251. 友の命終
「……ダイリード」
静かなる楽園に、創造神の重苦しい声が響いた。
ダイリードは主人の異変に気が付く。創造神が直接動かなければならない規模の脅威が迫っている時の声色だ。
「はっ」
「しばらくこの地を離れる。留守を頼むよ」
「承知しました」
創造神が楽園を離れることは滅多にない。
彼は重い腰を上げ、玉座を離れる。
「アルジ! どっか行くのか?」
「ゼロ。そうだね……少し出かけてくるよ。任務はお休みだ。この楽園でじっとしているんだよ。イージアは皆に僕が離れることを伝えておいてくれ」
「ああ」
創造神の背を見送りながら、イージアは考える。
恐らく災厄関連の出来事で出て行くのだろう。
瞬く間に飛んで行った創造神の姿は見えなくなり、彼は青空を見上げた。
(あの方角は……ソレイユの方角か。恐らく其処に、災厄も……)
今回の災厄は直接世界に降臨してしまったらしい。
もっとも、イージアが動くことはない。ただ、いつも通り過ごしていれば良いのだ。
ーーーーーーーーーー
「おはよう。今日から創造神がしばらく楽園を離れるそうだ」
ナリアの研究室に押し入ったイージアは、伝言をナリアに伝えた。
「そうか。どうでもいいな。帰れ」
「そういえば君は八重戦聖の一人らしいな。なぜ引き籠りの癖に強いのか、理解に苦しむが」
「…………」
彼女は答えることなく、黙々と作業を進めていた。
相変わらず何を探求しているのか分からない。時にアーティファクトを量産している時もあれば、時に魔法陣を編んでいる時もある。
「君は何を研究しているんだ? 未だに分からないのだが」
「…………何でもいいだろう」
回答拒否。
普段の罵倒とは違う、明らかな否定が声色に入り混じっていた。
誰しも聞かれたくないことはある。これ以上は深入りしない方がいい。
「くっ……!?」
「……ナリア? どうした?」
その時、ナリアが力なく膝をついた。
同時に彼女の足元の魔法陣が色を失う。周囲の電光が全て光を失い、研究室は闇に閉ざされる。
イージアは火魔法で明かりを点けようと試みるが……
「なぜ明かりが点かない……?」
「はあ……はあ……う……」
「ナリア!? おい、しっかりしろ!」
暗視を用いて、倒れたナリアを担ぎ上げる。
この研究室に何かが起こっている。或いは、この世界に何かが……
ーーーーーーーーーー
ベッドに寝かされたナリアを診て、フェルンネは眉を顰める。
傍ではイージアとウジンが様子を見守っていた。
彼女は全く動かず、安らかに眠っているように見える。脈はあるようだが……
「根源魔力の欠乏ね」
「そう言われてもな。もう少しおっちゃんが分かりやすいように説明してくれ」
「ナリアさんは、生命を維持する為に魔力を消費している。精霊に近い生き方ね」
そもそも、ナリアが何の種族なのか誰も知らなかった。
精霊と言われれば納得できる。契約状態にない者でも、誰もが彼女の姿を見ることができるという点だけ、精霊とは異なる。
「では、魔力を回復させればいいのでは?」
「さっきからしようとしているけれど……できないわ。魔力を注ぎ込む為の法則が壊れている。それだけじゃない。ありとあらゆる魔術法則が、完全に乱れている」
「どういうことだ……?」
ウジンは試しに重魔術を使ってみる。
しかし、事象は発生することなく終わってしまう。それどころか、謎の霧が発生する。
「魔術の因果関係が全て拗れているの。たとえば、魔力を炎に変換するのが炎魔術だけど……炎魔術を発動しても、別の結果が生じてしまう。どの術式の魔術を行使しても、別のランダムな結果が生じる状況が起こっているの。この楽園内限定なのか、世界中で起こっているのかは分からないけれど」
「……恐らく、災厄によるものだ」
第十二災厄、ラズアース。
創造神はラズアースを倒しに楽園を出て行ったのだろう。そして、ラズアースは未だ討たれておらず……世界の魔術法則を改編した。
「どうするよ……?」
「このまま放置しておくと、ナリアさんは消滅する。ナリアさんだけじゃなくて、世界中でもこの現象が起こっているとしたら……全ての精霊も消えてしまうかもしれない」
消滅。オブラートに包まれた言葉だが、それは死と同等の意味を持つ。
イージアはフェルンネの言葉を聞き、動かなければならないと思う。……と同時に、ここで動いては、今までの全てが無駄になるとも思ってしまう。
ただ一人、友が死んでしまうだけだ。友の死。自身の復讐と、世界の守護。
二つを天秤に掛けて──
「……おい、イージア。下手に動けばアテルに消される。分かってるだろ」
出口へ歩む彼の前にウジンが立ち塞がる。
互いに事情を知り、ラウンアクロードへの憎悪を持つからこそ。ウジンはイージアを止めなければならなかった。このままイージアを放っておけば、彼は共鳴を行使してまで災厄を止めにいくかもしれない。
そして、創世主に存在しない筈の神族として排除されるのがオチだ。
「私には……秤に掛けることができない。誰かの命も、自分の宿命も大切だよ」
「お前さんは……本当に馬鹿だな」
「安心してくれ。まずは事実を確認して、慎重に動く。上手くやるさ」
ウジンは横を通り過ぎるイージアを止めることができなかった。
結局、ウジンもまた甘かったのだ。
「レヴィーも使えないわよ。どうやって海を超えるの?」
「……短期的に神転して空を飛ぶ。災厄が出現しているのならば、創世主も私が神気を発しても気が付かない可能性が高い。世界で今何が起こっているのかを確認してから、どうするべきか決めるよ。ここで創世主に殺されるなんてあってはならないからな……」
創世主は常に世界全体を監視している訳ではない。
とりわけ災厄が出現している今は、そこを監視している筈だ。この推論が外れて、災厄が降臨すらしていなかったら……賭けに負けたということになる。
「忘れるなよ。お前さんの敵は……俺と同じだ。それまで、絶対に死ぬな」
「分かっている。私はラウンアクロードを殺すまで、殺されない」
揺るがぬ信念を抱え、彼は楽園を飛び出した。




