63. 神々大激突
『……俺の名は術神バロメ。否、否……邪術神バロメ。創世主に叛逆を誓いし、【棄てられし神々】の一柱。──この世は酷く醜く、耐えがたい。早々に焼き焦がし、地獄へ変えねば吐き気が止まらないな。さあ、行こうか』
少女に宿された一つの神。
三人は即座に身構えた。ただならぬ神気と殺気が空間を支配し、近付くことすらできぬ威風が奔る。
しかし周囲の者に目を向けることなく、術神と名乗った存在は天井を見据えた。
『ああ、嫌な羽音だ。肉音だ。数多の肉が蠢く、不快な音色さ。角笛に変えてしまおう、肉を削ぎ、骨を組み替え、笛に変えるんだ。音の古代術式は失われてしまったが故に、俺が今一度響かせよう』
──消えた。
少女の姿がふっと掻き消え、空間より消え去る。
「親父、上だ! 地上に行きやがった!」
「急ぎ地上へ向かうぞ!」
神気は遥か上方より感じ取れる。
もはやアレは神ではないのだろう。神聖でありながら、悍ましさ溢るる邪悪。術神はかつてのジャイルの知己である。しかし、術神はひねくれていながらも温厚な神であった。龍神の記憶と大いに異なる心を持っている事は、先程の断片的な光景からしても明らかだった。
地上へ向かおうとする龍神とタナンに、ルチカは提案する。
「お二方、私は魔法陣の解除を試みます。このままコロシアムが世界から切り離されたままでは、どのような事態が起こるか分かりません」
「うむ、たしかに此処は術神の領域となっておる。奴の力を削ぐためにも、魔法陣は破壊した方が良いだろう。その魔法陣は呪術によって敷かれたもの。どこぞに在る呪術骸晶を砕けば、陣の切除も容易になるであろう」
「ありがとうございます。お気をつけて」
龍神はかつての術神を討つべく、立ち上がる。
~・~・~
死帝を倒したマリー。
彼女は倒れるヤコウの下へ走る。彼は既に息絶えていた。最期にかける言葉も、受け取る言葉もなく……ヤコウと永遠の別れを迎えてしまった事実。
仇は討ったが、大切な人が戻って来るわけではない。
もう二度と戻らない。不器用ながらも彼がマリーを見守ってくれていたことは知っている。亡き両親に代わり、騎士として守ろうとしてくれていた。
「……聖騎士ヤコウ・バロール殿。貴殿はみごと騎士の使命を果たし、最後まで退くことなく、死帝より民を護り抜きました。犠牲者はなし、見事な活躍でありました。どうか安らかにお眠りください」
鎮魂の祈りを捧げ、彼女は立ち上がる。
もう一人、礼を言わなければならない者がいた。彼が現れなければ死帝を倒すことはできなかっただろう。
「あれ?」
しかしマリーが礼を言おうと思った仮面の神は、既に消えていた。
エニマも彼がどこに行ったのか、不思議そうに周囲を見渡している。まるで幻を見ていたかのように彼の姿は見当たらない。
ともかく、これで万事は解決した。突如として現れた死帝に人々は混乱したが、じきに収束するだろう。
どういう理屈か、コロシアムから外に出ることができないように結界が張られていたようだ。しかし元凶と思われる死帝を討った以上、結界は消えるはず……
「……え」
──突然、殺気が天より降り注いだ。
一人の少女が天より降りてくる。凄まじい威圧、睥睨。コロシアムの外縁部に居る人々はおろか、武に長けたマリーやエニマですら、その存在を前に動くことはできなかった。
マリーにとって見覚えのある少女だ。だが、何かが決定的に異なる。
アレは……人間ではない。そう本能が告げた。
「スノウ、さん……?」
やがて少女が地に降りた時、マリーはかろうじて言葉を紡いだ。
スノウ・ユーク。先日まで共に過ごしていた少女。マリーは混乱し、警戒の最中にあるにも拘わらず、その少女の姿をした何かに歩み寄ろうとしてしまう。
『マリー! 近付いちゃ駄目だ!』
「っ!」
シャスタの叱責により彼女はなんとか冷静さを取り戻す。
足を止めたマリーを見て、スノウと同じ姿をした者は口を開いた。
『ごめんね、俺はスノウじゃない。きみがスノウと共に遊び興じていたのは記憶しているよ。うん……端的に言うとだね、俺はこの少女の肉体を乗っ取った。そして二度と彼女が世界に戻ることはない。それが彼女の願いだったからね。俺は術神バロメ、はじめまして』
身体を乗っ取った。そしてスノウは蘇らないと……術神は言ったのだ。
激情がマリーの理性を焼き焦がしそうになるが、術神による肉体の支配は他ならぬスノウの望みであったと……そう語られた。
何もマリーには分からない。しかし、問いただすべきことが一つ。
「あなたは……何が目的でここに来たのですか?」
『ああ、アレだよ。ほら、あっちにたくさんの肉が蠢いてるだろう?』
術神はコロシアムの門に溢れ返る人々を指さした。
あまりの殺気に、そちらに居た人々は一斉に身を震わせる。
『不快だ。不快極まりない。俺は人間が嫌いだ。不誠実な人間が嫌いだ、浅ましき人間が嫌いだ。人間を愛する創世主が嫌いだ。だからこの世を地獄へ変えることにしたのさ。これは地獄の第一歩……宿願への鐘を鳴らそう、そうしよう』
止める暇もなかった。
神は一切の躊躇なく、矮躯より魔力を発する。死帝とは比べ物にならない憎悪と嫌悪を孕ませて、白亜の羽を射出。
魔術の一種であろう羽型の刃は、途方に暮れていた観客たちへ迫り……
「そこまでというわけで青霧覆滅!!」
魔刃を青霧が呑む。
戦場へ飛び込んだ一人の剣士は、術神の魔術を全て破壊し、青褪めた顔で相対する。
彼の名はアルス・ホワイト。先程まで何をしていたのか全く不明な人物である。
「よし状況把握した。スノウさんは神族に乗っ取られているね。たぶん龍神とタナンが地下に居るから、彼らの到着を待とう。エニマんとマリーはもう魔力が枯渇していると思うから、観客や闘士たちの守護に当たってくれ。で、僕が時間を稼ぐぞー!」
『……うん、きみはなんというか、厄介な馬鹿だね。あとその異質な気配、もしかしてきみがリンヴァルス……』
「問答無用! 覚悟!」
マリーとエニマを強引に彼方へ吹き飛ばしたアルスは、術神に斬り込む。
咄嗟に術神の言葉を遮ろうとしていたようにも見えたが、決してそんなことはない。彼は至って真面目に術神を止めようと奮闘している。
「ああっと……そういえば君の個体名は? 何と言う神族?」
『術神バロメ。で、きみはたぶんリンヴァ……』
「よし把握した! バロメ覚悟!」
彼の青霧を纏った斬撃が、術神の結界を裂く。
時間を裂く剣はいとも容易く結界を破壊したものの……
『ああ、それね。混沌を織り交ぜて時間を無効化しているわけだ。小癪なこと考えるなあ……じゃあこれは?』
「っ……!」
続いて放った斬撃は、再展開された結界に阻まれる。
アルスは一瞬で術神が展開した魔力を解析。秩序の力が結界に組み込まれている。混沌の力を利用した青霧は、秩序の力によって相殺されているようだ。
「あれ……?」
『──気が付いた? 本来、神族は秩序の力を操れない。災厄じゃないしね。でも……俺らは違う。創世主に反旗を翻せし者。我らの名は【棄てられし神々】。厄滅を開き、地獄を創る者。もはや混沌も秩序も、思うがままに掌握している存在だとね』
「あ、すいません。それ僕もできます。【魔術改編】」
アルスは周囲の魔術法則を改編。術神が展開していた結界は泡となり、消え失せる。
術神は心底呆れかえったように苦笑い。
『なんだ、その姑息な術……よろしい! では後出しジャンケンといこうか! 術神の叡智を舐めるなよ。次はこれでどうかな!?』
次に術神が放ったのは、先と同じ白亜の羽。しかしアルスはそれを青霧で斬ることも、魔術改編で落とすこともできずに被弾。
『どうやらきみの魔術改編は現代の法則にしか適用されないらしいね? 古代魔術は現代の魔術と根本的に異なる。さあさあ、防ぐ手段はあるのかい!?』
「くっ……ない!」
『はい俺の勝ちー! というわけで死にたまえ』
魔術とは一線を画した、古代の魔術が周囲に展開される。
白き鳥型の刃が、数百。アルス目掛けて飛来した。青霧も魔術改編も通用しないことは織り込み済み。であれば、彼が取る対抗策は……
「防げ、龍結界!」
彼が全ての刃を回避しようと足を運んだ時、周囲一帯に碧色の障壁が張られる。
神気で出来た光の壁は、古代の魔術すらも威力を減衰させ、地に叩き落した。この結界はアルスも術神も知っている代物。
『チッ……もう来たか。ジャイル、きみはつくづく面倒だな』
「汝に真名を呼ばれるつもりはない。術神を騙る愚神、我が裁きを下してくれよう」
地下から駆け上がってきた龍神、そしてタナン。
四つの神がコロシアムに集う。
リシュ親神国にて、神々の騒乱が巻き起ころうとしていた。




