33. 自嘲
神殿を出ると、橋の前には死帝の姿があった。
「……まだ居たのか」
死帝はアリキソンの手に握られた銀色の剣を見て、案の定かといったように首を振った。
「聖剣は……お前を認めなかったようだな」
「ああ。だが、構わんさ」
これで彼も騎士の道を諦めることができる。
元来、彼は崇高な理想の持ち主ではなかったのだ。聖剣が認めるほどの素晴らしい魂の持ち主ではなかった……それだけのこと。
「なぜ聖剣を持ち出してきた?」
死帝はアリキソンに尋ねた。
まだ剣に対する未練がある訳ではない。ただ、この剣を標榜して彼は告げてやるだけだ。俺は聖剣に認められなかった、故に碧天としての責務を放棄する……と。
「一度ルフィアへ持ち帰り、聖剣が俺を認めなかったという事実を父や世間に伝える。そうすれば誰も俺を英雄とは呼ばなくなるだろうさ。もう一度これは神殿に戻すつもりだ」
アリキソンは今まで誤った道を歩んできた。
しかし、この聖剣に正道を否定されて彼は救われたのだ。
「後悔はするなよ」
「何を言う、狂人。俺はお前が霓天の家系を襲ったことを許しはしない。騎士としてではなく、友の親の仇としてお前を憎んでいる。いつか必ず、お前に誅を下す存在が現れる……覚えておけ」
「ふっ……そうか」
死帝は不気味に笑い、森の暗闇へと姿を消した。
これまで無表情を張り付けていた死帝の顔。しかし、最後のアリキソンの言葉を聞いた瞬間、彼は少し笑った。死帝の笑みが何の感情によるものか……アリキソンには分からなかった。
~・~・~
アリキソンはルフィアへ帰国し、深呼吸する。
『終わりの時』が近付いている実感が、ひどく恐ろしかった。彼は今から決別を迎える。
帰路で広場を通りかかった際、巨大な碧天像の下で子供たちの騒ぐ声が聞こえた。
「うおお! あらしまとい!」
「ふはは! 魔王にはきかないぞ!」
玩具の剣を振りまわし、『碧天』の真似をしているようだ。
彼らが見る幻想はアリキソンではない。英雄たるローヴル・ミトロンだ。
彼らが鍔ぜり合った末、玩具の剣がアリキソンの足元へ飛んできた。
彼はそれを拾い上げ、子供に渡す。
「ありがとう!」
「ああ……元気なのは良いことだが、他の人にけがをさせないようにな」
剣を受け取った子供は、不思議そうにアリキソンの顔を見上げている。
あまり軽率に動くべきではなかったか……と彼は後悔した。帽子を深くかぶり、極力顔が露出しないようにする。
「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんは強いひと?」
「う、うん……? いや……別に強くはないぞ。どうしてそんなことを聞いたんだ?」
「だって、剣を腰に下げてるから。俺ね、碧天みたいに強くなりたいんだ! だから剣を教えてくれる人を探してるんだよ!」
強くなりたい。
アリキソンが子供の頃はどうだったか。自分の神能に甘んじて、まったく訓練などしていなかった。そこでアルスに出会って、敗北して……強さを求めるようになったのだ。
彼はアルスに追いつきたかったが……先日、圧倒的な差を見せられたばかり。
「そうか。碧天のように立派な人になれるといいな」
「うん! お兄ちゃんは碧天の中で誰が好き?」
「誰が好き……? まあ、やはり初代のローヴル・ミトロンだな」
「そっかあ……まあ、ローヴル様とかタイム様もかっこいいけどさ! 俺はアリキソン様がいちばん好きだな!」
「────」
不可思議な子供だ。
自分が好きなど変わっている。たしかに、アリキソンは人に好かれるように振る舞ってきた覚えはあるが……そこまで実績は上げていない。
「それは……どうしてだ?」
しかし、アリキソンは無意識に尋ねてしまっていた。
なにゆえ自分のような痴れ者を好いていたのか、自分のどのような振る舞いが人々に好かれていたのか。
「実はさ……前にお母さんが魔王軍から逃げ遅れた時、アリキソン様が助けてくれたんだって。だから好きなんだ! それにかっこいいしさ!」
「ああ……」
アリキソンが騎士を辞めると知った時、この子は何を思うのだろう。
侘しさを覚えるのか、憤懣を覚えるのか、彼を誹るのか。
「おーい! 早く来いよー!」
「お兄ちゃん、剣拾ってくれてありがと! じゃあね!」
もう一人の子供に呼ばれて、話していた子は駆けて行った。
彼もまた目を背けるように広場を去る。
~・~・~
ミトロン家の屋敷へ帰ると、使用人が信じられないものを見るような視線をアリキソンへ向けた。
「アリキソン様!? お帰りになったのですか!?」
使用人は何を驚いているのだろうか。騎士を辞めると伝えて三日、ルフィアを離れていた。外国へ行って来ると使用人には伝えていた筈だが、帰りが早すぎたので驚いているのだろうか。
「またすぐに用事があって国を離れるが……親父に用がある。今日も親父は自室に籠ってるのか?」
「いえ、それが……ご主人様はシロハ国へ向かわれました」
「……なに? あの出不精が……なぜ?」
父親のタイムはここ数年、だいたいは自室に籠っている。うつ病のストレスからか常に酒浸りで、屋敷の者もかなり迷惑しているのだが……そんな父親が出かけるなど前代未聞。
「いえ、それが……ご主人様はアリキソン様を捜しにお出かけになりました。アルス様にお尋ねしたところ、おそらくアリキソン様はシロハへ向かったのではないかと仰られたので……ご主人様もそちらへ向かった次第です」
──入れ違いか。
流石にタイムも息子が騎士を辞めると聞いて焦ったのだろう。家を支えているアリキソンが騎士を辞めれば使用人に払う給金もなくなり、一家は崩壊する。
彼としては元より父と決別し、一人で生きていくために覚悟を決めたのだ。使用人たちには申し訳ないが、アリキソンの意思は変わらない。
「分かった。俺もシロハへ向かおう。再び家を空けるぞ」
「は、はい! お帰りをお待ちしております!」
シロハといえば魔王軍の本拠地がある地だ。アルスはそこにアリキソンが向かったと思っているらしい。
アルスまだ彼の武勇を信じている。ひどく恥ずかしく、ひどく苛立つ。
(俺にそこまでの勇気はないというのに。どうして……お前は俺を信じ続けるんだ)




