73. 城詰め皇女
グラン帝国城の一室にて。
「ごきげんよう、リーシス皇女殿下。よい夢は見られましたか?」
朝日が昇る中、一人の美男子がリーシスの下を訪れた。
グラン帝国第三皇子、エアギース・アズル・グランネス。彼は穏やかに皇女へ微笑み、跪いた。
「何度も申し上げておりますが、私は皇女殿下ではありません。ベロニカという一人の剣士に過ぎませぬ故。……それで、エアギース皇子。私を六傑に登用していただけると言う話は進みましたか?」
「い、いえ……申し訳ありません。父上も多忙な身のようで、まだ話を通していられない現状です」
「そうですか……それと、ルカ師匠にはいつ会えるのでしょうか?」
「は、はい……ルカ将軍も中々に忙しくてですね……帰還が遅れております。もうしばしお待ちを」
実のところ、帝国はベロニカを強引に拉致した訳ではない。彼女を帝国の六傑に登用すると嘯いたら、簡単に釣れたのである。
実際、他国の皇女を捕らえておくのはグラン帝国にとって有意義なことであった。どこでもいいから他国から手を出されたい、宣戦布告されたい。そうすれば多くの国を巻き込んで戦を起こせるのだから。リンヴァルス帝国が戦争を仕掛けてくればいいのだが……そう簡単にはいかないだろう。
リーシスは戦の火種にはならずとも、交渉材料くらいにはなるだろう……エアギースはそう考えていた。
「ほ、報告します!」
「なんだ、喧しい!」
突如として兵士がエアギースの下へ飛び込んで来た。
「都市部近郊にてグッドラックが暴れております! 目的は不明ですが、首領が来ているようで……」
「そうか。それで父上はなんと?」
「はっ。皇帝陛下は六傑のうち、『天滅』様と『鬼凶』様を向かわせました。皇子も出撃されますか?」
エアギースは思案する。相手はグッドラックの首領。中々に大物で、これまで全く尻尾を掴めなかった相手である。聞くところによれば、身の毛もよだつ怪物だとの噂もある。
しかし、
「ふむ……相手が首領とは言っても、あの二人が向かうのなら制圧は容易だろうさ。しかし、襲撃の目的は何だ……? 長らくグッドラックはグラン帝国において暴れていなかったはずだが……」
エアギースは視界に入った高貴な少女……リーシスの姿を見て、ひとつ閃く。
「おい、帝国城からどれくらい戦力を割いた?」
「陛下は相手の規模を重く見て、四割程度の勢力を割きました。鎮圧にはかなり本気のご様子です。グッドラックはルイム国の首相を暗殺した過去がありますから」
「……よし、なるほど。残っている六傑を集めろ。で……この部屋の警備を手薄にするんだ」
「は、はい……? よろしいのですか?」
「ああ、急ぎ準備しろ」
「承知しました!」
グッドラックの狙いは何か……考えれば考えるほど、皇女の奪還だとしか考えられない。恐らく暴れているのは警備を手薄にするための陽動だろう。
しかしボスが直々に救出に来ないとなると……相当な手練れが来るに違いない。
故に……
「はあ、グッドラックですか。やはりグラン帝国でも暴れているのですね。私も協力して鎮圧しましょうか?」
「いえいえ。皇女でん……ベロニカ殿はこちらで待機を。もしかしたら王城にも賊が来るかもしれませんから。その時にはご助力をお願いしますよ」
「はい、任せて下さい!」
(まったく、馬鹿は操りやすくて助かるな……)
エアギースは皇女のアホらしさに感謝しつつ、部屋を後にした。
~・~・~
帝国城の地下道。王家の者専用の通路を無理やりこじ開けて、アルスとエルムは潜入を謀る。
エキシア曰く、ベロニカは城の東塔の一室に幽閉されているらしい。
「ふむ……変態、ボクの後に続け。防犯カメラを避けつつ、警報を回避する。……しかしアレだな。やけに警報が少ない」
「普段使われない通路だし、警報が少ないもんじゃないのか?」
「いや、普通は多い。罠の可能性が高いな。グッドラックの襲撃を知ってから、ボクらの城への侵入も考えてわざと警報を遮断したのかもしれない。どちらにせよ、罠でも力任せに突破するしかないけどな」
エルムの後に続き、アルスは無人の通路を通って行く。本来、この通路の入り口はどのような手段を以てしても開けられない魔鋼の扉で作られている。しかしアルスの青霧の斬撃にかかれば斬り裂くのは容易なこと。
「しかし、君はどうして見えないモノが見えるんだ? 警報の位置が分かるのはどうして? 異能なのか?」
「……言う訳ないだろ、そんなこと。ボクは誰にも内側を打ち明けないと決めてるんだ。……さて、おしゃべりしてないで急げ」
城の付近ではグッドラックが陽動を行っている。一般市民には傷をつけず、あくまで建物を軽く損壊させる程度に、敢えて派手に。彼らが早々に撤退できるよう、アルスたちも急がなくてはならない。
~・~・~
「……エルム、見えるか?」
「ああ、アレは間違いなく皇女殿下。他の人間はいないようだ。隠れている気配もない。突入するぞ?」
「了解」
塔の窓越しに部屋内を覗き見た二人は、リーシスの姿を発見。窓から侵入し、再び通路を戻る算段である。
窓をこじ開け、二人は勢いよく部屋の内部へ突入。
「ッ! 何者ですか!」
リーシスは即座に反応し、壁の剣に手をかけた。流石の反応と言ったところか。
アルスとエルムは顔を隠しているマスクを取り、自らの身を明かす。
「僕です、落ち着いてください皇女殿下」
「あら、アルス様? エルゼア様も……なぜここに?」
「救出しに参りました。誘拐されてさぞ不安だったでしょうが……何もされませんでしたか?」
「あら、やはり私は誘拐されていたのですね」
彼女の言葉に二人は目を丸くした。
全く危機感のない皇女の態度。彼女は二人の驚愕に答えるように、少し恥ずかしそうに告白する。
「実は私、帝国の六傑として勧誘されてホイホイついて行ったのですが……いつまでも理由をつけて登用してもらえないのです。『もしかしたら、これ幽閉されているのでは……?』と思ったのですが、確信が持てず。きっとエアギース皇子には『こいつアホだから適当に嘘ついてれば騙せるだろ』とか思われていたんですね、まあひどい!」
「え、ええっと……そうです、殿下は誘拐されていたのです! さあ脱出しましょう!」
「ああ、でも城だけあってお料理は美味しかったし、お菓子は頼めばいつでも出してくれましたよ。リンヴァルス皇城と比べて味付けが若干濃くて、量が多かったですね。時々食べ切れずに残してしまうことも……」
「あー……おいアルス、早くこのアホ……じゃなかった。皇女をどうにかしてくれ」
リーシス本人も自分が恥ずかしい思いをしたことは自覚しているようだが、実に呑気である。これくらい心労がかかっていない方が逆に良いのかもしれないが。
「では殿下、帰って久々にリンヴァルスの料理を食べましょう。さあ、こちらです」
「はい!」
アルスとエルムは再びマスクをして窓から出る。皇女も二人に続く形で通路へ。
帰路も問題なく脱出できる……かと思われたのだが。
エルムは出口の直前で足を止める。同時にアルスもため息を吐いた。
「チッ……おい変態、戦闘はお前に任せるぞ」
「ああ、元よりそのつもりだ。四人か……しかし気配から察するに、個々の力が強いな。君は皇女殿下を連れて離脱を」
「いや……一人で大丈夫なのか?」
「むしろ一人の方がやりやすい。頼む」
二人が何を話し合っているのか分からず、リーシスは困惑する。
「何をお話しているのです?」
「殿下、ボクらの脱出を阻止するために見張りが出口に居るようです。ボクと殿下はアルスが引き受けている間に脱出します、よろしいですね?」
「私も戦います……と言いたいところですが。ええ、分かっております。私の身に何かあれば、責を問われるのはお二人。独りで野垂れ死ぬのは結構ですが、お二人に迷惑をかける訳にはいきません。大人しくエルゼア様に従います」
危機的状況に限っては、彼女は物分かりが良い。
アルスは彼女の分別に感謝しつつ、敵が待ち構える出口へ踏み込んだ。




