10. 征伐遠征
私たちが龍島で修行をして、一月くらい経った。時々楽園に顔を出したりして、みんなに近況を報告しながら、私は日々を過ごしている。
私とゼロはルカ師匠とフェルンネ師匠に通い、ロキシアはイージア師匠とルカ師匠中心に通っている。ゼロは叡智の何たるかをまだ理解できていないようで、度々フェルンネ師匠に呆れられている現状。逆に私への態度は軟化したように思える。
ある日のこと、ルカ師匠が言った。
「昨今、魔神の復活も近付いているということもあり……世が乱れている! 騒乱渦巻く人理の中に、一滴の闇が広がる……邪悪なる意志を砕きに行くぞ!」
「つまり、魔物とかが大量発生したから倒しに行くんですね! よっしゃ!」
ゼロはルカ師匠の意味不明な言語を理解できる。
イージアとロキシアも意思疎通が可能なようだ。なんで分かるの……?
「うむ! 我が引率する! イージアとフェルンネは待機!」
「……了解した。サーラ、何かあったら頼むぞ」
イージア師匠……なんでルカ師匠じゃなくて私に頼むんですか。普通ルカ師匠に言うことだよね、それ。
渋々頷く。
そして私はゼロ、ロキシア、ルカ師匠と共に龍島を発ったのである。
~・~・~
やって来た地は、マリーベル大陸ナバ砂漠の南西にあるフロンティア。
いわゆる高地である。ごつごつした岩肌と、時折舞う魔力濃度の高い風。風音の静寂に混ざる、天竜の嘶きが響き渡る。遠くに聳え立つ『大地壊尖塔』の影が見えた。
斜面を登りながら師匠は解説する。
「このナバ高地に魔の者が大量発生し、近隣連合の人々は悲鳴を上げていると聞く。貴様らは腕を磨くと共に魔の者どもを一掃するのだ!」
ナバ高地の魔物は龍島ほどではないが、たしかに強力。人里に侵入すれば大きな被害が出てしまうかもしれない。以前にも任務で来たことがあるけど、その時は魔物はそこまで出てなかった。
循環邪気の変化があったとも聞いていないので、大量発生には何かしらの要因があるはずだけど。
岩の陰から水晶のように透き通った獣が飛び出した。これも魔物。
水魔術でその魔物を吹き飛ばし、私は上を見上げる。高度が上がるほど魔物は強力になる。人間のロキシアからしたら、酸素濃度も薄くなるのでますます辛いだろう。
「ロキシア、辛かったらすぐに言ってね」
「うん、ありがとう。まだ大丈夫だよ」
あまり無茶をし過ぎないといいんだけど。
次第に魔物の数が増え、進行の速度が遅くなる。
ゼロは迫る骸骨蝙蝠を斬り捨てながら周囲を見渡した。
「この数、おかしくねえか!? 自然発生じゃないよな……」
「そうだね。自然発生なら、大量発生にしても満遍なくフロンティアに出現するはず。誰かが邪気を一箇所に寄せ集めてるのかな?」
「うむ……感じる、感じるぞ! 魔の裏で暗躍する邪悪なる存在を! まさか敵たる魔の者らが根源への導になるとは……フッ。これが運命というヤツか」
師匠は相変わらずふざけていて、戦おうとしない。
まあ、こんな魔物たちの相手なら余裕なんだけど。油断してると何が起こるか分からないから気を引き締めよう。
すかさずロキシアの様子を見る。まだ呼吸は安定していて、足さばきもふらついていない。問題なし。なんか……昨日よりも堂々と剣を振ってる気がする。気のせいかな?
「……! 敵影です!」
ふと彼女が叫んだ。灰色の瞳の視線先、そこには──
「うわ、リフォル教じゃん……」
黒い服に、蠍の刺繍。
こういう時は大体奴らが出張ってくる。『黎触の団』の脅威は去ったものの、リフォル教の脅威は未だ去っていない。
目撃されたリフォル教は逃げるように高地の奥へと駆けて行った。
「みんな、追うよ!」
「りょーかい!」
何をしでかすか分からない連中だ。
とにかく放置はできない。すぐに追わないと。
~・~・~
龍島、とあるアパートの一室にて。
「……こんな感じだ」
フェルンネはイージアが描いた絵を見つめる。
長髪の少女がそこには描かれている。生憎モノクロの絵なので、髪や瞳の色は分からないが……問題はない。
彼が描いたのは、この世界に来る前のユリーチの姿。
「ふうん……」
フェルンネは姿を変え、赤髪の少女に戻る。
しかし描かれた少女とは異なり、彼女は十歳を少し過ぎた程度の容姿であった。
「私が成長したらこんな感じになるんだ」
「ああ。しかし……君の時間遡行の形態がよく分からないな。そのままフェルンネとして過ごし続けたら、ユリーチという存在はどうなる?」
「私がフェルンネとなって過去へ飛んだ日はちゃんと記録してる。五千三百十一年、ロア月、十八日。その日がくれば、私は十一歳のユリーチ・ナージェントと結合して、能力と記憶を引き継げる。これまでの遡行と干渉式からしても、それは間違いない」
彼女の言葉は少し難しく、イージアは少し考えてから意味を解釈した。
「つまり、ユリーチは消えないということか。いつでもフェルンネに変身することもできるし、これまでのフェルンネとしての歩みも消えないと」
「うん。でも、イージアも同じかどうか分からないよ。もしかしたらアルスと融合して戻れるかもしれないし、アルスという存在が消えるかもしれないし、アルスとあなたは別個の存在になるかもしれない。時間を遡った干渉式が不明な以上、可能性は無限に存在する」
ただでさえ今のイージアは複雑な状況である。
ラウンアクロードを討つべく過去へ飛んだイージアと、創世主に殺された災厄アルスが融合した状態。これ以上複雑に混じり合うのは困る。
「でも、私はアルスのこと忘れないから。私の過ごしていた未来には、たしかにあなたの存在があった。もしもアルスが消えるとしても……絶対に忘れない」
彼女は理屈なく、本能でそう言い切った。
しかしイージアにはその宣言を信頼するだけの心があった。だからこそ、彼は告げる。
「……ありがとう。君がそう言ってくれるなら、何も怖くはない。ただし……まだ未来を望むわけにはいかないな。奴はまだ……生きているのだから」
「ラウンアクロードね……『黎触の団』では世界の守護者という意味合いで使われていたけど……まさか災厄だったなんて」
「奴が居る限り、世界に未来はない。必ず、殺す」
「私も力になるから。あなたの苦悩は私に与えて。友達……なんだからね」
彼は静かに頷き、冷めやらぬ執念を滾らせた。




