70. 皇女迷走
熱気に包まれたドーム内で、アリキソンは猛烈に動き回る。
上下に、左右に、サイリウムを振り回しながら。
「うおおおおおーっ!!」
『もういっちょー!』
「いくぞおおおおおお!」
アイドルライブ。彼は意味不明な言語を羅列してコールを繰り返している。
アルスは半ば強引に連れて来られたのだが、とてもついていけそうにない。サイリウムを振る気すら起きない。
重度のドルオタであるアリキソンは執拗にアルスをその道へ引き込もうとするのだが、彼が靡くことはない。なぜならば、アリキソンが崇拝するアイドルは──
「言いたいことが、あるんだよ! やっぱりリーナは、かわいいよ! 好き好き大好き、やっぱ好き!」
「やめてくれ、やめてくれ……恥ずかしい。これ以上君の無様な姿は見たくない」
碧天がガチ恋口上を送る先は、アイドルのリーナである。
またの名を秘密組織グッドラックの一員、『白舞台』のシトリー。裏の顔を知っているアルスは、とてもじゃないが彼女のファンになどなれない。
そして無様。隣に立つ友人の姿は、普段の姿からあまりにかけ離れている。アリキソンのファンが見たらどう思うのだろうか。別に普段からこの調子なら文句はないのだが、いつもはちょっとクール系のキャラなので違和感がすごい。
ため息を吐きながら、アルスはサイリウムを持った腕を下ろした。
~・~・~
リンヴァルス皇宮。
始祖の宮殿の下方に位置する皇族が住まう宮殿にて、リンヴァルス帝国第二皇女、リーシス・フェン・リンヴァルスは不貞腐れていた。
「ねえリーシスちゃん? そろそろ剣術はやめたら? お父様も日頃から心配していらしてよ?」
彼女に向かい合うのは、第一皇女のメモカナ。リーシスの六歳上の姉で、民からも慕われる上出来な皇族の一人である。
「つーん……私には私の夢があるのです。どうせ私なんて、わが国においても重要な存在ではありませんし。そこら辺のフロンティアで野垂れ死ぬのです……ぺっ」
妹の頑固さにメモカナは苦笑いする。
彼女はよくベロニカと名乗り、バレバレの変装をして旅へ出る。仮にも皇族が一人旅など、皇帝である父の心労は測り知れないものだ。
彼女たちの父……皇帝サイラジアは若くして激務に勤しんでいる。そろそろリーシスも父の手伝いをしようだとか、皇位継承権は低いながらも後を継ぐ準備をしようだとか……思わないものだろうか。
「それにお父様だって私の外国への旅行をお認めになっています。お姉様に止められる謂れはありません」
「お父様は渋々猶予をくれているのよ? 若い今の内に自由を認めておけば、成長した後にしっかりした人間に育ってくれるだろうって……」
「私は死ぬまで自由です。武人として戦に死するか、或いは出家して皇族をやめます。どうぞお気になさらず」
頑固者だ。リーシスは幼い頃からずっと頑固だった。
いつか旅に出て人類未踏の領域を踏破するのだと息巻いていた。しかし現代で未踏破の領域などゼーレフロンティアか、深海か宇宙くらいなものだ。現実的に考えれば不可能だと分かるはずなのだが……
「もう行くの?」
リーシスは左目に眼帯をつけて席を立つ。
「はい。次の行き先は……そうですね。適当に決めます」
「……気を付けてね」
妹の身に何かあったら……とメモカナは心配せざるを得ない。
身代金狙いの輩に襲われたり、不慮の事故に巻き込まれたり。色々と心配事が尽きないが、今は見守ることしかできない。
雪解けを待つように。
~・~・~
最近、音沙汰のなかった者からアルス宛てに招聘があった。
バトルパフォーマー、『紅蓮剣士』エルゼア。裏の顔は秘密組織グッドラック・リンヴァルス支部幹部、『神算鬼謀』エルム。
「よお、久しぶり。いいから座れよ」
グッドラックのリンヴァルス支部に招かれるや否や、アルスは座らされる。
眼前には男だか女だか分からない美しい黒髪の人間。エルムは疲れた様子で目を閉じていた。
「最近まったく君の姿を見なかったけど」
「ああ……少しグッドラックで内部抗争があってな」
「……内部抗争? それは大丈夫なのか?」
「原因は全ての支部を支配しているボスが突然消えたことだ。まあ、ひょっこり戻って来て解決したから問題ない」
グッドラックのボス。その正体は未だ謎に包まれている。
そもそも秘密組織グッドラックとは、弱者を扶助するために設立された反社会組織である。源流は不明で、具体的に何をしているのか、どれほどの規模を持っているのかも不明。
「で、バトルパフォーマーを辞めた僕を呼び出したと言うことは……何かあるんだろ?」
「ああ、率直に言おう。リーシス皇女殿下が誘拐された」
「あー……」
アルスは頭を抱えてしまう。
とうとう危惧していた状況が現実となってしまった。サイラジア皇帝のことなので、隠れて護衛をつけさせているかと思ったんだが……エルムから聞く限り、周囲の護衛を無力化した上で誘拐されたらしい。
「で、誘拐犯は?」
「グラン帝国」
「はあ……」
今度は溜息をついてしまう。
相手が強大過ぎる。これは国際問題だ。二大帝国の国家間問題である。このままでは戦争が起きてしまうかもしれない。
「戦争か?」
「いいや、戦争じゃない……というかボクらが戦争を防ぐ必要がある。まあ詳しくは彼から話を聞いてくれ」
エルムは部屋の扉を見る。
近付いてくる足音。足音からして、かなりの強者だ。隙のない歩き方、気配の出し方。
一拍置いて扉が開かれた。
顔を覗かせたのは、不気味な白いホラーマスクを被った男。
「よおボス。元気そうで何よりだ」




