16. リフォル・ファントム
ルフィア王国首都、ルフィアレム。
再度レアに連絡して詳細を聞いたイージアは、活気ある街中を進んでいた。
少し寂れた通りに入り、大きな建物の裏側……道が舗装されていない通りを歩く。前方に見えてきたのは、横長の洋館のような建物だった。
彼はその洋館……孤児院のベルを鳴らす。
「……はい。おお、お久しぶりです! イージアさん、お元気でしたか? レアさんから話は聞いていますよ」
「ケシュア殿。久しぶりだな。壮健で何よりだ」
元リフォル教大司教、ケシュア・ベオン。
ホーウィドットにて『黎触の団』と争っていた司教である。あの場で教皇からリフォル教の棄教を迫られ、身を退くこととなった。
彼ならば古きリフォル教の情報を知っているはずだ。事前にレアから話を通してもらい、イージアが会いに行く運びとなった。
「さあ、どうぞ中へ」
「失礼する」
中は決して綺麗とは言えなかった。
フロントでは小さな子供たちが自由に駆け回っている。
散乱した玩具、道端に落ちたクッキーの欠片。剥がれ落ちた壁面には色とりどりのペンキが塗りたくられている。
「せんせー! そのひとだれ!?」
「この方は私のお客様ですよ。静かにしているように」
「はーい!」
ケシュアは子供たちから慕われているようだ。
これが彼の幸福な生き方なのだろう。
客間へ通されたイージアはケシュアと向かい合う。
「イージアさんの噂はお聞きしていますよ。名高い『鳴帝』様の評判は」
「別に好きでやっているわけじゃないさ。ケシュア殿も立派な生き方を見つけられたようだ」
「あの後、私は自分なりの贖罪を探し続けました。最終的に今に至るのですが……この生き方が正しいのかどうかは分かりませんよ」
「何も気負う必要はない。ケシュア殿は人を助けることが好きなのだろう? ならば恥じることなく、今をこうして生きれば良いと思う」
リフォル教が残虐な組織へ変化していったことに対して、ケシュアは良心の呵責に苛まれていた。
そんな彼だからこそ、立派な生き方をできるというものだろう。闇を知らなければ、光を正しく認識することもできないのだから。
「……ありがとうございます。少し気持ちが軽くなりました」
「ただ……嫌な記憶を思い出させるようで悪いのだが。リフォル教に関して聞きに来たんだ」
「ええ、存じ上げています。昔のリフォル教について……私が知り得る限りの情報はお話ししましょう」
ケシュアはリフォル教結成当初から尽くしてきた魔族である。
彼は古来のリフォル教について語り始めた。
「……元々リフォル教は、人々を護るための組織でした。虐げられ、貧する者を救うために世界を奔走する宗教です。崇拝の対象はリフォル神という……今にして思えば架空の神なのでしょうね。人を救う神を崇拝しておりました」
リンヴァルス帝国がリンヴァルス神を崇拝するように、リフォル教も架空の神を崇拝していた。
その対象がいつしか実際に召喚可能な魔神へ移ってしまったようだ。
「いつから魔神の崇拝を?」
「詳しい日時は覚えておりませんが……八百年ほど前のことでしょうか。ある日、教皇様が変わられたのです。それまでの教皇様は、穏やかながらも柔和な笑みを浮かべ、いつも信徒を気に掛けてくださいました。しかし……ある日を境に、まるで心を喪ってしまわれたかのように無機質な方となってしまわれたのです」
イージアは記憶を辿る。
ATとの邂逅を思い出してみても、彼から朗らかなイメージは湧いてこない。穏やかと言えば穏やかだが、声に感情が籠っておらず、ただ目的のために駆動し続ける機械のような印象だ。
「その日から教団は徐々に崩れ始め、やがて無辜の人々の犠牲も増えていったように思われます。禁術に手を出し、上層部の人間が悉く入れ替わっていきました。私は文句を言わず、ホーウィドットに籠っておりましたから……追放は長らくされませんでしたが……」
異を唱えた人間は追放され、今の様に悪逆非道を尽くす宗教が誕生した。
そしてATはそれを許容している。いや、敢えてそのような組織体系を形成したのだろう。魔神を崇拝させて信徒を盲目化することにより、手足としての性能を向上させるべく。
「ATの目的は世界を護ることだそうだが……具体的には分かるか?」
ケシュアは首を横に振る。
「いえ……私はただ迷える人々を救い、未来を照らすことが『世界を護る』ことだと思っておりました。しかし違うようです。途中から目的が変わったのか、或いは最初から教皇様は同じ目的を見据えていたのか……定かではありませんが」
結成当初より従事し、かつて大司教であったケシュアでさえも、教皇の狙いは分からない。
ATの意図さえ分かればラウンアクロードの追跡も捗りそうなものだが……一筋縄ではいかないようだ。しかしリフォル教の経緯については知ることができた。
次の手掛かりに繋がるかもしれない。
「そうか……ありがとう」
「あまり役立つ情報が提供できず、申し訳ございません。私も過去にリフォル教に末席を連ねた身。彼らの残虐な行為を止める義務はあるのでしょう。私でよければお力に……」
「いや、いい。ケシュア殿は自分の生き方を見つけているのだから。私もリフォル教の非道を止めようとは思っていないさ。私がATを追うのは……独りよがりな理由だ」
これ以上ケシュアを戦火に巻き込むわけにはいかない。
イージアはただ復讐の為に戦うのだから。
「……そうですか。では、私は私の為すべきことを。この孤児院に住まう子供たちの未来を照らしましょう」
「ああ、頼んだ。……そうだ、ラーヤを覚えているか?」
「ラーヤさん……覚えていますよ。彼女が何か?」
「ラーヤの子孫は今も幸せに過ごしていると……そう伝えようと思っただけだ」
イージアの言葉を聞いたケシュアは一驚してから、ふっと笑った。
「ありがとうございます。私も安心できましたよ」
「では、失礼する」
「はい。イージアさんの悲願も果たせるよう……私も祈っております」
イージアの悲願。
それは讃えられるべき願いか、或いは蔑まれるべき願いか。
世界を滅ぼした敵を討つためと言えば聞こえは良い。しかし、その実情は他ならぬ復讐。
復讐は何も生まぬという人がいる。
しかし、理屈ではどうしようもない時がある。
彼はただ、激情に身を任せて仇敵を殺したいのだ。百年の時が経とうが、決して収まることのない憎悪を。
──復讐を遂げる日が近付いている。
イージアは直感した。




