END. イージア
ソレイユ離島に、イージアは降り立った。
彼は上空を見つめ、三柱の神族を目撃する。
龍神ジャイル、天神ゼニア、そして──
「……あの大樹が創造神か」
大樹の周囲には無数の異形が浮遊し、耳障りな喚声を上げていた。
共鳴を使うのは早計だ。まずは神転し、状況を判断する。
もはやソレイユ離島に降り立った時点で、創世主からイージアの存在は確認されているだろう。未知の神族を観測したにも拘わらず、アテルはイージアを排除しに来ない。
「まだ、大丈夫か……」
つまり、共鳴を使わなければ排除はされない。
──どうにか、自分は世界から排除されずに済みそうだ。
他の神族が三体。災厄ラズアースを滅することができる可能性は高い。問題はイージアが戦いに参加するかどうかだが……
「君は……イージア!? なぜここに……」
創造神は地上から発せられた気配に気付き、イージアが来ていることを確認する。
彼はとうにイージアが神族であることは知っていた。その正体が何者なのかは分からないが……まさかここまで来るとは。
「何だ、あの者は……? ナドランス、汝の知己か?」
「神気を発していますが、見覚えがありません。何の神なのですか?」
他の二神の質問に創造神は答えあぐねる。
説明のしようがないからだ。イージアが悪質なものではないことは知っているが、本質は知らない。
ただ信じると決めたから、創造神は彼を傍に置いている。
「……説明は後で。今は災厄を倒そう」
創造神の言葉に龍神と天神は頷き、再び空を翔る。
あらゆる方位から射出される邪砲を防ぎ、確実に一体ずつ。ラズアースの分体を潰していく。
イージアもまた、飛翔して分体を斬る。
焦燥が彼を突き動かした。一刻でも早くラズアースを撃滅し、ナリアを救わなくてはならない。
「イージア。何故ここへ来たんだい?」
「それは……救う為に、戦わなければならないと……そう思ったからだ」
彼の返答を聞き、創造神は戦禍の中で安堵した。
イージアが信用に足る者であるなど、とうの昔から分かっていたことだ。
創造神は信頼し、共に戦う仲間として彼を認める。
「!!」
再びラズアース鳴動が反響。
邪気の奔流が集結し、全ての分体が離散していく。
「何か来るぞ!」
「『制空領域』」
天神の神定法則が発動。
ラズアースが発した奔流を阻害し、天の全ての気の流れを意のままに操る。
流れる邪気は阻害され、ラズアースの攻撃はあらぬ方角へ逸れた。今の攻撃をまともに受ければ、龍神の結界でも防ぐことはできなかっただろう。
「裁光」
天神の空間操作の補助を受け、イージアは神気の光を周囲に拡散させる。
数多の閃光が空を駆け、ラズアースを破壊していく。
同時、創造神は周囲の海から鋭利な枝を伸ばし、地上に落ちたラズアースを貫いて討伐。
「このまま攻め立てるぞ!」
龍神の号令を上げ、天神と共に離散した分体へ向かう。
その時、静止していた無数の分体が動き出す。
「!? 下がるんだ!」
創造神が声を上げた時にはもう遅い。
ラズアースの分体は更に神々から距離を取り、再び一つに集結していく。
二つの巨人の腕を形成し、それが左右に大きく展開。まさしく天蓋、逃げ場はない。
「……!」
ラズアースに迫っていた龍神と天神を覆い尽くすほどに巨大な腕。
腕は二神を圧殺しようと、逃げ場なく迫る。神定法則の発動、間に合わず。回避も不可能。
──ここで、龍神と天神は死ぬ。
ーーーーーーーーーー
走馬灯のように。
自分が死ぬ訳でもないのに、イージアは過去を思い出した。
はるか遠き、純粋無垢な灰色の過去を。
「アルスよ、今日はアテルに頼まれてな……我が講義をすることとなった。あまり教えるのは得意ではないのだがな……」
「ジャイルは何に詳しいの?」
「今回教えるのは、四英雄について。以前にも教えたが、今回は四英雄が辿った軌跡について教えようと思う」
「そっか……将来、僕も立派な『霓天』になれるのかな」
「ああ。口下手だが……我は、お前を立派に思っている。故に必ずや誇り高き英雄の末裔となれるであろう」
「うん、頑張るよ!」
*
「あれ……アテルから、ゼニアが呼んでるって聞いて来たんだけど……」
「わっ!」
「おっ!? ……ゼニア、びっくりした。驚かさないでよ」
「ふふ……すみません。アルスさんもこの精神世界にずっと閉じ込められて、憂鬱だと思ったので……久々にボードゲームでもしませんか? 外の世界から持ってきたんです」
「おお、いいね! 最近は講義ばっかりで疲れてたんだ」
「それはよかったです。さあ、楽しみましょう」
ーーーーーーーーーー
ジャイルとゼニアとの過去がフラッシュバックする。
四神は、イージアに初めて出来た友と言っても過言ではなかった。たとえ彼らが、その思い出を記憶の中に持っていないとしても。
その友たちの死を前にして。たとえ人間であろうとも、神族であろうとも──
「──失う訳には、いかないんだ」
後悔することになるのか。
讐火を抱いたまま、灰となって死ぬ運命を辿るのか。ここで彼がジャイルとゼニアを救えば、きっと彼はその運命に身を置くことになる。
それは御免だ。だが、愛する者が死ぬことはもっと──
「──『共鳴』、解放」
結局。最後まで、彼は本性を変えることはできなかった。
世界に理の歪みが訪れる。
最も高次たる混沌の因果を宿したイージアは、たった一撃で巨腕を消し飛ばす。
「何だ、これは……」
「イージア……君は……何なんだ……?」
龍神と創造神は、想像を絶するイージアの力を見て戦慄する。
あの力は、まるで──
「……許してくれ」
彼は誰に対して謝ったのか。
置き去りにしてしまったレーシャか、彼を止めてくれたレアか。もしくは、これまで彼を愛してくれた全ての者に対してなのか。
刹那。白光が迸る。ラズアースの身体が一瞬で灰と化し、地上の島を黒き灰で覆い尽くしていく。
残った核の部位。其を目掛けてイージアは加速し、光を置き去りにして核を叩き割った。
「──!」
ラズアースは音にもならない悲鳴を上げ、絶命を迎える。
瞬間、イージアの共鳴が解除される。災厄が死した証拠であった。
「汝は……一体……」
地上へ降り立ったイージアの下に、人間体へと戻った神々が歩み寄る。
彼らの瞳にはイージアを訝しむ光が宿っていた。当然だ。
黒き灰が降り注ぐ中、イージアは語る。
「……私は。私は……この世界に本来、存在してはならない者」
「……イージア。僕は君を信じているよ。話してくれるかい?」
しかし、創造神だけは懐疑の目に込められた想いは別のものだった。
龍神と天神は、これほど強大な存在が世界に存在することに対して。創造神はイージアがこの凄まじい力を隠していたことに対して。それぞれ疑問を抱いていた。
なんとなく予想はできる。今のように世界の理を崩す力を使えば、アテルが黙っていないからだ。
「話させてくれ。私もまた、君たちを信じているから……」
……信じているから、何だと言うのか。
世界が止まる。
感情など理解することもない、異形が。この世界の創世主が降臨していた。
其の白き茨が、彼の胸を……魂を貫いていた。
『汝、不定の徒。我が盤上に、不定は非ず。故に排斥を』
「く……かはっ」
「アテル! 待て、その子は僕の子だ!」
そう、これが末路。
分かり切っていた事なのに、イージアは微かな希望を抱いてしまったのだ。
『理知を幻せし、蒙昧なる駒。汝の願い、届かず。秩序は退けられ、不定は排斥され、混沌の勝利を告げる』
「ダメだ、イージア! こんなところで死んでは……僕を置いて行くな!」
死んでゆく。
イージアの魂が、混沌に蝕まれ──彼は力なくその場に倒れる。
創造神は彼の下へ駆け寄るが、既に彼の身は灰となり消え行き……
「……イージア!」
最期、彼は叫ぶ金色の少女を見た。
彼の瞳は涙に濡れ、意識は途切れ、何も見えない。聞こえない。
「レ、ア……? ロ、ル……」
混濁とした意識の中、彼は呟いた。
愚者はその生涯を終えた。
全ては果たされず。愛を喪い。憎悪もまた、失せてゆく。
これが一人の英雄の末路であった。
かくして、彼の物語は幕を閉じた。




