9. 誰が為の強さ
意識を取り戻すと、そこは私の部屋だった。
「あ、サーラちゃん起きた? 訓練でぶっ倒れたってルカ師匠が言ってたよ。それでイージア師匠が運んで来た」
「ロキシア……うん。気絶する気概で挑んだけど、あっさり負けちゃった。やっぱり上には上がいるねー」
「でも、ルカ師匠はサーラちゃんのこと褒めてたよ。センスがすごいって」
褒められたんだ。まあ、ゼロよりはマシだよね。
「てか、ゼロは何してんの?」
「ゼロ君は……フェルンネ師匠のとこに行って、怒られてた。たぶん今も怒られてる」
「はは……」
私たちみたいな問題児を抱えて、三人の師匠も大変そうだ。
……まだ頭が少しフラフラする。魔力の欠乏だ。
「それじゃあ、私は外に行ってくるね」
「うん、頑張って」
ロキシアは再び浜辺へ行ってしまった。一人になると寂しいな。
ルカ師匠には歯が立たなかった。どうしたらあんな高みへと至れるのだろう?
人の領域を超えて、魔族や神族の領域へ。その中でも師匠たちはトップクラスの実力を持つ。私はまだ人間の相手にも負けることがあるから、人の領域も越えられていない。
きっと、このまま惰性で訓練してるだけじゃダメだ。何かが必要なんだ。
考えないと……世界を守る『守天』として。
~・~・~
「はっ!」
ロキシアの刃を往なし、イージアは攻撃を受け続ける。
彼女の剣筋は速く、そして整然としている。帝国流の剣術の極みにあると言っても過言ではない。ルカから破滅の型は教わっていないようだ。
受け身を中心とする破滅の型は、攻撃的なロキシアには適さないと判断したのだろう。イージアもまた同じ感想を抱いている。
「いい腕前だ。しかし、君は何を目標にしているんだ?」
「……目標、ですか?」
「ああ。これ以上強くなる目的だ。人間の中では、君の実力は唯一無二。その歳で大したものだ。強さの果てに何を見たい?」
ロキシアは剣を止めて俯いた。
「……分かりません。お父さんが魔物を倒すお仕事をしていて、私もそれに倣いました。がむしゃらに強さを求めて、もっと強くなりたくなったのでルカ師匠に師事しました。最初はルカ師匠も乗り気ではなかったのですが……何回もお願いしたら仕方なく受け入れてくれて……」
強さを求める理由。イージアは己の過去を振り返る。
生まれてから両親を喪うまで、共鳴者として強くあらねばならないと邁進した。
或いは、バトルパフォーマーとして魅せる為の戦いを学んだ。
或いは、騎士として民を守る為の強さを求めた。
二つの過去を持つイージアは、どちらにせよ強さを追ってきた。
目的がなかった期間と言えば……聖騎士アルスの期間だろう。ロールと決裂してから、拠り所を無くして強さに執着した。戦神の下へと何度も足を運び、槍術を究めたのだ。
「師匠はどうして強いのですか? 目的がないと強くなれませんか?」
「目的がなくても強くなれる。しかし、幸せの形は強くなることだけではないからな。強くても不幸な人は山ほどいる。私が強さを求めたのは居場所が欲しかったからだ。誰かの愛が欲しくて、誰かを愛したくて、孤独な自分を紛らわすように強さを求めた。自分自身で強さを求める理由が分からなくても、潜在的な理由が必ずあるはずだ」
「私の、潜在的な理由……」
別にロキシアの家庭に問題はない。
強く身体を突き動かす情動も感じない。
しかし、何かしらの理由があると言われれば、そんな気がした。
「もしかたら……同じかもしれません。師匠と」
「……?」
「私も愛が欲しいのかもしれません。うーん……でも、違うかも。本当に分からなくて不安になってきました……」
「分からなくていいんだよ。いずれ分かる」
彼女はこくりと頷き、顔を上げた。
それからイージアの傍に歩み寄って、彼の前に手を翳した。
「話は変わりますが……師匠の周りにある、この気はどうやって扱うのですか?」
戦神の神定法則、【不敗の王】。
自らの戦意を力へと変換する能力。騎士アルスが戦神から受贈したものだ。
「残念ながら、限られた者にしか扱えない。酷なことを言う様だが、そこらの人間が持ってはいけない力なのだ」
「はい。私に扱えないのは分かっていますが……原理を知りたくて。戦意とはそもそも何なのか」
「戦意は戦意さ。敵を倒したいと思うほどに増幅する……殺意と言ってもいいかもしれない。今は相手が君なので、かなり微弱な戦意だ。そうだ、君も感じてみるか?」
「えっ……?」
イージアは自らの神能を引き出し、対象をロキシアへと合わせる。
「『調律共振』」
ロキシアは奇妙な浮遊感を味わうと共に、身体の底から力が湧き出るのを感じる。
「これが……戦意、なのですか?」
「ああ。私の『調律共振』は、自らの感覚や能力を他者と共有できる。こちらの感覚を送り込むこともできるし、或いは対象の感覚を引き受けることもできる。複数人と共有するほど難易度は上がるが」
「……なんだか身体がむずむずします。今なら良い運動ができそう……」
「よし、私に攻撃してみるんだ」
高揚感に包まれたまま、ロキシアは刃を振り抜く。
速度が段違いに向上していた。しかし、イージアは彼女の視界を共有して盗み見ている。攻撃が命中することはない。
「今度は私の視界を送ってみようか」
「えっ!? 私が前に居る!?」
今ロキシアが見ているのは、イージアの視界。
刃を振り抜いた自分の光景を見て、彼女の思考は混乱する。
「その状態で剣を振って、私に攻撃を当ててみるんだ」
「ふぇ……無理です……!」
その後も片目だけ視界を共有したり、能力を崩したり……歪な訓練が続いたのだった。




