44. 終魔と開勇
アリキソンの一閃はルカミアの魂を屠り、終焉を告げる。
ルカミアの身体を構成していた邪気が天へと舞い上がり、後に残ったのは人型のルカミアだった。彼の身体も徐々に崩れ、終幕を迎えるだろう。
「こ、こは……どこだ……?」
『……ルカミアよ』
仰向けに倒れ、夜闇を眺めるルカミアの顔をルトが覗き込む。
彼はその瞬間、全てを思い出したかのように呻いた。
「兄上……? あ、ああ……そう、か。ずいぶんと長い夢を見ていたようです。申し訳ございません、兄上。私は二度と人間の前へ姿を現さぬと……そう、約束したのですが……」
ルカミアは傍で朽ちゆく邪槍を見つめた。
「どうやら、悪夢に囚われてしまったようです。それはもう……カラクバラ様以上に、人間に迷惑をかけてしまったようで……許されることでは、ないのですが……贖罪を果たす時間も、ないようです……」
『……邪気に呑まれていたとは言え、我はお主を許さぬ。何よりも人間を数多く殺めたこと、黄泉で悔いるがよい。だが……そんな弟を、我は哀れもう。追悼しよう。お主を決して忘れぬ者が此処に居る』
兄の優しき言葉を受け止め、ルカミアはふっと笑う。
今際の際に訪れた、ほんの僅かな理性。自らの生涯はなんと愚かなものであったのだろうと……彼は自嘲しつつも、かけがえのない兄を想う。
「それから……そこの少年。よく私を……解き放ってくれた。似た信念を宿している人間を、私は知っている……思い出したのだ、彼の言葉を。『お前が何も変わらないのなら、必ずお前に誅を下す者が現れる』……と、彼はそう言った。奇しくも同じ雷使い……か」
百年以上前の言葉を、ルカミアは覚え続けていた。
狂気に囚われている間も、ずっと。だからこそ彼は崩れゆく理性の中で藻掻き苦しみ、このような末路を迎えたのだろう。
「……名前を、最期に教えてくれないか」
ルカミアの懇願にアリキソンはどうしたものかと躊躇った。
『碧天様』とばかり呼ばれ、碌に個として認めてもらえなかった彼。そんな自分を認めるのが、最後まで敵であった者でもよいのだろうか……と。
しかし、
「アリキソン。それが俺の名前だ」
「ああ……アリキソン……良い名前だ。アリキソン、私は貴方を忘れない。ずっと、ずっと……あの世で貴方という英雄を語り継ごう。誉れ高き兄上と共に……」
ルカミアの身体は次々と塵になり、そして頭部だけが残る。
彼は最期に言い残した。
「願わくば、我が同胞たちに慈悲を。魔王は……ここに死した……」
~・~・~
「……ルカミア」
タイムと斬り結んでいたローダンの手が止まる。
彼方より光が爆ぜ、邪気が天へと立ち昇っていた。二人は天を見つめ、悟ったのは戦の終わり。
「降伏だ。我らが王はここに死した。魔族王が来た時点で察してはいたが……僕は結局、最後まで友であるルカミアを止められなかったようだ」
ローダンは二刀を納め、降伏の意を示した。彼は戦いを望んでいた訳ではない。ただ友であるルカミアに寄り添い、末路を見送ったのみ。
「お前は……魔王軍は結局、何がしたい?」
「僕としては何もする気はない。魔王が死した以上、彼の権能によって操られていた魔物たちも掃討されるだろう。僕は亡きルカミアの分まで罪を贖わねばならない。シロハで、ルフィアで、或いはディアで……どの国の牢に入れられようとも、全てを受け入れる所存だ。他の影魔族も魔族王に捕獲されるだろうね。……っと、僕はここらで失礼するよ。逃げるつもりはない、大人しく出頭するさ」
ローダンは何かに気が付いたかのように視線をタイムの後ろへ送り、戦場を立ち去って行く。
タイムは彼を追おうかとも考えたが、自らの背後から迫っていた少年の姿をたしかめ、足を止めた。
「親父。今、戻った。魔王は斃れた」
「おう。生きて帰るって約束は果たせたみたいだな」
タイムは息子の生還に素直な喜びは見せないものの、内心では安堵の至りにあった。そして終戦の安堵と共に、彼を襲ったのは凄まじい倦怠感であった。
「……ああ、また憂鬱になってきたな。俺はさっさとルフィアに戻るぞ。お前も早く帰ってこいや」
彼はちらと息子の腰を見る。
提げられていたのは紛うことなき聖剣。聖剣がアリキソンを認めたのかどうかは定かではない。だが、聖剣が息子を認めていようがいまいが、彼はただ一人の息子を認めていた。
「親父」
「あ?」
「俺は騎士を続けることにした」
「……そうか」
アリキソンが辿り着いた結論は、やはり【碧天】であり続けることであった。自分が知らぬ誰かの為に戦える人間ではないと知りながらも、大切な人を守るために騎士であり続ける必要があると感じたからだ。
彼の望む道は定まった。
後は進むのみだ。
~・~・~
一方その頃、魔族王と別れを告げたクロイムは魔物に怯えつつ、シロハ軍の到着を建物の陰で待っていた。
「クロイム、お疲れ様」
「うおお!? ……って、アルスか? お前もこっちに来てたんだな」
「うん、まあ……アリキソンの後追いみたいなもので。魔族王から聞いたけど、君も戦いに協力してくれたらしいね。どうやって戦ったんだ?」
「なんか俺、異能みたいなもんがあるらしい。記憶喪失前の俺に聞けば分かると思うんだけど、完全に能力の詳細は把握してない。あとは魔道具の爆弾で補助したり……」
やはりそうか……とアルスは心の奥底で納得する。
神能の収納。その機構が働いているようだ。
ジークニンド、もといクロイムには計十二ある神能の回収機能が備わっている。アリスとリグスが死した時点で、リグスの【混沌・秩序の領域】、アリスの【混沌の放出】が回収され、彼の権能として目覚めたのだろう。
全ての神能が収納された時、彼は創造神の自壊機構としての役割を得る。
「さて、お前が来てくれたのは助かったぜ……このまま助けを求めて陰に隠れてると、本格的に陰キャになるからな。……あ、そういえばさ。前にシレーネの師匠……俺の大師匠について教えてくれって言ってたよな?」
「そうだね。大師匠の名前は?」
「ナリアさん。有名な人なのかな?」
「あー……」
有名と言えば有名だが、二つ名ばかりが知れ渡っている。
八重戦聖のグラネアに【錬象】の二つ名のみを長いこと刻み続ける少女。いつまでも表舞台に姿を現さないものだから、虚偽の【錬象】を名乗る人物が後を絶たない。
「案内しようか?」
「いや、場所だけ教えてくれ。もしかしたら彼女の下へ行くかもしれない」
そしてアルスはナリアの居場所を聞き、今後の予定を立てることにした。




