71. 平和の撃鉄
白いホラーマスクを被った男。エルムに『ボス』と呼ばれたその男は、アルスを測るように上から下まで観察した後、二人の間の席に座る。
彼は少しこもった声で話し始めた。
『……『神算鬼謀』、聞くところによれば内部抗争に手を打ってくれたらしいな。礼を言おう』
「まあ、面倒事を片付けるのも幹部の仕事だからな。そもそもボスが無言で消えきゃ内部抗争なんて起こらなかったんだが」
『ふむ……一理ある』
二人の間で交わされる会話を無言で聞きつつ、アルスは『ボス』の動きを観察していた。基本的に隙がない。かつ向こうもアルスの動きを捕捉しているようだ。
彼はちらと両脇に座る二人を見た後、自らのマスクに手をかける。
『……って、そろそろお芝居はもういいかな。はい、やめやめ! あー暑苦しい!』
ボスは思い切りマスクを引き剥がすと、付近のソファにぶん投げた。
顔を見せたのは、中年の快男子。アルスからしてみれば、マスクの下の顔はひどく意外なものだった。
端的に言えば有名人。世界の誰もが知るような人物であったからだ。
「その顔は……世界刃!」
八重戦聖の一角、【世界刃】エキシア・アドレーム。
世界の秩序を守るために日々奔走する世界騎士団の長。各国とも強い結びつきを持ち、政治的な権力は一国をも上回るとされている。まさに『正義』を象徴する存在であり、グッドラックとは正反対のイメージを持つ。
「はじめまして、霓天殿。驚いたかな? 私がグッドラックのボスを務めていることに。なんかほら……裏の姿は悪の組織の首領、ってかっこいいじゃん?」
「おいボス。グッドラックは反社だが悪じゃないぜ」
エルムのツッコミに、エキシアは快活に笑う。
一方でアルスはこの状況についていけていなかった。仮面を被り、正体を隠して動いているのは彼も同じだ。表の顔は『霓天』で、裏の顔は『鳴帝』。
しかしどちらの顔も正しい道義に近い存在だ。少なくとも世間からは認められている。
エキシアとアルスの違いは、表と裏の顔に善悪の差異があるかどうか。世界刃は表の顔の信頼がかなり大きいぶん、裏の顔がよからぬものであった衝撃は大きい。
「ええっと……はい。ボスの正体が世界刃なのはかなり驚きましたが……把握しました」
「うんうん。アルス君の働きは聞いている。たまーに、私たちの活動に協力してくれているんだって? つまり君はもうグッドラックの一員も同然だ。……という訳で、今回の作戦にも同行してもらおう。あ、拒否権はないよ。今から私が情報を話すので、それを聞いた瞬間から君はグッドラックの協力者になるからさ」
有無を言わさぬエキシアの態度。本来なら全力で逃げ出しているアルスだが、今回は皇女殿下が誘拐されたとのことで、流石に逃げるわけにはいかない。
エキシアがニタニタ笑っていると、エルムは咳払いして空気を変える。
「ほら、話を戻すぞ。ボクらが話していたのはリーシス皇女殿下誘拐の件について。それも含めてグラン帝国の動向をボスに聞きたい。頼んだぜ」
それまでの緩んだ空気から一変、エキシアは真面目な表情を作って話し出す。
「うん、じゃあ説明するよ。私は不在期間中、グラン帝国に潜入していた。……結論から言うと、帝国は戦争を起こそうとしている。今回の皇女誘拐も他国に喧嘩をふっかけて、挑発するための作戦だ。帝国としてはどこでも良いから戦の種火を作りたいんだろうね」
「現代で戦争……? そんなことをすれば……」
アルスは顔を顰める。
現代は地平を焼くような魔術や兵器が飛び交う時代。まともな戦争をしようなどと、馬鹿でも考えない。
「そうだね、地上は火の海に包まれる。十年くらい前から当代クレメオン皇帝はご乱心だ。正常な精神を保てているのに、戦争の準備を進めている。何を考えているのかは分からないが……グッドラックの役目は戦争を止めること。同時に皇女も奪還したいね、可能であれば」
可能であれば……とエキシアは言ったが、アルスとしては何としても皇女殿下を取り戻すつもりだ。戦争云々よりも大事な話かもしれない。
エキシアはパン、と手を叩いて立ち上がる。
「さあさあ、というわけでクーデターだっ! やっぱりこういう時に手っ取り早いのは暗殺! 力こそ正義! 我々グッドラックの出番さ!」
「ボス、声がでけえよ。こんな話、声を張り上げて言うもんじゃねえ。ルイム国首相暗殺の件とは規模が違うんだぜ?」
アルスは悩む。力任せに支配者を暗殺しても、より政治は荒廃する可能性もある。
実際にアジェン共和国などは同様の例であった。懊悩するアルスを見透かしたように、エキシアは続ける。
「まあね……暗殺しただけで問題が解決するわけじゃないけど、明らかに今の皇帝はおかしい。戦争一歩手前まで来ているんだ。止めないと世界が酷い有様になる。後継に取り入ったり、グラン帝国内に拠点を作ったり、準備は整えておいたさ。責任は私がすべて持つ。『神算鬼謀』やアルス君は指示通りに動いてくれればいい」
彼はグッドラックの首領ということもあり、万全の準備を整えているのだろう。だからと言って、アルスは彼に全てを押し付けるつもりはない。
作戦に加担する以上、責任は多少なりとも伴うだろう。もしくは皇女殿下の救出のみに尽力し、グッドラックには関わらない選択を取るか。
「目を背けることはできません。僕も協力します」
既に彼の身は、彼のものだけではない。
世界を背負う救世者であり、六花の将である。戦を止めることもまた役目。遺されし創造神の意志を継ぎ、世に平穏を齎さねばならないのだ。
故に、アルスは剣を取る。




