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「僕と共に世界を護ってくれないか」
ATは揺るがぬ信念を籠めた瞳で、イージアに手を伸ばした。
彼の白い手は天から降り注ぐ光に照らされている。流れ落ちる滝の音がやけに煩わしい。
イージアは彼の手を見つめ、異様な感覚に包まれていた。
──ここで手を取れば世界は護られる。
確信がイージアの中に渦巻いていたのだ。世界を知悉するATの手を取れば、混沌の因果も、秩序の因果も跳ね除けて……素晴らしい世界が実現するのではないか。
イージアはATのことを何も知らない。彼がいかにして世界を護るのか、最終的な目的は何なのか──何も知らないのだ。しかしながら、あらゆる不可解を押し退けて……ATの信念はイージアの心に突き刺さった。
その数秒、世界は彼らを置き去りにした。視界が灰色に染まる。
逡巡の中に無限の時が流れ落ちる。滝の水飛沫、一滴毎が無限の迷いを孕んでいたのだ。
ここが世界の因果を左右するbifurcation──分岐点となるだろう。
世界に色が戻る。
彼らは置き去りにされた時を取り戻した。
「私は……君の手を取らない」
「……どうしてかな」
その時、イージアは初めてATの顔に感情らしき感情を見た。
怒り、或いは悲哀。
「君は犠牲を厭わない。リフォル教は魔神を崇拝する宗教とされているが……君は名目として魔神を崇拝させているだけで、本当の狙いは違う。AT、君は世界を護るためにリフォル教を使っているのだろう。しかし、彼らが生み出す犠牲を顧みたことはあったか? 私は全てを救う。世界を救うのは……共鳴者の役目だ」
ATはイージアの虚ろな瞳を再び見つめた。
其処にはATの信念と相克する、強き意志が……『心』が宿っていたのだ。
「……これ以上は、無駄な話になるね。イージア……今一度、宣告しよう。」
「…………」
「僕は世界を護る。ラウンアクロードの居場所も教えない。混沌も、秩序も打ち破り……この盤上世界を救済する。それだけは伝えておこう」
イージアは静かに戦意を滾らせた。
対するATは、止水のように穏やかに佇む。
「素直に君を逃がすとでも?」
「僕は逃げるさ。この身は真実であり虚構。本質であり実存。故に──」
ATの姿は霧のように霞む。
もはや攻撃は無為。イージアは瞬時に悟った。
「──次は盤上の駒としてではなく……プレイヤーとして会おう。真なる救済がどちらかを決めるために……」
後に残ったのは、ただ一人。
イージアは滝を見上げて瞳を閉じた。
~・~・~
全方位を黎の矢に包囲された。
これほど大規模な展開は即座にできない。私たちと戦っている間にも、ギリーマはこの包囲の準備をしていたということだ。
「この勝負……我の勝ちだ」
一方的に勝敗を決めつけて、ギリーマは宣告する。
相手が一枚か……いや、二枚くらい上手だったのは事実だけど。
「では……穿たれよ」
矢が迫る。この黒い矢は単純な結界じゃ防げないことを確認済み。
受けて死ぬしかない……? 痛覚を一部遮断。
矢に不死殺しの仕掛けが仕込まれていないことを願いたいけど……ギリーマのことだ。きっと何か仕掛けがある。できれば貫かれたくない。
「サーラ!」
「あい!」
──諦めない。
私たちは【六花の将】なんだ。敗北は許されない。
『守天』は唯一神能に覚醒してないのは情けないんだけど。とにかく、敗北は矜持が許さない。
黒の矢が射出されると同時、私たちは連続で『相互転移』を使う。
上のゼロの方へ転移し、ゼロはさらに私の上へ転移。繰り返すことで位相をずらしつつ、天へと昇り詰めていく。飛来する矢が私の身体を貫かんと掠め、ギリギリのところで回避する。
「なるほど、良い連携だ。しかし……」
さらに上方に蓋をするように、暗黒の矢が出現。
予めギリーマが仕掛けていたものではない。たった今創造したものだ。アイツが動かずに呑気に戦いを見守っているなんて、都合の良い話なのは分かってたけど……まずい。
躱せな……
「飛雪の撃──『堕落』」
無数の透明な魔力が迸った。
斬撃だ。矢の数を上回る斬撃が雨のように降り注ぐ。斬撃は一つ残らず矢を叩き落とし、ついでに私たちも地面に叩き落した。
「いってえ! ……って、師匠!」
「フッ……窮地にて、我が剣が降り注ぐ。其は破滅の足音か、救済の福音か……汝が眼で確かめるが良い!」
「なんだ、この男は……」
ギリーマが困惑したように呟く。なんだろうね、変な人だよね。
でも今は助かった。
「二人とも、無事!?」
少し遅れてロキシアがやって来た。
どうやら魔物は片付け終えたらしい。ギリーマは彼女が手にする黒い刃を見て目を細めた。
「その刃は……もしや……」
「な、なに……?」
「なるほど、ラーヤの忘れ形見か。既に『黎触の団』は潰えた以上、お主に興味など無いが……なおも黎の刃は血を吸い続けておったようだ」
ギリーマの言葉に彼女は表情を強張らせる。
刃を握りしめた手が少し震えている。ぐっと更に強く握る力を強めると、彼女は決然として言い切った。
「私の刃は人を殺めたことはない。力をどう扱うのかは、その人の自由だから。あなたに決められる筋合いはない」
「ふん……如何に取り繕おうと、お主の血筋がホーウィドットで無数の人間を殺めてきたのは事実。我らの宿運は決まっておるのだよ」
こうやって人の運命を決めつけるのが、私の一番嫌いなタイプだ。
私だったら、きっと怒っている。
でもロキシアはギリーマの言葉に揺さぶられなかった。
「あなたと話しても無駄だね。師匠、どうしますか?」
「…………」
師匠は瞳を閉じて黙り込んでいた。
ロキシアの言葉に感心していたのか、集中を高めていたのか。
「……師匠?」
「…………スピー……」
寝てるー!?
「僥倖か。我でもその男には敵わぬ……今はまだ、な。故にここで退かせてもらおう」
「あ、待て!」
ギリーマは身を翻して高地の山肌を駆け下りて行った。
私とゼロで飛翔して追ってもいいけど……捕まえられないよね。
「し、師匠……」
ロキシアが若干涙目になってる。
仕方ないから叩き起こしてあげよう。
後から寝てた理由を聞くと、話を聞くのが退屈だったからだとか。
ほんとに、人間性は見習えない師匠だよね。




