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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
11章 終わりを告げる時
258/581

247. 未来の萌芽

 一人の少女が、城の尖塔の上に立った。その場所は、いつも彼女が国を見渡していた場所だった。

 エメラルドの瞳には、強き意志が宿されている。


『全てを滅ぼす……俺こそ、破滅を齎す者』


 天より声が響く。

 黒き雨は止まずに振り続け、なおも激しさを増す。


受贈(リンヴル)──萌神イオロメンテ。錫杖槍『春霞』」


 アリスが握るは、一本の槍。

 先程まで風化していた『春霞』だが、今は眩い輝きを放っている。


『忌まわしきサーラライトの血……今こそ滅する時』


 殺意が大気に満ちている。

 常では到底体感できない空気だ。アリスの下へ黒き雨が集結し、暴風が吹き荒れた。


「私の名は、アリス・ル・ラフィリース! サーラライトの王女にして、創造神に仕えし者。今、大いなる暗黒を打ち払い……『黎触の団』との因縁に終止符を打ちます!」


 『春霞』を翳す。

 迫る雨が浄化され、次々に清浄なる空気が満ちてゆく。


『我らの悲願……必ず果たす。邪魔をするな……!』


 アリスは天へ向けて『春霞』を振る。

 新緑の風が彼方まで吹き荒れ、暗黒の一部を掻き消した。しかし、まだ足りない。森中を覆い尽くす暗黒を払うには、まだ──


「──『調律共振』」


 ふと、アリスの身を温かい何かが包み込んだ。

 魔力が大量に流れ込んでいるのだ。

 『接続』の神能。イージアのものだ。


「アリス、心配はいらない。全力で力を振り絞るんだ」


 イージアが魔力を供給してくれている。

 神器といえども、使い手の力によって性能は大きく左右されることを、他ならぬ神器の使い手であるイージアは知っていた。

 故に、アリスに希望を託す。


「……ありがとうございます」


 アリスは暗黒から目を逸らさず、更に一歩踏み込んだ。

 内側から次々と力を引き出す。あらゆる気の奔流が、彼女の深奥から放出される。

 過剰な魔力の行使に全身が悲鳴を上げ、激痛が走るが……決して止まることはない。


「大いなる萌芽、我が名はサーラライト。邪を払いなさい」


 オーラに身を包み、邁進する。

 己を蝕まんとする黎の力を払い、ひたすらに。

 自らの中で何かが弾けてゆく感覚にアリスは沈む。苦痛に耽溺する己を叱咤し、意識を保つ。


「『復元瞳孔』!」


 彼女の後ろから、リグスは視線を彼女に送った。

 ただの激励の眼差しではない。実際に治癒効果を伴う、『領域』の神能である。

 身体が軽くなったアリスは仲間の援護に感謝した。きっと、一人ではここまで抗えなかったのだから。


『何故……倒れぬ……何故……』


「はぁああっ!」


 『春霞』の大いなる一撃が天に放たれる。

 新緑の風が、暗黒の風雨を薙ぎ払う。神気の波動が国中を包み込まんと、彼方へ彼方へ波の如く。


『馬鹿な……俺こそ、俺こそが……!』


 地上から迫る萌芽の風。

 『黎触の試練』と化したムロクは、自らの暗黒が易々と吹き飛ばされる光景に──


『俺、は……』


 暗黒の天を穿った『春霞』。

 穴から顔を覗かせたのは遥かなる青空。暗黒に生命力を奪われていた木々が再び色を取り戻す。

 そして次々に萌芽の風が吹き荒れ、闇を払い──


「これで……やっと……」


 暖かな陽の光を眺めながら、アリスは意識を手放した。


       ーーーーーーーーーー


 さわやかな風を頬に浴びて、アリスは目を覚ました。

 窓から吹き込んだそよ風が心地良い。


「ここ、は……」


「アリス様……! よかった、どこも痛みませんか?」


 傍にはリグスが座っていた。

 彼女は主人の目覚めに飛びつき、心配そうに体の調子をたしかめた。


「ふふ……神能を使うなんて大袈裟ですよ。大丈夫、どこも痛みません」


 彼女の治癒の瞳を遮り、アリスは微笑む。

 ここはアリスが城を出る前に使っていた自室のようだった。一体どれくらい眠っていたのか。


「『黎触の団』はどうなりましたか?」


「無事に片付きましたよ。『黎触の王』もアリス様のおかげで払われました。まあ、数名逃がした団員が居るのは面倒ですが……もう大丈夫です」


「そうですか。よかった……」


 もしかしたらまだ『黎触の団』との戦いが続いているのではないか。そう思ったアリスだったが杞憂だったようだ。

 アリスはすぐにベッドから出て、扉に手をかけた。


「アリス様……もう歩いても大丈夫なのですか?」


「相変わらずリグスは心配症ですね? 早く皆さんに元気な姿を見せてあげたいのです。さあ、行きますよ」


「はっ!」


 リグスはいつも通り、気丈な返事を返してアリスに続くのだった。


           ーーーーーーーーーー


 大霊の森、神域に沿った森の影にて。

 木の洞に、暗い黒が蟠っていた。


『…………』


 今、其は動かない。動く事ができない。

 あまりに力を失い過ぎてしまったのだ。『春霞』に払われ、またしても黎の一族は萌神に屈辱を味わわされた。

 今は動けない。しかし、必ず再起の時は来る。ここで力を再度蓄積し、反逆の狼煙を上げる。

 其……『黎触の王』ムロクは決意し、木の洞に身を潜め──


「──こんにちは。『黎触の王』、ムロク」


 その時、声が響いた。

 誰もこの森には居る筈がない。ましてやその黒い靄がムロクだと知る者など……


『……何者、か』


 僅かな力を振り絞り、ムロクは答えた。

 木々の合間から現れたのは、白い髪の男。


「僕はAT。リフォル教の教皇だ……一応ね」


 リフォル教。

 長らく『黎触の団』と相克し、妨害し合ってきた勢力。

 リフォル教がこの森で魔神を降臨させたことは知っている。それを利用して『黎触の団』は攻撃を仕掛けたのだから。

 しかし、何故教皇がここに居る。なぜこの男は自分の正体を知っている。何故、何故……ムロクの精神が問い続ける中、ATは言葉を紡ぐ。


「良かった、彼らが『黎触の団』を潰してくれて。君たちは世界を滅ぼそうとしているらしいけど……正直、目障りだったよ。世界を滅ぼすなど、愚劣極まりない。無知こそ幻想を見せるのだろう。世界など災厄でもなければ滅ぼせないというのに」


『何を……しに来た……』


 滔々と語り続けるATに、ムロクは痺れを切らす。

 潰されるか、利用されるか。或いは──


「単純なこと。完全に君を潰しに来たのさ。利用するつもりも、遊ぶつもりも、踊るつもりもない。生まれた時から、君たちの存在は誤っていた。幻想を見続けて、馬鹿らしく踊ってきた。あまりに無様で……僕は笑うことすらできなかった。秩序の駒に翻弄された、哀れなる混沌の駒よ。僕が君の夢を終わらせる」


 ATは訳の分からない語りを続けた後に、そっと暗黒に触れた。

 ムロクは霧散していく。最期、暖かい何かに包まれながら。


「……ジリーマ」


「はっ、ここに」


 ムロクの消滅を確認した後、ATは部下の名を呼ぶ。

 木の陰から姿を現したのは、『黎触の矢』、ムスカと名乗っていた男。


「念の為、この森に『黎触の団』の残党が残っていないかを確認してくれ」


「承知しました」


 去りゆくジリーマを見送り、ATは空を見上げる。

 美しい木漏れ日が彼の眼窩に焼き付いた。



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