8. 破滅の力
翌日。私たちはルカ師匠から手ほどきを受けることになっていた。
小屋の前で私はゼロと一緒にルカ師匠の話を聞く。
「まず、貴様らには独立して戦ってもらう」
「は? なんでだよ」
「たしかに、アタシとゼロはお互いの長所に依存し過ぎだと思う。欠点を補い合うのはいい事だけど、それに甘えすぎても力が衰えるよね」
ゼロは不満そうな顔だ。
今までは二人で……『守天』として戦ってきた。でも、この修行の目的は力を伸ばすこと。ゼロだって自分の力を高めるには、私に頼り切りじゃいけないって分かってるはずなんだけど。
「サーラの言う通りだ! 強者とは常に孤独……そして孤高! 如何なる暗澹と寂寞に包まれようが、戦場では常に冷静たれ! 明鏡止水が如く……本来の己を見失うな、深淵に呑まれるな!」
ゼロはその言葉を受けてようやく得心がいったようだ。
最初はゼロがルカ師匠と手合せをする。
結論から言えば、ぜんぜんダメ。
ゼロはあっさりとルカ師匠に吹き飛ばされて、立ち上がっての繰り返し。たぶん敗因を考えてないんだよね……いや、ゼロなりには考えているんだろうけど。
「ふむ……ゼロよ」
「はい!」
「貴様は賢さを上げろ」
「どうやって上げればいいですか!」
「……思考の深海へと沈むのだ。それこそ古代の哲人が如く、叡智を求めるのだ」
師匠、ゼロにそんな話をしても無駄なんですよ。私もどうやったら学問に興味を持ってくれるのか、アジェンにいた頃から四苦八苦してきたけど……駄目みたい。
「ともかく、これ以上猪突猛進しても無駄だ! まずは叡智を得るのだ!」
「うーん……じゃあ、フェルンネあたりに相談してみます!」
そう言ってゼロは駆け出して行った。
ルカ師匠も馬鹿だと思うけど、ゼロは本当の馬鹿だ。フェルンネ師匠にどうにかできるかな?
「さて、サーラよ。貴様の番だ」
「……はい」
どうせ私も一瞬で吹き飛ばされるんだろうけど。
そもそも、ルカ師匠みたいな近接タイプと一対一で戦うのは魔導士の本分ではない。でも、六花の将を背負う者として全力は尽くす。
「いきます」
腰から小杖を引き抜いて対峙する。
一応懐にも短刀を隠してるけど……出番はあるかな?
「『水陣』」
まずは自分に強化を付与する。
単純な魔力による身体強化ではなく、循環魔力の純度を高めて魔術を強化する。瞑想によって根源へ近付く動作に近い。
「ほう。これが実戦であれば今の内に攻撃されているぞ?」
「でも、これは訓練なので。いずれは即座に純化を行えるようにするつもりです」
言いながら、私は周囲に小さな術式を展開していく。
昨日フェルンネ師匠が言っていた。魔術とは結合させることで真理へ近付くものなのだと。私の水魔術は既に限界へ迫っている。新たな活路を見出すには……
「激流!」
激浪が師匠を取り囲む。同時、雷撃が明滅した。
私が展開したのは雷の印。水と雷の複合魔術だ。とはいっても、雷魔術はごくごく簡単なもので、魔術の威力を強化しなければ静電気並みの威力だろう。
複数属性を扱うメリットはいくつかある。相手の弱点を突ける確率が上がること、単純な威力が上がること、少ない魔力で効率よく攻撃範囲を拡散できること。まあ、今の私は複数属性なんて到底扱えないけど……水魔術にアクセントを加えるくらいならできる。
紫電と激流が巻き起こり、まるで嵐の海のような光景が眼前に生まれる。
でも、これで師匠が倒せるわけない。私は次の一手を打つ。
「フッ、甘いぞ!」
波を素手で打ち破り、師匠が接近してくる。相変らず馬鹿げた強さだ。
杖を放り投げ、水流に乗せて私の後方へ飛ばす。
「む?」
その行動を不審に思ったのか、師匠は足を止める。
戦場では正しい選択だろう。相手の行動が分からない時は、とりあえず様子を見る。
後方へ投げ飛ばされた杖は、水流に乗って私の後方斜め上へ。
「水球」
簡易的な水魔術の弾丸を前方へ飛ばす。
私もそれに続いて駆け出した。
「ふっ!」
師匠は水球を拳で砕く。
懐から短刀を抜刀。水が弾けて師匠の視界が狭まった直後に、刺突を繰り出した。
「目くらましか! しかしその程度では……」
刺突は呆気なく回避される。
今。杖を動かす。そして片翼を顕現させた。
「【操水・比翼】」
「ほう、これは……!」
私の身体が浮く。いや、飛んでいる。
水流を自在に操り、片翼の役割を担ってもらっている。私が持つのは片翼だけ。でも、翼を持たない人よりは飛ぶのが楽になる。
杖を彼方へ、或いは此方へ。天を水流が支配して、広場に水のカーテンが出来上がる。
「面白い!」
「面白がってないで、警戒した方がいいと思いますよ。『根源波濤』」
ごっそりと魔力が私から抜け落ちる。
もはや飛ぶ魔力もすっ飛んで、私は真下へ落下する。それで良い。水のカーテンも魔術へと結合して、渾身の一撃を放つ。
『根源波濤』。魔術の極致、理の真理。神々の怒りとすら言われるその魔術は、私も完成させていない。これでも不完全な形態なのだ。
天高く波が上がり、水の一滴一滴が刃の如き貫通力を持つ。私も師匠も魔族だから不死だし、痛いけどせめて引き分けには持って行けるかな。痛覚を少し遮断して私は地面に転がる。
師匠の目が少し鋭くなる。流石にこれは耐えられないのかな。
てか、やりすぎた? こんなに高い波だと……島沈まない?
やっちゃった。
激流が地上に届き、師匠と私を飲み込む刹那。
「飛雪の撃──『魔断』」
プツリ、と。
私の中の何かが断たれたような気がした。同時、島を沈めんばかりの大津波が消滅する。
「うそ……」
「ふむ……貴様の魔術が完成していれば、さしもの我も危うかったな。しかし、これで魔力はすっからかん! 我の勝ちだろう!」
「はい、そうですね……」
もうどうでもいいや。師匠強すぎ。
私は強烈な疲労と魔力枯渇に襲われて、眠りに落ちた。




