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夕刻、テントへと戻る。
マリーとルチカは既に夕食の準備を始めていた。
「やっぱりキャンプといえば煮込みだよね。あとバーベキューは僕に任せろ」
ぐつぐつと鍋の中で食材を煮ている。
余った具材は僕の炎魔術でこんがり焼いてやろう。炎魔術によるバーベキューは、実はかなりの精度が必要なのだ。この為だけに練習した。
「うわ……トマト……」
マリーが具材の袋から赤い植物のパックを取り出して、苦い顔をした。
僕の苦手な食べ物であり、マリーの苦手な食べ物でもある。
「誰だ、トマトを入れたヤツは……僕が消し炭にしてやる」
「食べ物を粗末にしないの。トマトを入れたのは私だよ。アルス君とマリーちゃんの苦手を矯正してあげようと思ってね」
そういうのをお節介というんだ。畜生レーシャ。
でも、レーシャの厚意を蔑ろにする訳にも……
「ぬぬぬ……」
僕が頭を抱え、マリーが目を背けていると、ルチカが助け舟を出してくれた。
「では、トマトも一緒に煮込んでしまうのはどうでしょう? たしかご主人様も、お嬢様もトマトスープならば大丈夫だったはずです」
「……! 流石ルチカさん、天才です!」
マリーがここぞとばかりに顔を上げる。
しかし、レーシャは納得いかないというように頬を膨らませた。
「でもさ……それじゃあ苦手の矯正にはならないよね」
「ぐ……分かった、レーシャ。僕はトマトをそのまま食べるぞ」
犠牲になるのは僕だけでいいのだ。マリーをトマトの餌食にするわけにはいかない。
トマトのヘイトをこちらに逸らしてみせる。
「おお……! アルス君、漢気あるね。よし、挑戦してみよう!」
赤色の悪魔が近付いてくる。
レーシャの手にぶら下がった悪魔が、僕の口に放り込まれた。味覚を遮断することもできるが、そんなことをしたらレーシャにばれる。
「くっ……!」
すっぱい。びちゃびちゃして、食感が気持ち悪い。
皮の固さが絶妙に気持ち悪い。
「ぐ……ああっ!」
「お兄ちゃん!?」
──耐え切った。
災厄トマトを撃破したぞ!
今頃ヤツは腹の中で溶かされつつある。
「ど、どうだ……」
「アルス君、やっぱり君はすごいね。そこまで魔力を暴発させながらトマトを飲み込むなんて……」
流石にレーシャも僕のチャレンジ精神には度肝を抜かれたようだ。
そして、苦難を乗り越えた僕を労わってくれた。
「……ところで、レーシャには嫌いな食べ物とかないの?」
「……!?」
彼女は質問に答えず、そっぽ向いた。
次なる目標はレーシャの嫌いな食べ物を探ることだな……
ーーーーーーーーーー
夜。テントからそっと抜け出して、空を見上げる。
綺麗な夜闇だ。星々が煌々と煌めいて、僕を見下ろしていた。
今は青孔雀星と、白桜花星が見える季節だ。一際強い光を放つ二星が、堂々と世界を照らし出している。
「綺麗だな……」
この世界は、とても美しい。
美しくも、時に儚い。災厄に一瞬で消されてしまったりするし、魔物が自然を消し去ってしまう時もある。
──災厄によって世界が消されたらどうなるのだろう?
新しくアテルが世界を創るのか、それともそのまま無が広がったままなのか。
僕らが紡いできた歴史が、一瞬にして消えてしまう。そう考えると、とても恐ろしくなる。
「お兄ちゃん……テントから消えたと思ったら、こんなところにいたんだ」
後ろから声がかかった。
マリーの瞳が暗闇の中で光っている。
「マリー。夜更かしはよくないよ」
「その言葉、そっくり返したいんですけど……」
「僕は君みたいに忙しくないからね。時々バトルパフォーマンスの仕事をするくらいで、後は暇だから……疲れてないんだよ」
騎士は激務だ。地位が上がるほど、激務とは縁遠くなっていくらしいが。
その点、バトルパフォーマーは良い。だらだらできるし。
次の試合は……明後日だった。試合というか、次は人口ダンジョン攻略だったな。
「お兄ちゃんって、生きてて楽しそうですよね」
「まあ、レーシャという恋人がいるからね。マリーも恋人作ってみたら? 僕より強い人じゃないと彼氏として認めないけど」
「……それ、ほとんど該当する人いませんよね」
まだマリーに色恋は早い。
僕が絶対妨害する。毒兄になる覚悟はできている。
「生きるって、大変なことだよ。生きてるだけでも偉い。幸せに生きるのは至難の業だ。つまり僕は人生のプロフェッショナルなんだ」
「何言ってるんですか?」
「なんかさ、こうして生きてることが嘘みたいだって……たまにそう思うんだ。家族と、恋人と幸せに生きる権利が僕にあるんだろうかって。僕には他にやるべきことがあるんじゃないかって思うんだよ」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
なんだか、今朝から僕の心はずっと変だ。靄がかかってるみたいに。
「そんなことないですよ。やるべきことがあったとしても……幸せになる権利は誰にでもあります。私も……お母さんとお父さんの仇を討つという目標があるけど。今はこうして、幸せですから。目的の過程で幸せになってもいいんです」
「そうだよね」
当たり前のことを彼女は言っているのに、僕は不思議と彼女の言葉で気が楽になった。誰だって幸せになる権利はある……か。
「マリーはさ……僕と一緒にいて幸せ?」
「何メンヘラみたいなこと言ってるんですか……もちろん、幸せですよ。ずっと、こうして一緒に家族として過ごしたいです。でもタナンはうるさいので、たまに一緒にいるくらいがいいです」
タナンかわいそう。今度一緒に修行してあげよう。
でも、お兄ちゃんと一緒にいると不快になるとか言われなくてよかった。
僕は……マリーを幸せにできていたんだな。
「できていた……ってなんだ?」
ふと、自分の思考に疑問が生じる。まるで過去の話みたいじゃないか。
僕はこれからもマリーと生きていく。幸せにしていかなくちゃならない。
「あと、お兄ちゃん。言い忘れてたんですけど……」
視界を夜空からマリーに移す。
僕と同じ色を持つ、彼女の瞳と目が合った。
彼女は少し笑って、
「……いつもありがとう。私、お兄ちゃんのことが大好きです」
「────」
突然の感謝に、思わず言葉がつっかえてしまった。
そんな正直に言われても……いつもの反抗的なマリーはどこいった。
「たぶん、ここでしか伝えられないから……今の内に伝えておくね。それじゃあ、おやすみなさい」
そう言って彼女はテントの中へ戻って行った。
僕はただ、じっと彼女の姿が見えなくなるまで。そこに立ち尽くしていた。




