、この都市は全ての住民が『敵』である。基本的にどこへ行っても逃げ場がない。
最悪、一人一人を気絶させるかしかないが……
「ねえアルス君、迫って来る人間たちウザいよね。処す? 処す?」
「処さない。退却する」
再び凶行に出ようとするセティアを止め、どうしたものかと考える。狂気に呑まれた住人の首を叩き、気絶させつつアルスは退路を探る。どこへ逃げても逃げ場など無いに等しいが、ひとまず隠れなければ。
彼が取り囲む住人たちの隙間を発見し、飛び込もうとしたその時。
──悪寒。
「天地、聖魔、生死、遍く象は我が輪廻に在り。永劫を糧とし、永久を鱗とし、永遠を我が牙とす。この身は無限、汝が輪廻もまた我が裡に。咆哮せよ──『無限龍覇」
戦場に、『絶対』が舞い降りた。
その場に居た者……グッドラックも、住人たちも、はては鳥も虫も草木も、総ての生命が身体の動かし方を忘れ凍り付く。圧倒的な覇気、圧倒的な暴威。
熱狂に包まれていた住人たちも息を呑み、手足を震わせる。
こつ、こつと足音が近付く……と共に覇気は強くなっていく。
「動くな、命が惜しければ。白舞台に変態、皇女も居るのか。こっちだ」
『無限龍』イル。彼がアルスたちを目視すると同時、四人にかかっていた重圧が消える。一方で周囲の住人たちは未だにイルを畏怖して震えているようだ。
彼は帝国に捕らえられたと聞いていたが、とにかく今の助力は助かった。イルに導かれ、四人は街中を駆け……やがて隠されたグッドラックの支部に避難した。
~・~・~
支部内でようやく腰を落ち着けた一行は、現状を確認する。
アルスに質問をぶつけられたイルは目を丸くして答えた。
「……俺が帝国に捕まったんじゃないかって? ああ、確かに一度捕まったが、あの程度の拘束じゃ俺は縛れない。わざと捕まって内部の情報を盗んで来たんだよ。その後に自力で脱出した」
「なるほど。君のおかげで助かった。はっきり言ってこの街は異常だ……」
住民たちは魔術で洗脳でもされたかのように、ネモをひたすらに崇拝していた。今も鬼の形相でグッドラックを探しているのだろう。
「俺はこのネモタウンの情報を探り、ボスから『人握』の捕縛を命じられた。そこで情報を色々と集めていたんだが……この街のメカニズムが分かったんだ。『人握』ネモの異能、【支配者】。他者の崇拝を力に変えることで、奴は神に等しい存在となる。そこでこの街の人間を崇拝させているというわけだ」
イルの説明を聞いたアルスは、異能【支配者】の厄介さに頭を抱える。
ネモの異能は神族が人々の祈りを受け取って強化される形式に近い。アルス自身も祈りを受け取ってリンヴァルス神となった過去がある。だからこそ分かってしまう、人間の信仰心を容易に変えることはできないと。
人々の崇拝を解除しなければネモは捕縛できないほど強いが、崇拝の解除は不可能に近い。詰みである。
「崇拝ねえ……ねえ無限龍君、この街の人たちがネモを崇拝してるのって、魔術的な何かなの?」
「いや、魔術は使われていない。純粋なカリスマと大衆心理によるものだ。だからこそ対処が難しい。ネモタウンの異常性はグラン帝国の他の都市からも指摘されているようだが、あまりにネモ信者が狂暴だから他の都市も強く咎められない。完全な閉鎖社会だな」
「ふーん……魔術なしであそこまで心酔させられるんだ……アイドルとしては少し羨ましいかも」
最悪、力押しでネモを捕縛すると言う策もある。
神に等しい力を持つネモとはいえ、五人の力を合わせれば勝てる可能性はあるからだ。
「どうすれば良いのでしょうか……」
悲嘆に暮れるベロニカに対し、イルは淡々と告げる。
「対策は考えてある。大衆心理ってのは意外と簡単にひっくり返るもんだ。かつて崇拝されていた神すらも、大衆心理の前には蛇蝎の如く嫌厭された過去がある。人間ってのは薄情なものだからな」
彼の言葉は嫌に現実味を帯びていた。まるで過去に同じ光景を見てきたかのように。
彼は一枚のフライヤーを取り出す。
「近日、ネモタウンの住人が一同に集まるライブがある。全住民とネモの前で、奴の非道を暴く。資料は既に入手している。そうなれば奴は素人も同然。恐れる必要などない」
あまりの手際の良さにアルスは腰を抜かす。
たしかに、その手法であれば上手くいくかもしれないが……失敗した時にはどうなるのか。イルは己の策に絶対の信頼を抱いているようだ。
あらゆる可能性を念頭に置きつつ、ネモの捕縛法を勘案する。
希望を見出した一同の瞳を見て、イルは冷徹に話を進めた。




