240. 生きて
打ち破られた魔導士の駒。
残るはロンドと、兵士の駒のみ。状況が好転したが、ダイリードとウジンが油断をすることはない。
「──絶対重力」
魔導士の重魔術はもはや警戒する必要がない。ウジンは再びレヴィー内に神定法則を展開した。
ロンドと兵士の駒は姿勢を低くし、動きの速度を鈍らせる。いくら過重力下での経験を積まれているとはいえ、ロンド達の動きが鈍くなるのは変わりない。
「ふ……クククッ」
苦しい姿勢を取りながらも、ロンドは不気味に笑う。
前傾になってダイリードに斬り込んだ。
「遅い……!」
ダイリードの拳がロンドの攻撃を弾き返す。彼の背後に迫る兵士の駒の剣を、ウジンが即座に防ぐ。
ロンドの後退を防ぐようにダイリードが作り出した土壁。彼は土壁を敢えて砕き、自身の周囲に石礫を振り撒く。
「チッ……邪魔くせえ」
「邪魔、では済みませんよ。たった一瞬……刹那が勝負を分ける」
目くらましが炸裂する中、ウジンはロンドの姿を見失う。
この絶対重力下では、そこまで速く動けないはず。一体どこへ消えたのか……
「屠神の邪毒……」
「がっ……!?」
背後。ウジンの背後から、ロンドの短刀が突き刺されていた。
ロンドは即座に刃を抜き、ウジンの反撃を回避。
「ウジン!」
「……大丈夫だ。だが、背後に回れるほどの時間はなかったはずだ。お前……なぜ絶対重力の影響を受けていない!?」
「手の内をむざむざ明かすとお思いですか? ああ、死んだ後になら教えてあげますよ。私は紳士ですから」
ロンドの動きは、まるで神定法則の影響を受けていないようだった。
身体に鋭敏な痛みが巡る。毒が巡っている。ウジンは神転して毒の解除を試みる。
「ぐ……ッ!?」
──神転ができない。神気を魂から引き出そうとした矢先、それが遮られる。
「好奇心は猫を殺す。相手の力量を見定めながら戦おうなんて真似をするから、死んでしまうんですよ。勝負は常に全力で、相手を殺す為に。神族は不死でしょうが、殺せないと誰が決めた? ほら、ウジンさん……あなたはもう再生できない。死を待つのみだ」
ロンドは事前に神族を殺す為の毒を賢者に作ってもらっていた。
魔族を殺す為の毒と、神族を殺す為の毒。それが彼の秘密兵器だった。ただ一撃を浴びせる為だけに、ありとあらゆる手段を利用する。これまでの彼の戦いはその軌跡。
「兵士君!」
彼は兵士の駒に命令を下す。
駒が剣を振った先はダイリードでもウジンでもなく、壁に取り付けられたレヴィーの装置。
「なっ……!」
ダイリードは咄嗟に兵士の駒の前へと出て、その一撃を防ぐ。
「どういうつもりだ……!」
「どういうつもりって……ええ? そりゃ、貴方の気を奪う為でしょう」
間隙を縫い、ロンドは無数の刃を投擲した。
一刀でも当たればそれでいい。神殺しの毒を仕込めば勝ちなのだから。ここが彼にとっての正念場であった。
「──命中。フフッ……ハハハッ!」
甲高い哄笑が響く。毒牙はダイリードの腕に突き刺さる。ロンドの胸中にあった勝利への確信、それは今現実となった。
「不味いな……ダイリード、逃げるぞ!」
「ウジン、汝はナリアを探しに行け! 奴ならば、毒も治せるやもしれん!」
ダイリードはウジンの逃げ道を確保するように立ち塞がる。まだ希望を捨てた訳ではない。
ナリアは全ての物質の構造に精通している。解毒法も知っている可能性が高い。
「逃がすとお思いですか? 兵士君、彼を追いなさい。敵に背を向けるとは愚の骨頂」
駒はウジンを追い、レヴィーの船外へ駆け出していく。
毒が回りつつある。ダイリードの魂が毒に侵されるのも時間の問題だろう。
「よくも……このような外道の戦いを……!」
彼の言葉を受けたロンドは思わず吹き出してしまう。
清廉潔白な神の使いとは、あまりに価値観が違いすぎるのだ。
「げ、げ、外道っ……! ハハハッ! ダイリードさん、戦いに正道も邪道も外道も上道もありはしませんよ! そんな私情を持ち込むから死ぬんです、貴方は!」
遅延さえしていればロンドの勝ちだ。それを理解した上で、彼は自らの信念を語り続ける。
「ねえねえ、どうして巨大な獣にならなかったんですか? レヴィーが壊れてしまうかもしれないから? 一刻でも早く創造神の下へ帰りたいから?」
「貴様……!」
ダイリードの拳が振るわれる。
歴戦の戦士である彼の拳も、毒に弱った今では鈍い。ロンドは彼の腕を蹴って跳躍し、付近にあった装置を蹴り壊した。
「戦いで何より重要なのは、相手を殺すことのみ! 私情を挟み、全力を出さないなんてもっての外です。壊れたものがあるのなら、後から直せばいい。戦場では全身全霊で相手を殺す為の策を練るべきだ……何度俺はその考えに命を拾われたことか! 殺さなきゃ、殺される! それが戦場でしょう!? 貴方のような甘ったれを見ると吐き気がするんですよ……」
毒が回る、巡る。
何とか毒を遅らせようとするも、ダイリードは力なく膝をつく。
「ぐ、ぅ……主よ……」
「甘いから、死ぬ。馬鹿だから、死ぬ。感情を持つから、死ぬ! さようなら、ダイリードさん。借りは返しましたよ……」
意識が途切れる。
ダイリードの巨大な体躯は地に斃れ、神気となって霧散していく。それは一柱の神族の死。世界においては、きわめて類稀なる死であった。
「ハ……ハハハハハハッ! ああ、勝った! 勝ちました! 圧勝、完勝、大勝利ッ! やはり勝利にこそ価値がある! 勝てば官軍、負ければ賊軍! 最ッッ高ッ!」
勝利に酔い、『黎触の駒』は愉悦する。
同刻。ウジン・サファイもまた毒に侵され、その魂の終焉を迎えた。
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「サーラ!」
「あい、『相互転移』!」
戦場を自在に駆け巡り、ゼロとサーラは『女王の駒』と交戦を続ける。
その様子を『黎触の矢』ムスカは黙して眺めていた。長年戦い続けている魔族だけあって、素晴らしい連携だ。ムスカは彼らに感心しつつ、撤退する頃合いを見極めていた。
「油断すんなよ、オッサン!」
ゼロの斬撃が彼の眼前に迫る。
ムスカは瞬時に躱し、女王の駒の陰に隠れる。
「さっきから逃げてばっか……やる気あんの?」
「ううむ……やる気はない。女王の駒の相手をしているが良い」
『女王の駒』は、オールラウンダーな特性を持つ。完全学習した『兵士の駒』ほどではないが、他を除けば最高峰の性能を有する。なぜロンドが彼にそんな代物を渡したのかは疑問が残るが、おそらく作戦に必要ないのだろう。
「ゼロ、仕掛けるよ!」
「任せろ!」
サーラが凄まじい魔力を発する。彼女の特徴は、爆発力。一気に蓄積した魔力を解放することで勝負を決める。水の渦がムスカと『女王の駒』の周囲を取り囲んだ。
ゼロは渦の中央に飛び込み、純粋な魔力を宿した一刀を振るう。広範囲にわたり衝撃を巻き起こす彼の剣技からは逃れられない。渦が疑似的な籠となり、対象を逃がさないのだ。
「絶対渦巻爆裂剣!」
水のカーテンが天高く舞い上がる。
滝のように水が落ち、そこに残ったのは……
「ハイ、隙ありと」
凶刃が、ゼロとサーラに浴びせられた。
水の幕が払われる。残ったのは、ムスカ、ゼロ、サーラ。『女王の駒』は黒き破片となって砕かれた。
「困りますよ、ムスカ。小生のとっておきを壊すなんて」
「お前は……ッ!?」
ゼロが突如として現れた男に驚愕する矢先、苦悶の表情を浮かべる。サーラもまた、自身の身体に起こった異変を感じ取っていた。
「やば……ゼロ、逃げなきゃ!」
「だから、どうして逃げようとするのです? いや、退路を予め確保してるなら良いんですけどね……自分達が逃げる破目に陥るなんて想定していなかったでしょう?」
二人に魔族特攻の毒を仕込んだ男……ロンドは呆れたように溜息をつく。ムスカは想定外の男の乱入に頭を抱える。元々ゼロとサーラを殺すつもりはなかった。寧ろムスカは創造神の使い達には『黎触の団』を倒すことを期待していたのだが……
「ロンドよ、飛空艇の制圧は終わったのか?」
「ええ。ダイリードさんと、ウジンさんは殺しました。これで四匹目ですね」
「なっ……ダイリードが負けるなんてあり得ねえ!」
ゼロは信じがたい事実に反論する。神族は死なない。
しかし、その時ふと思う。不死の魔族である自分は今、死に至ろうとしている。ならばダイリードが死んでもおかしくないのではないだろうか……と。
「まあ、そう思い込んで死んでいった方が良いんじゃないですか? というか、ウジンさんは負けると思われてたんですね……かわいそ」
「ゼロ、はやくっ……逃げ、ないと……」
サーラはゼロの手を引くが、彼の足は動かない。
このままでは間違いなく死ぬ。
「逃がしませんよ。退路はない。死んでください」
ロンドは二発目の毒を宿した刃で、二人を斬り裂いた。
二人は断末魔を上げることもなく邪気となって霧散する。
「フフ……アハハ! また勝ちだぁ! ……ま、強者の神族に比べれば感慨はないですけどね」
「…………」
「おや、どうしたんです? 早く陛下の下へ行きますよ」
黙り込むムスカに首を傾げるロンドだったが、気に留めずにムロクの下へ急ぐ。
ムスカはどうしたものかと考え込むが、今は様子を静観することに決めた。




