241. 全てが遅かった
イージアとフェルンネは隠し通路を戻り、城に出る。
まずはどこへ向かうべきか。
「フェルンネ。『黎触の王』はどこに?」
「王様は中央街から……城の正面から進軍する手筈になってるわ。他の幹部はレヴィーの襲撃、郊外の襲撃、周囲の森の包囲を担当してる」
「分かった。私は『黎触の王』の下へ向かおう」
彼は戦っている仲間が心配なのか、フェルンネの返事を待つことなく駆け出して行った。
彼女が向かう先は、飛空艇レヴィー。例の箇所は『黎触の駒』ロンドが担当している。彼は頭の切れが良く、敵に回すと極めて厄介な存在だ。しかし、まだフェルンネを仲間だと思い込んでいる彼ならば、不意をついて容易に制圧できるだろう。
もはや『黎触の団』の敵となることを、彼女は気にも留めていなかった。
やはり、どこまで行っても『理外の魔女』という存在は虚構に過ぎないのだ。かつてユリーチとして生きていた頃を思い出せば、自分は決して『黎触の団』のような悪しき組織と与することを善しとはしなかっただろう。
今一度、彼女は己の正義を取り戻そうとしていた。
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進撃を続ける『黎触の王』。
彼の道に立ち塞がる者は、全てが斬り伏せられ……もはや何者にも彼の歩みは止められない。彼の足元にはたった今斬り伏せた少女の死体が転がっていた。
「……そこを退け、雑兵が」
目の前に一人の少年が降り立った。
水色の髪と瞳。彼は濁った瞳でムロクの足元を見つめた。
「…………」
イージアは久しぶりにその感覚を味わった。喪失感。
もう二度と味わいたくないと、誰かと深く関わることを拒絶してきた。しかし、彼の心には深々と傷が抉られる。
「アリス……」
「退けと、言っておる」
黒き大剣を正面から往なし、彼はムロクを吹き飛ばす。
「……分かっていた。こうなることは、分かっていたんだ」
深く誰かを愛するほど、喪った時の悲しみもまた大きくなる。
だから彼は仮面を被り、愛を拒んできた。だというのに──
「──怒りだ。『黎触の王』よ……私は君に怒りを感じてしまう。決して許しはしないと」
「力ある者のみが生き残る。それが世界の定め。お前が何を喚こうが、弱者であれば意味はない」
再び黒き力が天に満ちる。
空から滴り落ちる黒い雨が大地を濡らす。
「『黎天ゲミノルム』……」
躊躇わずに神転したイージアは、目にも止まらぬ速さで神剣を振り抜く。
「ぬうっ……!?」
ムロクの瞳に驚愕が宿る。
黎の力を纏った大剣が、攻撃が掠っただけで傷を付けられた。この男は只者ではない。
「何奴だ……!」
「彗嵐の撃──『覇王閃・参』」
もはやイージアに言葉は届いていない。ただ目の前の『黎触の王』を殺すことだけが彼の原動力だった。
桁外れの威力を誇る斬撃がムロクへ飛ぶ。大剣で斬撃を受け止めるも、ムロクは防ぎ切ることが不可能だと判断。防御を放棄して回避、そして斬られた大剣を黎の力で再生する。背後より迫ったイージアの光刃をさらに破壊。
その一連の動作を終えた時、既にイージアは消えていた。
「『青霧覆滅』」
背後、晴天があった。
晴れ晴れとした空が自分に近づいている。ムロクの思考が混乱のあまり停滞するが、僅かに遅れてそれが攻撃だと気付く。
「『黎天零落』!」
天にあった黒き力を全て地に堕とし、自身の盾として展開。
絶対的、完全な防御。しかし青霧の前では黎の力までもが易々と突破されていく。
「馬鹿な、この力が……!?」
「消えろ」
結界を破り、青き霧からイージアが飛び出す。
彼の神剣は迷うことなくムロクの懐へ吸い込まれ、
「『黎触の矢』よ」
刹那、イージアの下へ黒き矢が飛来する。
咄嗟に彼は回避行動を取り、ムロクへ刃を届かせることは敵わなかった。
「ふむ、間に合ったか」
「君は……ジリーマ!? 何故……」
『黎触の矢』、ムスカの機転によりイージアの攻撃は防がれた。
もっとも、ムスカもムロクを助けるかどうかの判断には迷った。しかし周囲の団員の目がある以上、ここで助けなければ疑われてしまう。
「余所見はいけませんね、ほら」
「ッ!?」
背後から痺れるような痛みがあった。
イージアの神転が解除される。
「これ、は……」
「屠神の邪毒。びっくりしたでしょう?」
一人の男が愉快そうに笑いながら彼の背後に立っていた。普段のイージアであれば敵の接近を感知していたが、今はジリーマの裏切りに衝撃を受け、気配の察知を疎かにしていた。
振るわれた神剣を回避しながら、彼は優雅に一礼する。
「そういえば、初めまして……でしょうか。私は『黎触の駒』、ロンド・デウム。以後お見知りおきを。……あ、でも貴方もう死んじゃいますね? 神をも殺す毒ですから……ダイリードさんとウジンさんも死にましたよ、それで」
四面楚歌。
彼は神転を封じられ、周囲を敵に囲まれていた。ジリーマは敵だった。最悪な状況に頭を抱えつつも、彼はこの場を脱する方法を考える。
逃げられはしない。勝つしかない。一つ、手段があるとすれば……
「どうせ死ぬのならば……」
イージアは魂の深奥に触れる。
共鳴。災厄以外に行使すれば魂が消滅して死に至るが、このまま待っていても死んでしまう。ならば少しでも敵を倒してから……
──駄目だ。共鳴を使えば、『黎触の団』だけではなくサーラライトの国までをも消し飛ばしてしまう。
「下せ、『黎天』」
ムロクは自分を追い詰めた危険因子を排除せんと、イージアが考える間にも手を休めない。暗黒の槍が天より降り注ぐ。毒を受けて弱ったイージアは回避し切れない。
「くっ……」
身体を暗黒に貫かれ、彼はその場に力なく倒れる。
意識が眩む。本物の死が迫っている。魂が叫び声を上げ、今にも崩壊せんとしている。
「まだ、私は……奴を、殺さねば……!」
今わの際に思い出す光景は、惨憺たる世界の崩壊だった。
まだ仇敵を殺していない。ラウンアクロードを殺すまで死ぬことはできない。許されない。
「貴方の滾る殺意は認めましょう。しかし、惜しかったですね。個の力だけでは勝てないのです。我ら『黎触の団』は連携し、神の使いに打ち勝ったのです」
「イージアッ!」
叫び声が聞こえた。
誰かが迫って来ている。しかし、イージアにはそれが誰なのか分からない。視界がホログラムの様に歪み、魂が崩壊していく。
そして──
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「……遅かった」
フェルンネは神気になって散りゆくイージアを目撃する。
間に合わなかったのだ。
「賢者よ。お前には隠し通路の見張りを頼んでいたはずだ。なぜここへ来た?」
ムロクの問いかけに応えず、彼女は立ち尽くす。彼を失うなど、あってはならない。
彼と共に……友と生きると決意したのだ。彼女の意志は固かった。
自分は恐怖していた。これから自分が為そうとしている事に。
他の団員の怪訝な視線を受けながらも、彼女は一歩進み出る。
「──『次元遡行』」
「な、なんだこれは……!?」
世界が剥がれ落ちる。
驚愕と共に周囲の者らの動きが止まる。続いて、大気の流れが止まる。
色が抜け落ち、ただ一人……フェルンネのみが色彩を帯びて世界に立つ。
「次に会う時……アルス。あなたのことを忘れていないといいな」
時間遡行。何かの記憶を代償としなければならない。
また一つ、彼女は本当の自分を欠落する。でも、それで良い。
「必ず、私が未来を変えて見せるから……」
そして、『理外の魔女』は世界を置き去りにした。




