252. 愛の末路
イージアは無事に始祖の宮殿へと辿り着く。
道中、リンヴァルス帝国の街並みは惨憺たるものだった。
建物は崩れ、魔導車は止まり、街中から光は消え。全ての魔導科学が停滞してしまっている。やはり、魔術法則の異常は世界中に波及しているようだった。
「……イージアか。我が国はご覧の有様だ」
「やはり災厄の仕業か?」
「恐らく。第十二災厄は召喚した。この世界のどこかに居るはずだ」
レアは珍しく微笑一つ見せずに、イージアの瞳を見据えた。
「君はなぜここへ来た?」
「……早くラズアースを倒さなければ、死ぬ者が居る」
「そうだろうね。魔術で延命措置を施している者、魔力を媒介とした生命力を持つ者。彼らは死ぬよ」
イージアの知る未来では、精霊という存在は残存していた。
故に、ここでイージアが出張らなくてもナリアは消えないのかもしれない。しかし、イージアがレアに干渉したことで災厄が召喚される年数がずれ、その未来も変わっているかもしれない。
「さて、お茶でも飲もうか。座り給え」
「レア。そうゆっくりしている暇は……」
「いいかい、イージア。君にはラウンアクロードを討つという使命があるのだろう? 君の出る幕はここではないよ」
それは分かっている。
先程から何度も自分に問い続けていることだ。
今、イージアは災厄を止めに行くと決めた訳ではない。ただ迷っているのだ。
「幼稚だ」
「…………」
レアは佇むイージアに、そう言い放った。
賢しく、冷徹に。彼女は続ける。
「自分が何を為すべきか、明確に理解できていない。君の努力と、君の歩み全てを無為に帰す愚行はやめるんだ。災厄を滅ぼすのは、他の神々に任せておくべきだ。君はまだ……イレギュラーを認めない、この世の支配者たる創世主の恐ろしさを知らないのだろう」
そうだ。
イージアは本当にアテルに心がないのか……確証に至ったことはない。
戦神はアテルを信じるなと言う。レアもアテルを忌み嫌っている。しかし、今までイージアが何度か神転しても、創世主は彼を排除しようとはしなかった。
今でも、レーシャの器を被ったにこやかな笑みが想起されてしまう。あれが模倣された人格だと分かっていても、世界の美しさを教えてくれたのはアテルだった。
「君は知っているのか? 創世主の恐ろしさを」
「ああ、知っているとも。私の目の前で、大切な人が殺された。壊世主よりも余程害悪で、世界の盤面を守る為に、造物以外は徹底的に排除する」
「つまり……君は、私を喪いたくないのか」
彼女は無意識を強引に引きずり出された気がした。
そして、ふと笑う。
「ふふ……当然だ。絶対に喪いたくないんだ。お願いだ……行かないでくれ」
レアの嘲笑にも似た懇願に、イージアは言葉を返す。
「君にとっての私のように。私にも、それくらい大切な友がいて……その友が危機に瀕している。もしも災厄の力によって私が死の淵に立っていたら、君はどうする?」
意地の悪い質問だ。
答えは決まっているようなものなのに、彼はそれを問いただした。
「……無論、止めにいくとも。過去の私ならそうしなかった。見捨てた所為で、愛を蔑ろにした所為で……私は愛する人を喪ったのだから。もしも大切な者が死に瀕しているのなら、命を賭して助けにいくさ。すべてが手遅れになる前に」
「そうか……ありがとう」
ただ、絆を確かめた問答に過ぎなかった。
レアは自分をどのくらい大切に想ってくれているのかと。彼女の絆を問うただけ。
たった一欠片の絆が、イージアの背を押した。
「私は失いたくない。失う可能性があるのなら、止めに行きたい。『鳴帝』でなくとも、英雄でなくともいい。愚者でいい。大切な友を……ナリアを助けたい」
「…………どうしても、君は愛に報いるのだね」
「自分の命は……守り抜く。大切な誰かの命も守り抜く。必ず生きて、再び君と未来を生きよう」
彼は仮面を被り、宮殿の外へと歩んで行った。
レアは彼の背を見つめ……
「もう……守ってもらったんだよ。君は命を懸けて、私を守ってくれた。だから次は──」
ーーーーーーーーーー
ソレイユ離島。
ソレイユ王国の東部に位置する、孤島の魔領である。
今、彼の地では大いなる騒乱が巻き起こっていた。
天空より暴威を振るうは、第十二災厄ラズアース。
外形は形容できたものではない。円方の頭部に、赤黒い瞳孔。額と思われる部位には獰猛な牙が付き、その顔面を巨人の手が鷲掴みにしている。
宙に浮く身体は水のように透き通りながらも、血潮のような紅が混じる。羽のような部位からは人口の世界を思わせる断片の光景が浮かび上がり、時折甲高い声を上げて泣き喚く。
その異形を囲む神々が、莫大な神気を滾らせる。
龍神、創造神、天神。地神と海神は、魔術法則の改変により崩壊した人里を救出している。
「ジャイル、右から鳴動。ゼニア、旋回して後方から神風だ」
創造神は周囲の神々に指令を出し、状況を冷静に見つめていた。
ラズアースが喚く度に魔術法則はすり替わる。故に、魔力には頼れない。
純粋な神気による戦いが必要だ。戦いが長引く程、世界への被害も大きくなる。
「オオオオッ!」
龍神の咆哮が上がる。
龍結界により、ラズアースから発せられた邪気の鳴動が防がれる。同時、ゼニアが後方から翼風を浴びせて一撃離脱。
戦いの余波でソレイユ離島の大地が捲り上がり、溶岩が噴き出る。同時に創造神は元の形を創造し、地形を元に戻す。
この調子で攻撃を続ければ倒せそうに見えるが……そう簡単にはいかない。
災厄は段階的に深化する。つまり、まだ戦いは序盤。
「二者、下がって。『創淵』」
創造神は前面へ出て、ラズアースから放たれた腕のようなものを妨害。
中空に虚空が出現し、腕を引き千切って呑み込んだ。
「……!? ナドランス、後ろだ!」
龍神が創造神ナドランスの名を呼ぶ。
虚空の彼方へ消し飛ばしたかと思われた腕が、創造神の背後に出現していた。
ゼニアはすかさず飛び、創造神を救出する。
「無事ですか」
「うん、視えていなかったよ。そろそろ僕の予知も限界のようだ。指揮をやめて戦闘に参加しよう」
災厄の秩序の因果が高まることで、創造神の未来予知は成立しなくなる。
創造神は人間の器を捨て、本来の姿を取り戻す。顕現したのは、天を衝く大樹。
創造神は自身の根を手足のように操り、ラズアースの身体へ突き刺した。
「──!」
再びラズアースは喚き、魔術法則を改編させる。
この災厄、そこまで強くはない。しかし、魔術改編の影響がどの程度まで変化し、どれほど悪辣に変化するのか。未だ未知数である。
「短期決戦だ、ゆくぞ!」
龍神は咆哮と共に爪牙を振り下ろす。
戦端が円状の部位に吸い込まれる直前、
「!!」
ラズアースは翻る。
その身を巨人の腕の支配から脱し、身体を複数に切り離した。
「これは……!?」
「ジャイル、下がってください!」
離散したラズアースの肉体は、周囲を覆い尽くす。
巨人の腕までもが分解され、周囲に飛び散り──
「二者、僕の傍へ!」
龍神と天神は創造神の下へ退避し、全方位から迫る邪気の波動を防ぐ。
同時、甲高い音が複数鳴動し、
「「「──!」」」
分離されたラズアースの肉体、全てが鳴き声を上げる。
それは魂をも蝕む喚声。確実に神々の力を擦り減らしていく。
「くっ……うるさいな」
創造神が振るった枝により、いくつかの分体が落とされる。
しかし、依然として数はきわめて多い。
そもそも本体がどこにあるのか、皆目見当もつかない。どれかの部位が本体なのだろうが……
「仕方ない。とにかく攻撃を続けよう」
「承知した」
第二形態へと移行したラズアース。
神々は早期に決着をつける為に動き出した。




