α-2
僕は災厄となり、創世主に牙を剥いた。
それがこの身に、どれほどの意味を持つのか。何の意味も持ちはしない。
ただ、背後のレア……いや、ロールを守るだけなのだから。
「あなたは……本当に……アルスなのか?」
「そうだよ。君がいた世界と同じ存在の、創世主によって君と生き別れたアルスだ。僕は死んでいないし、もう死ぬ気はない。絶対に……君を守る」
世界の事情など、もはや知った事か。
ロールを守る。ただそれだけできれば良い。
──ああ、秩序が魂に馴染む。
共鳴による創世主の力を、そのまま真逆の因果へと反転させ。
ラズアースの魔術改編の力をも取り込み。
「僕は……今、此処に居る」
『秩序の駒ではない。何故……』
アテルの波動が迫る。忌々しい、かつて僕を消し炭にした波動。
だが、今は届かない。
「不敗、絶対、完全、最強。力は我にあり──『穿神の王』」
自身の戦意を力へと変換する、戦神の業。黒き茨を槍へ変え。
今、僕はかつてないほどに戦意を高めている。絶対に創世主を殺すと──確たる戦意と殺意。
波動を貫き、アテルの茨をも貫通する。
──届く。今の力ならば、創世主すら貫くことができる。
「この神定法則は……戦神の!? イージア、やめるんだ! 一体どうしたって言うんだ!」
耳障りだ。創造神はイージアの知己であって、僕とは一切関係がない。
彼は死んだのだ。無念を抱きながら、志半ばで。哀れな彼はもう帰らない。
「僕は……彼の仇も取らないといけないんだ。決して負けられない」
「イージア……いや、アルス!」
ロールが僕の腕を掴んだ。
まるで僕の動きを止めるかのように。
「ダメだ! そんなことをしては……」
「……大丈夫だよ。今の僕なら、創世主にも負けはしないさ。奴を殺したら、別の世界にでも逃げよう。一緒に……生きるんだ」
もう離れはしない。
彼女は僕に愛を伝えてくれた。だから、報いなければ。
耳障りなアテルの声が世界に木霊する。
『矮小なる魂よ。その殺意を以て、我を屠らんと欲すか』
「さっきからそう言っているだろう……さっさと死ね」
無数の黒茨の槍を投擲する。
槍は次々とアテルの身体を貫き、確実に奴の力を擦り減らしていく。
「『崩天乱流』」
神定法則に支配された風が迫る。ゼニアの風だ。
通常の理では防ぎ切れない。
「『魔術改編……抗神』」
だが、無意味。
僕は災厄であり、神族でもある。同系統の神族の力を改編できないわけがない。
風は黒く淀み、我が力として吸収される。
「なっ……!?」
周囲の神々も目障りだ。先に殺してしまおうか。
アテルの白茨を全て戦意で打ち払い、邪気を蓄積させる。
「ねえ、アルス! やめて……」
「……ロール?」
──どうして、君が僕を止める?
「私は……世界が壊れて欲しいわけじゃない! あなたが私と同じ世界に生きたアルスなら分かってくれるだろう……私は、この世界で生きたいんだ!」
「僕だって……世界を壊すのが目的じゃない。でも、創世主を殺さなきゃ、僕らが殺される。アテルを殺せば、世界も崩壊する。仕方ないんだ」
生きるか、死ぬか。
僕は──彼女と生きる。そう決めたんだ。守ると約束したんだ。
この身は怨霊。憎悪の化身。もはや何も見えていない、ただ一つの目的に執念を燃やす残骸。でも、為すべきことは分かっている。
「……イージア。いや、災厄アルス! 僕の話を聞いてくれ」
目の前に創造神が立ち塞がった。邪魔だ。
僕の不快を他所に、彼は語る。
「君が何者かは知らない。でも、戦わずに済む道があるんじゃないかな。僕は……君を信じたい」
「それはできない。アテルには心がない。故に、僕らは分かり合えない」
『…………』
秩序と混沌は争わねばならない。それがこの世界の絶対的な定め。遊戯が終わるまで、いや……終わってもなお、二つの勢力は争う因果を持つ。ならばプレイヤーたる創世主を殺すまで。
今、僕の味方はロールのみ。
「穿つは栄光の霓天不敗──」
まずは、目の前の神を殺す。
全てを貫く一撃を、我が槍に。
戦意と憎悪を乗せて放つ。
「全権能、解放──」
しかし、その一撃は受け止められた。
攻撃を受け止めたのは、創造神じゃない。
「ロール……どうして……?」
「分からない! もう、どうして良いのか分からないんだ!」
彼女は僕と同じ秩序の力を以て、攻撃を止めた。
十六の権能を全て解放している。
……どうしてこうなっている?
何が起こっている?
「ッ危ない!」
彼女の背後から、アテルの波動が迫った。
咄嗟に彼女の手を引き、戦意で波動を防ぐ。
アテルはただ無機質に、秩序の力を持つ存在を排除しているに過ぎない。ここで攻撃を緩める訳がない。
「分からない……分からない! どうして!?」
背後でロールが喚く。
君は疑問を持たなくて良いんだ。ただ僕に任せていれば良い。
そう声をかけてあげたかったけど、攻撃を防ぐので精一杯だ。
「私は……ロール・ライマ。アルスの友達」
「そうだ。君は僕の……」
「でも……私はリンヴァルス帝国始祖、レイアカーツ。イージアの友達」
それは、違う……なんて言えるのか?
僕に、言う資格があるのか?
ずっとイージアの生を見て来て、彼の辛さを知っている僕に、彼の生涯を否定する資格が。
「イージアならきっと、災厄となった君を止める。私は、友である私は……止められる?」
「彼は……! 結局、アテルに殺された! だからこれは彼の仇でもある……!」
波動を完全に吹き飛ばし、攻勢に転じる。
今度は創世主に致命を与えねば。
迷っている余裕はない。
邪気を再び集結させる。世界に満ちる秩序の因果を、我が身に宿し。
全ての負の感情を戦意へ変え。信念を戦意へ変え。
必ず──僕は未来を切り開く。創世主なき秩序の未来を。
「──『黒霧瓦解』」
『……!』
世界が震撼する。
音を置き去りにして、この離島をも消し飛ばす力を放つ。黒き茨は霧となり、放射状にアテルを取り囲んだ。
同時、島は砕け散り。海面は天まで巻き上がり、地殻は粉々に砕ける。
ロールは僕が守っている。傷一つ付けさせない。
時間を斬り裂く、イージアの技か。
君の技……僕が継いでみせる。
『……我、神罰也。白滅の災厄、我が滅す。……この定め、旧世界の罪過は我が払う』
「まだ生きているか……!」
世界が崩壊していない時点で、まだアテルを殺せていないのは分かっていたが。
激しい閃光が迫る。戦意で弾くにも限度がある。故に、全て撃ち落とす。
全ての光へ黒茨を放ち、消滅させていく。混沌と秩序の力が衝突する度、世界に崩壊の音色が轟いた。
神々は一時後退し、世界の防衛に回ったようだ。
賢明な判断だ。彼らでは僕に敵わない。
僕だって……ゼニアやジャイルを殺したい訳じゃない。アテルだけを、ただ酷く憎み……殺したいんだ。
だから、僕は……
「──ねえ、アルス」
ふと、後ろからロールの声がした。
「……私たち、本当の友達にはなれなかったね」
「え……?」
思わず振り向いてしまった。
そこには涙を流した彼女がいて──




