12. 共に往こう
暗黒の矢が迫る。
「そっち行くよ!」
『相互転移』を使ってゼロの下へ転移、矢を回避。
ジリーマの矢は厄介だ。『黎触』の力はきわめて強力で、いかなる魔結界も貫通する。
「惑えども、抗えども、無為。お主らと我では年季が違うというものよ」
私たちの『相互転移』をジリーマはかつての戦いで目撃している。
いつしかアイツは私の前方へ回り込み、刃を構えていた。
「っ……!」
間一髪、水流で身体を逸らして回避。当たったところで死にはしないと思うが、不死殺しの何かが刃に付与されているかもしれない。
たしかにギリーマの戦闘技術は卓越している。私よりも一枚上手。
でも、
「俺を忘れんなよ!」
「チッ……」
私とゼロを合わせれば、互角以上に戦える。私たちは昔ジリーマと戦った時よりも成長しているのだから。
ゼロの斬り込みにより、ジリーマは後退。というか、アイツは魔族なの?
昔と比べて外見が変わってないから、魔族と考えるのが妥当だけど……被弾を露骨に避けている。
魔族ならば不死で、痛みを犠牲に攻撃に転じることもできるはず。アイツの性格からして、痛いのが嫌ってわけじゃなさそうなんだけど。
とにかく戦いを続けること。気絶させられれば、縛って楽園なりどこかの国なりに突き出せる。
死からは自己蘇生できても、意識の混濁からは回復できないのが魔族の弱点だ。
「なるほど、腕は上がっておるようだが……些少だな。もはや頭打ちとなったか」
「勝手に限界決められるの、腹立つんだけど! アンタよりも強いってこと……証明してあげる!」
私が動くと同時、ゼロも動く。
相互転移からの左右に展開。そして同時に攻撃を仕掛ける。
「うおおおっ!」
「水流!」
右方から剣閃、左方から水鞭。
ジリーマはやはり被弾を避けるべく後方へ跳ぶ。でも、今の攻撃は誘導。
再び私はゼロの下へ、ゼロは私の下へ。位置を交換する。
「もう一発!」
ゼロの剣を短刀で受け止めるギリーマ。
もちろん後方の私だって警戒されていることだろう。
でも本当の私は──それじゃないんだ。
「水禍!」
「なぬ、上か」
そう、私が居るのはジリーマの真上。
今までの私は水霧によって作り出した幻影。本体は慎重に魔力を練って、水流と片翼で飛翔する準備をしていた。私と共に長い間戦っている弟……ゼロにしか分からない戦法。
濁流がジリーマを囲い込み、ゼロは私の下へ転移して離脱。そのまま片翼を合わせて飛翔した。これで気絶してくれると良いんだけど……死んだら蘇生されるので逆に厄介。
「──まだ駄目みたいだな」
ゼロは冷静にそう言った。
私の警戒心は一気に引き上げられる。水流を凝視し、追撃を警戒……
「言ったであろう。我とお主らでは年季が違うと」
声。一体どこから──
「やば……」
翼が射抜かれていた。黒い残光が天に奔っている。
私の視界はぐるぐると回り、錐もみ回転して地上へ落ちる。
「ッ水流……!」
自分とゼロの身体を水のスライダーで守り、安全に地上へ落下。
濁流に呑まれた筈のギリーマは、泰然として眼前に立っていた。
一体どうやって……
「そうして戦況を見定める眼、悪くはない。だが……並行して為さねばならぬ、最重要の行為を忘れておるな」
周囲が暗黒に包まれた。
……いや、これは。
「ゼロ、防御!」
「クソッ!」
無数の矢だ。
百に迫る数の黎触の矢が、私たちを包囲していた。
「【気】の察知。まさか武人たるもの、忘れてはおらぬな」
~・~・~
リフォル教教皇『AT』。
瀑布を背にして彼は佇む。
「どうして此処に居る?」
「それは僕の存在理由を問うているのか、或いはこの龍島に居る理由を問うているのか。後者であれば、滅龍の残滓を確保しに訪れたんだけど……残念ながら、既に何者かに奪われた後みたいだ。まあこの展開は想定済みだし、念のために確認に来ただけだけど。水に沈む巨大な竜骨……悪くない景色だよね。思わず見惚れていたよ」
滅龍の残滓。
フェルンネが災厄フラムトアの力を得たように、ATもまた滅龍セノムクァルの力を得ようとしていたのだろう。しかし、災厄の力を奪取した者とは一体──
「いや、そんなことはどうでも良い。私は君に聞かねばならないことがあったのだ」
ATは白い瞳をイージアの虚ろな瞳に合わせた。
そして彼から紡がれる問いを待つ。
「──ラウンアクロードを知っているか?」
『黎触の団』は結局、ラウンアクロードについて知らなかった。
ただ漠然とした概念としてその単語を扱っていたものの……その情報源はリフォル教から流されたと聞く。教皇であるATならば知っているかもしれない。
「災厄ラウンアクロードだね。たしかに、僕が擁している」
「……! 奴の場所を教えろ、今すぐに!」
「それはできない。僕はあの力を使い、世界を護るのだから」
ATの言葉の意味がイージアには解せなかった。
災厄は世界を滅ぼす存在。事実、ラウンアクロードはイージアの故郷を滅ぼしている。
「怒っているね。その怒りが君を不幸にしてしまうのだろう。穏やかに過ごすことが君には許されていない……なんと残酷なことか。おお神よ、哀れなる少年を救いたまえ……なんて言っても、君を救う存在は現れない。自らの運命を救うのは、自分自身の手で」
「ラウンアクロードは殺されねばならない! 世界を護ることなどできはしない!」
「できるよ、僕になら。君にだってできるさ。君が混沌の因果から救済の因果へと変化し、創世主を退けたように。ラウンアクロードの秩序の因果を変換することもできる」
「ッ……君は、どこまで知っている……?」
全てを見透かされている気がした。
あの戦いの場所にATは居なかった。だが、彼は事の顛末を知っている。
因果の存在も、災厄の存在も、創世主の存在も。全てを知っているのだ。
「何も知らないさ。知りたくはない。でも、君は本当にイレギュラーだったんだ。まさか第三の因果が生まれるなんて。これは初めての経験だ。もしかしたら……君の力があればノアも……」
ATの呟きは滝音に掻き消され、イージアの耳には届かなかった。
彼は顔を上げ、再びイージアの瞳を見据える。何を見ているのか一切分からない瞳。しかし強き信念が宿っていることは確かだった。
彼はイージアの方へ、一歩踏み出す。水の飛沫が二人の間を飛んだ。
「イージア。君に頼みがある。哀れな男の頼みだと思って聞いて欲しい」
そして彼は片手を差し伸べる。
「僕と共に世界を護ってくれないか」




