1. 四光
レアは紅茶を注ぎながら呟いた。
「そういえば、一年後は魔神戦役が起こる年だね」
現在、五千百六十九年を迎えたばかり。
一年後には魔神リグト・リフォルが顕現する。本来の歴史ではそうだった。
「そうか。四英雄の誕生だな」
イージアは自らの祖先と、その仲間である四英雄の顔を思い浮かべる。
どのような人物なのだろうか。
既に魔神の精神体はこの世に降臨しており、ちょうど一年後に受肉する。
しかし、災厄レベルの規模ではないので、放置していても問題ないはずだ。
「私たちが出る幕はないだろう。本来の歴史通り、四英雄が倒してくれるはずだ」
イージアに協力できることと言えば、活性化した魔物の討伐くらいだろうか。
それも六花の将の務めだ。
彼は注がれた紅茶を飲み、これからの歴史を思い描いた。
~・~・~
楽園にとある一行が訪れた。
彼らは船から降り、創造神へと謁見する。六花の将は集い、訪問者たちを見定めた。
金髪の勝気な男。水色の髪の静かな乙女。
赤髪の快活な少女。黒髪の少年。
「お初にお目にかかります! 創造神様。我ら、龍神様より神能を授かり、魔神の討伐を任じられた者でございます。私の名はローヴル・ミトロン、以後お見知りおきを」
金髪の男……ローヴルが恭しく頭を下げる。
背後の三人も同様に跪いた。
噂をすれば、四英雄が楽園へ訪れたようだ。
イージアが目をつけたのは、黒天と思わしき男。実在すら疑われる黒天を目にすることができて、彼は内心興奮していた。
そして、自分の祖先……スフィル・ホワイト。彼女はどこかマリーの面影があった。
ローヴルは他の三名も紹介する。
「左から順にスフィル・ホワイト、カシーネ・ナージェント、オズと申します」
彼の言葉を聞いたイージアは強烈な違和感を覚える。
黒髪の男はオズと呼ばれた。しかし、黒天の名はマーキス・ティズであったはず。
彼は黒天ではないのだろうか。
「よく来たね。君たちの噂は聞いているよ。魔神討伐に向けて、より精進してほしい」
「はっ、ありがとうございます! 一つ、助言をいただきたく訪れさせていただきました」
そして創造神は彼らに助言を授け、旅の助けとした。
これが本来の神々の仕事なのだ。人々に導を示し、知啓を授けること。彼らもまた、魔神を討つ為に必要な道具を得るために旅をしているようだった。
「……ところで、そちらの方々は高名な『六花の将』ではありませんか?」
スフィルが周囲の者を見て尋ねる。
高名とはいったものの、まだそこまで有名になっているわけではない。
「そうだよ。何か我が子らに尋ねたいことがあるなら聞いてみるといい」
「いえ、お会いできて光栄だと思っただけです。今後とも、世界をお守りください」
スフィルから尊敬のような、或いは敵意のような視線を向けられたイージア。
彼女の剣呑な視線に気が付いたのは彼だけのようだった。
「それでは、失礼いたします!」
突然の訪問者たちは、嵐のように去って行く。
英雄となる彼らの背を見守り、イージアは歴史のはじまりに思いを馳せた。
~・~・~
「なんか、あいつら……強そうだったな! 戦っとけばよかった……」
ゼロは機会を逃したことに意気消沈していた。
イージアはゼロと剣を交えつつ彼の言葉に応える。
「なら、サーラと飛んで船を追いかけてみたらどうだ? 今ならまだ間に合うだろう」
「うーん……たぶん、今のサーラはそんなことじゃ飛んでくれない。最近アイツさ、小難しい話ばっかりして反りが合わないんだよなあ」
イージアは特段、彼女と話していて齟齬は感じない。
しかし振り返ってみると、彼女は最近学術書ばかり読んでいる気がする。難解な魔術書や哲学書を図書館で読んでいる姿を頻繁に目にする。
「ゼロが何も学ばなすぎなんじゃないか? もう少し本を読んでみては?」
夢の中のタナンも本を読んでいたな……そうイージアは思い返し、思わず笑ってしまう。
「えー……小さい文字読むと、頭がイライラするんだよ。剣を振るしか俺は能がないんだ」
「歴代の強者は、みな博識だと聞く。強さにはある程度の知恵も必要なんだよ」
「うぐ……」
答えに窮したゼロの剣を弾き、イージアは一本取る。
まだまだ彼とゼロには剣術の力量差がかなりある。この差を埋める為にも、知恵が求められるのかもしれない。
「まあ、午後の任務を終えてから考えてみればいい。今日はルイム国での討伐任務だったな」
「おう……そうだな。まずは目の前の目標を片付けちまおう」
午後は魔物の討伐が控えている。
イージアとゼロ、サーラで向かう予定になっていた。ひとまずは今日の任務を終えることが最優先である。
午後。三人はレヴィーに乗り込み、目的地であるルイム国へ向かう。
事前の情報によると、白雷種の大地獣が出現したらしい。きわめて危険な魔物であり、天災に匹敵する破壊力を持つ。
一行は湿原のフロンティアに降り立ち、目標を探し始めた。
「うわ、足がびちゃびちゃに濡れる……」
「湿原なんだから防水性の靴くらい履いてきなさいよ……ほら、対水」
サーラは呆れつつもゼロに防水の魔法をかける。
イージアは弟の面倒を見る姉を見て、少し微笑ましい気分になった。ゼロが賢くなりすぎても、この関係性は崩れてしまうのではないだろうか。そう考えると、ゼロはいつまでも脳筋で良い気がしてきた。
「魔力反応は……イージア、こっちで合ってる?」
「ああ。しかし……妙な魔力の波及の仕方だな。魔物と誰かが交戦しているのか?」
「急いだ方がよさそうだね」
三者は駆け出し、魔力が激しく廻る場所を目指した。
「……これは」
イージアの視界に飛び込んだのは、想定外の光景だった。
白雷種の大地獣が倒れている。邪気となって霧散しつつある骸の傍には、一人の男。
「ハッハッハッ! 貴様の雷こそが、己を縛る鎖となったのだ! 我に相対したが最後、この破滅の力により貴様は跡形もなく消し飛ばされたな!」
「ねえ、あの人なに……? 近付かない方がいいよね」
「そ、そうだな……触れないでおこう」
見覚えのある顔だった。
そして、聞き覚えのある口調と声だった。
サーラは近付かない方がいいと言ったが、慧眼である。彼は面倒な人だ。
「うおお……すげえ! アイツ、一人で倒したのか!?」
しかし現実は非情である。
傍にいた脳筋が声を上げてしまった。
「ちょっとゼロ! 声出さないでよ!」
「うん? なんだ、貴様らは! 斯様な場所に訪れし者ども……なるほど、運命に導かれし大いなる使徒といったところか……」
ゼロの叫び声により、気付かれてしまった。もっとも、男……ルカは三人の存在をとうに察知していたと思うが。
ああ、面倒なことになったとイージアは頭を抱える。ルカは第一線級の関わってはいけない人物である。彼の弟子であったイージアだからこそ、それは嫌というほど分かっていた。
「我が名はルカ! 破滅を宿せし宿運の魔族である! 貴様らは!」
「俺はゼロ! 六花の将だ!」
「……! そうか、貴様らが……ゼロということは、『守天』だな? そっちが仮面を被っているから、『鳴帝』! なるほど……予言の巡りは今日この時であったか……」
意味深なことを言っているが、その実ルカは何も考えていない。
彼の言葉を翻訳可能なイージアだが、翻訳する気はさらさらなかった。
「……さて、目標はこの人が倒してくれたみたいだ。ゼロ、サーラ。帰るぞ」
「あ、あはは……そうだね! それじゃ、失礼しまー……」
「待つが良い! ここで巡り合ったのも何かの縁。運命に導かれた者同士、語り明かそうではないか!」
これ以上引き留められると本当に面倒な事態になる。
ゼロはルカの強さに興味津々なようで、中々足を動かそうとしない。
隣を歩くサーラは助けを求めるようにイージアを見上げる。
「ねえ、どうすんの……? 完全にヤバい人だよね?」
「危なくはないが、ヤバい人だな。はあ……」
そしてイージアは残酷な決断を下す。
……サーラにとって残酷な決断を。
「サーラ、ゼロと一緒に彼に挑むんだ」
「……は?」




