21. 守り人の帰還
ゼロとサーラを見送った日の夜。
イージアはATと邂逅した大滝の前に佇んでいた。今でも彼の言葉の意味は分からない。
ATという者は何も語らず、自分を信じろと言う。犠牲を容認し、何も語る気がない男の言葉を信じなかったことを、イージアは後悔していない。
しかし……彼は何から世界を護ろうとしていたのか。災厄ラウンアクロードの力を利用してまで抗わなければならない存在とは──
「イージアよ、ここに居たか」
水音の合間に、彼の師の声が響いた。
「ルカさん。何故ここに?」
「我は時折ここに来るのだ。見よ、瀑布の下に沈む龍骨を。ここは滅龍セノムクァルの霊廟……かつて我を教え導いた智龍の墓よ」
滅龍セノムクァル。
災厄としてはそこまでの被害を齎さなかった。しかし彼の災厄の邪気は未だ残存し、龍海として危険な海域を作り出している。
「智龍、とは?」
「セノムクァルは昔、聡き龍として祀られていたのだ。だが邪気に包まれ破滅を振り撒き……神々に屠られた。如何なる存在であろうとも、心を持っていた。心が奪われるのはいつも唐突なものだ。死して、邪気に呑まれて、病に罹って、心を亡くしてしまう」
彼の言葉はイージアだからこそ納得できた。
災厄となったアルスでさえも、悲痛な心を抱えていたのだから。
「……イージアよ。貴様が操る青霧を見た時……我は悟ったのだ。我はかつてエプキスと呼ばれる騎士と語り合った。いずれ我らを超える者が現れるだろう、と。そして貴様は『破滅の型』の片鱗すらも宿して現れた」
イージアの操る【青雪・彗嵐の型】は、破滅の型と青霧剣術の複合。
カラクバラと戦った時に開花したものだ。そこで垣間見たルカとエプキスの記憶。何が彼に記憶を見せたのかは分からない。
「私はまだ、貴方を超えられていないでしょう。それが何時になるのか──或いは超えることができず、この生涯を終えるのか」
「……我もまた、心を亡くす境界にある」
イージアはハッと顔を上げ、ルカの横顔を見た。
水色の白光が彼の肌を照らしている。
「それはどういうことですか?」
「我が身には破滅が刻まれておる。いずれ理性を無くし、破滅に至る因果が。セノムクァルと同じだ。我は貴様に……殺されたいと願ってしまった。我が力を断てるのは……神々か、貴様の青霧くらいなものだろうからな。まだ百年以上も後の話だ。今考えても仕方ないことだが」
「私には……きっとできません。ですが、未来の私ならば貴方を断てるかもしれません。今はただ一つの見据える物がありますから……私は先に断たねばならぬものがある」
「それで良い。遠き未来に考えてくれ。それはそうとして……貴様は破滅の型も扱えるようだったな。誰かから習ったのか?」
「ええ……まあ……」
ルカはイージアが過去の弟子の誰かから、破滅の型を継承したものだと思っている。
目の前の男が未来から飛翔してきた存在だと、常人には考えられない。
「では、最終奥義は知っているか?」
「最終奥義……『覇王閃』ですか?」
「いや、それは単なる奥義だ。やはり知らぬか……では今の内に教えておくとしよう。まともに扱うには数年の時を要する奥義だ。しかし、お前ならば託すことができよう」
「数年、ですか。問題ありません。貴方に技を教わる以上、必ず会得してみせましょう」
巨大な瀑布の下、かつての師弟は剣を取った。
~・~・~
翌日。
「……」
「……」
沈黙が続く。
イージアとフェルンネは黙して弟子たちの帰りを待っていた。
ロキシアは落ち着かない様子で二人の顔を交互に眺める。気まずい雰囲気に彼女はしどろもどろしていた。
その時、
「!?」
二人が同時に立ち上がる。突然の動きに、ロキシアは肩を震わせた。
無言で出て行くフェルンネに対し、イージアは彼女に声を掛ける。
「帰って来たようだ。行こうか」
「は、はい……」
二人は部屋を出て砂浜を歩く。
真っ白な海岸線の彼方、人影があった。ルカ、フェルンネ、そして──
「よお、帰ったぜ」
天剣カートゥナを携えたゼロの姿があった。
──強くなった。イージアはゼロの実力が格段に上昇していることを肌で感じ取る。
「おお、ゼロ! よくぞ戻った! ……しかし、サーラはどこだ?」
守天の片割れの姿が見えない。
桜色の髪をした少女の姿は、どこを見渡しても見えなかったのだ。
「サーラは……その……」
ゼロは俯く。剣を握り締め、答えることが憚られるように。
その反応だけで、彼女の身に何があったのかを推察できてしまった。ルカはゼロの肩を激しく揺らして問い詰める。
「そんな……馬鹿な……帰って来ると、約束しただろう!? 頼む、嘘だと言ってくれ! 嘘だと、すぐ其処に居ると……そう言ってくれ!」
「うん、ここに居るよー!」
ふと、気配が生じた。
全員がその声に反応して顔を上げる。
ルカの背後には晴天の試練に向かった……守天のもう片方の少女の姿があった。
「サーラ! 無事だったか!」
「びっくりしたー? アタシはここだよ!」
彼女もまた、ゼロと同じく格段に強くなっていた。
気配を生じさせなかったのは、新たに得た何らかの力によるものだろうか。イージアは安堵に胸を撫で下ろし、二人が無事に帰った事に微笑んだ。
「サーラ。今の気配遮断……いや、転移みたいな術はどうやったの?」
彼女はフェルンネの問いに答える。
「アタシたち、ようやく神能に目覚めたんです! その神能を使ってみて、みんなを驚かせようかなって」
「まったく貴様らは……師を心配させるような真似はするな! 試練を乗り越えたのは貴様らの気を見れば分かる。強くなったな」
感心するルカを見て、イージアの表情も緩まる。
その時、ゼロが思い出したように口を開いた。
「そういえば、戦神がこの剣を見て言ったんだ。前の挑戦者のオハーツって人と同じ剣だって」
「……!」
彼の言葉にルカは目を瞠る。
「もしもオハーツさんがルカ師匠の弟子なら……戦神は謝りたいって言ってた。本当は挑戦者を殺すつもりはなかったんだって。戦いの神でも相手の力量を測り損ねることはある。それで……」
「分かっておる。あの子が死んでしまったのは、あの子自身の責任だ。貴様らは気にするな」
既に過去と別れを終えたルカにとって、もはやオハーツとフィリの話は否定するべきものではない。
戦神が謝罪したと言うのならば素直に受け入れる。
ゼロとルカが試練について語り合う横で、サーラもロキシアに試練について話していた。
「……それでさ、ものすごいスピードで戦神が動いたんだけど、イージアの動きとほとんど同じだったから対抗できたんだ」
「へえ……やっぱり二人で連携したからこそ試練に勝てたんだよね。おめでとう」
「まー戦神も本気じゃなかったから……グラネアだっけ? 神器は使ってこなかったよ。オハーツの前例があるから、最初はかなり温く戦ってくれてたし」
とにかく、これで修行は終わりと言っても良いだろう。
ルカに半ば強引に引き込まれた修行だったが、イージアとしても悪くない経験だった。破滅の型の最終奥義も学ぶことができた。後は長い時間をかけて形にするのみ。
語り合う皆を見つめる彼の横にフェルンネが立った。
「おつかれさま」
「ああ。君もお疲れ様。こうして育て上げた力が、世界を繋ぐ意志となってくれればいいな」
イージアは晴天を見上げ、呟いた。
彼の祈りは思わぬ形で果たされることとなる。力を振るう時が来たるのは、世界が災厄に満ちる時。
間も無く、其の時は来たる。
彼らが紡いだ絆と心。世界を巡る因果。
全てが一体となって、闇に立ち向かう時が。




