250. 強さの終着
ある日、イージアはレアから呼び出され始祖の宮殿へ向かった。
「やあ。今日は仮面を被っているのかい?」
「さっきまで街中を歩いていたからな」
彼は仮面を外し、レアの向かい側に座った。
親しい間柄の者の前では、仮面は外すと決めた。それがフェルンネの前で行った決意と贖罪であったから。
「うん、いい顔だ。顔がいい。目が死んでるけど」
「はあ……よく目が笑ってないと言われるんだ。困ったものだ」
くるくると髪を巻きながら、レアは彼の瞳を見つめた。
濁っている。騎士となって、追い詰められていった末期のアルスに似た目だ。
「あー……まあ、あまり自分を追い詰め過ぎないようにね」
「大丈夫だ。ストレスは君で発散する」
「あのさあ……」
労わってやったというのに、随分な返しだ。
最近はイージアのレアに対する当たりが強い。昔からそれなりに酷かったが。
元気になっていると解釈しておこう……レアはそう思った。
「それで、話とは?」
「ああ。ほら、今世紀分の災厄を召喚しようと思うんだ」
「そういえば、君は一応災厄の御子だったな。この世紀の災厄は……」
イージアは記憶を引き出す。
名前はたしか、ラズアースといった。詳細はアテルから聞いていないので分からないが、それなりに厄介な部類だったはずだ。
「『数多の条理、漏れ出づる混迷。知啓と叡智は無謬へ溶け行き、愚昧なる刃が踊りに踊る。彼の礎は、ただ偏に破滅の舞台』……次なる災厄、ラズアースの予言だ。どんな災厄だと思う?」
「さあ……知啓と叡智は無謬へ……世界中の人間が馬鹿になるんじゃないか?」
「なるほど。イージアが馬鹿になる光景は見てみたいね。いや、もう馬鹿だったかな」
彼女の煽りにはすっかり慣れたのか、イージアは苛立ちをおくびにも出さない。
そのまま問いを重ねた。
「で、私に報告した意味は?」
「いや、別に……ラウンアクロードを追う存在だから、災厄関連に興味があるのかと思って報告しただけだよ」
「私が執心するのは、ラウンアクロードだけだ。他の災厄など勝手に召喚してくれれば良いさ」
レアはアルスが共鳴者の力を行使できるのを知っている。
しかし、彼がラズアースに対して力を使おうとしないのは当然だ。共鳴者の力など使おうものなら、創世主がすぐさま駆けつけてイージアを排除しにかかるだろう。
レアはもう、あんな光景を見るのは御免だった。
「では、勝手に喚ばせてもらうとしよう。はてさて、惨劇が生まれてしまうのか……」
リンヴァルス帝国の始祖として、レアも極力国を守るつもりだ。
無論、自身が災厄の御子だと創世主に気づかれない範囲で。
イージアは、自分は決して災厄戦の表舞台に出ないことを心掛けている。ラウンアクロードとの決戦が控える現状、無駄に存在を露呈させる訳にはいかない。
二人は各々、動ける範囲で動く。そう方針を決めたのだった。
ーーーーーーーーーー
翌日。任務はなし。
家の庭で剣を振り、いつも通りの流れを終える。剣を究めたと言っても過言ではないイージアが、未だに剣を振り続ける理由。それは『上』がいるからだ。
才能には限界がある。しかし、青霧はイージア独自の力。
それを駆使すればまだ見ぬ強者に敵うことも……
「こんにちは、『鳴帝』さん」
「……フェルンネ。その呼び方はやめてくれと言ってるだろう」
強者の一例がやって来た。
八重戦聖が一、『理外の魔女』フェルンネ。剣士と魔導士という点で、強さのベクトルは違うが……実力は彼女の方が上。
「相変わらず棒振りが趣味みたいね。たまには他の武器でも使ってみたら?」
「他の武器か……生憎、触ってみようとも思ったことがないな。一つを究めてすらいないのに、君のような強者に敵う訳がない」
「そう? でも、あなたはもう八重戦聖に入ってるじゃない」
「……ん?」
その時、イージアは幻聴が聞こえた気がして、もう一度聞き直した。
「今、なんて言った?」
「あら、もしかして知らないの? もうグラネアには『鳴帝』の称号が刻まれてるけど。それとも、他に『鳴帝』が居るの?」
自分が八重戦聖に。
それは、イージアにとって見上げても見上げても先が見えなかった場所へ辿り着いたことを示す。
同時に疑問に思う。自分は本当にそこまで強いのだろうか……と。
「知らなかった。君にも惨敗する様だからな」
「相性の問題じゃない? まあ、もしかしたら他の八重戦聖には勝てるかも」
いくら強くても、実力には一長一短がある。
フェルンネとは相性が悪い。ただそれだけの事実で片付けたくないというのが、彼のプライドによる本音だった。
「……ここで一戦、試しても良いか? もしかしたら今なら勝てるかもしれない」
「へえ……思い上がりね。叩きのめしてあげるわ」
イージアは再び彼女に挑んでみる。
彼女とサーラライト国で戦ったのはおよそ二十年前。あの時は実質的な敗北を喫したが、今ならば或いは。
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「……参った」
結果は惨敗である。イージアの知らない理外魔術が多すぎる。
知っている魔術が飛んで来ても、あらゆる手段でフェルンネはそれを命中させてくる。対魔導士戦という範疇には収まらない。
もはや魔物を相手にしている感覚に近い。こんな感想を正直に言えば、フェルンネに怒られるので言わないが。
「うーん、弱い。これじゃあ他の八重戦聖にも勝てないわね」
神魔鎖で縛られたイージア。
特にこの技が厄介なのだ。神転しても拘束が解けないとはどういうことなのか。たしかに神族であるイージアとは相性が悪い。
「『破滅』には勝てないでしょうね。『始祖』は会ったことないから分からないけど……たぶん勝てない。『魔族王』は……いけるかも」
そもそも、イージアはこの時代のグラネアを見たことが無い。
故に、この時代の八重戦聖が誰なのかも知らない。あまり興味がないので見ていないだけだ。
「そういえば、ナリアさんとは戦ったことあるの?」
「……? なぜナリアが出てくる?」
「だって……彼女も八重戦聖の一人、『錬象』のナリアじゃない」
「あの癇癪持ちで、引き籠りが……!?」
考えてみれば、あの少女はずっと楽園に居る。
これまでの経歴が一切合切不明で、何をしているのかもよく分からない。
謎の多い者ほど、何かを多く秘めている。ナリアもまた強さを秘めていた。
「随分な言いようね……ナリアさんに伝えておくわ」
「やめてくれ……」
魔道具が修理してもらえなくなる。
ついでに、便利なアーティファクトが貸してもらえなくなる。
「……あと、そろそろ拘束を解いてくれ」
イージアいつまでも逆さで吊り下げられていた。
定期的に神転しては人の身に戻っているので、頭に血が上ることはないが。
「どうしようかな。もしかしたら、また拘束を解いた瞬間に斬ろうとしてくるかもしれないし」
サーラライト国での一件をまだ根に持たれている。あれは全面的にイージアが悪い。自覚はしていた。
フェルンネはイージアの傍に歩み寄り、鎖を揺らした。
「どうしようかな~?」
明らかに煽られているようだ。レアに煽られるのはまだ良いが、フェルンネにまで挑発されるとは思わなかった。
イージアは腹に据えかねて、言うまいと思っていた事実で反撃する。
「……スカートが短い」
「は?」
「こう吊られていると、何だ……その……傍に立たれると、見える」
「ッ!?」
その日、鎖に一日中吊るされた男が楽園で目撃された。




