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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
11章 終わりを告げる時
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238. 友断の罪過

 沈黙が流れた。

 フェルンネの目には、この世界に存在しない筈の少年の姿が映っていた。


「アルス……?」


 彼女がその名前を呟いた瞬間、イージアの疑惑が確信へと変わった。

 まったくユリーチとは姿の違う少女。たった数個の関連でフェルンネはユリーチであると決めつけるなど、狂気を疑われてもおかしくはない。これは一種の賭けでもあった。


「どうして……あなたがいるの……?」


 フェルンネの質問をそっくりそのままイージアは返したかった。

 しかし今は素直に質問に答えることにする。

 

「……私は未来から来た。私がアルスとして暮らしていた未来は滅ぼされ、世界を滅ぼした存在を討つ為に過去へと飛んだ」


 フェルンネは呆然と彼の言葉を聞いていた。

 世界が滅ぶ。それはあまりに衝撃的な事実で、信じがたい。もしかしたら、自分は幻覚の魔術を見せられているのかもしれない。疑いを抱きながらも、彼女は自分を確かめようとする。


 フェルンネの姿が光に包まれる。

 そこにあったのは、赤い髪の少女。しかし、イージアの記憶にあるユリーチとは違う。年齢がまだ十歳を少しばかり過ぎた程度の姿だ。

 フェルンネは記憶にあるユリーチの姿を再現した。しかし、それが正しいのかどうかは分からない。


「ねえ……ねえ、アルス。私は……ユリーチの姿はこれで正しいの?」


 イージアには彼女の質問の意図が分からなかった。


「……私の記憶にあるユリーチは、もう少し年上だ。しかし子供時代の君はその姿だったと思う」


 フェルンネの記憶にあるアルスもまた、目の前の少年よりも幼かった。

 おそらく二人は過去へと飛んだ時間が違う。アルスはユリーチが過去へ飛んだ数年後に、過去へ来た。


「そう……」


 不確かなイージアの返答にユリーチは顔を曇らせる。自分が本当にユリーチの姿を再現できているのか、記憶にあるユリーチの姿は正しいのかを確かめることはできなかった。

 彼女は躊躇いながらも、フェルンネの姿へ戻る。


「君はなぜ過去へ?」


「……とある怪物の力に巻き込まれたの。この姿は……偶然手に入れたもの」


 フェルンネは回答を濁す。

 自分が時間を遡れることは伝えたくなかった。自分がユリーチとしての記憶を欠落していることもまた。

 記憶を代償として過去へ飛ぶことができる。その力を羨む者もいるかもしれないが、少なくともアルスは哀れむだろうから。


「そうか……」


 イージアの鎖はフェルンネが無意識の内に解いていた。

 僥倖だ。一度は敗北したかに思われたが、機会が降り注いだ以上、それを無碍にはできない。

 彼は再び神剣を取る。


「……悲しくなるな。どうして私は……かつて幸せを共にした者を斬らねばならない……」


 何度、絆を育んだ者を斬ってしまったのか。

 また新たに……彼はかつての友を斬らねばならなかった。


 切っ先を向けられたフェルンネは立ち尽くした。

 目の前の彼にはまだ、かつて友であった自分を斬ってでも果たさなければならない使命がある。或いは、今の彼にとって友人などその程度の価値しか持っていなかったのか。


「彗嵐の撃──」


 爆発的な魔力の奔流が渦巻く。フェルンネの眼には、たしかにアルスがかつて扱っていた剣術の名残が映っていた。


 今、両者の絆は絶やされる。

 彼が刃を振り抜いた瞬間、全ての情意を終わらせる時が来る。


 そして、時は来た。


「──『覇王閃・弐』」


 拘束されていた最中でも蓄積させていた魔力を宿し、イージアは渾身の一撃を放つ。

 これまで彼が見せた技とは一線を画す、無比なる一撃。剣閃は嵐の如くフェルンネへと迫り──


「……ッ」


 直前で、イージアは踏みとどまる。

 魔女は動かなかった。動くつもりなどなかった。



 ただ瞳から涙を流し、彼女はその場に立っている。

 終わりを待っていたのだ。未来に生きていた二人が、邂逅し得ない因果を超えて巡り合った。それは彼女にとって福音であったに違いない。死の宣告という福音であった。

 かつての自分を欠落する日々に怯え、毎日自分の存在を確かめる。誰かの為に積み重ねた努力は、悪しき者の手によって改変される。もはや自分が何の為に生きているのか分からなかった。


 自分の命が、かつて光を与えてくれた友の為に潰えるのなら。

 それで構わないと。


「…………」


 イージアはフェルンネの涙を見て、ようやく自分の過ちに気が付く。

 自分は彼女の心を傷付けてしまった。彼女は最初から戦いを続けるつもりなどなかった。イージアがアルスだと知った時点で、手を取り合うつもりだったのかもしれない。



 しかし、自分は剣を向けてしまった。

 それは明確な殺意の表現であり、友の絆を断ち切ることと同義で。


 彼が断ってしまったのは、フェルンネの命ではなくユリーチとの絆だった。


                                       ----------


 【悪霊】の眠る遺跡の前で、ナリアは『黎触の衣』ジュッケと相対していた。

 どうやらサーラライトの国には『黎触の団』が襲来し、遺跡で調べものをしている暇などないようだった。


「ねえお姉さん、これ見てよ!」


 空を舞うは、黒き竜騎士。ロンドの駒だ。

 ジュッケは新しい玩具を貰った子供のようにはしゃぎ、笑顔を浮かべた。


「お姉さんで試してみるね! 『竜騎士』、攻撃だ!」


「お前と遊んでいる暇はないと言った筈だ。アーティファクト、オーオー」


 翡翠の閃光が森に舞う。閃光は竜騎士の槍を切断し、ナリアの下へ戻る。

 ナリアのアーティファクト、『オーオー』は自由自在な変形を可能とする。時に戦闘機に、時にブレードに、時にシールドに。


「ははっ、すごいや! じゃあこれはどうかな……『黎触の衣』」


 ジュッケが黒き波動を発する。ジュッケと竜騎士を波動が包み込む。

 『黎触の衣』は黎の力を身に纏い、外部のあらゆる攻撃を防ぐ。イージアが纏う青霧ほど超常的な守りではないが、殆どの攻撃は防ぐことができる。また、青霧とは異なり常に展開が可能な結界だ。


「黎の力はとうに分析済みだ。『黎触の試練』を耐え抜いたのは貴様らだけではない。遡源耐狂(ルアーティト)


 ナリアは分解と構築を力の根源とする。

 事象を分解するには、物質がいかなる構成で成り立っているのかを知っていなければならない。構築もまた然り。

 黎の力は邪気から形成されている。『黎触の試練』によって人間に適応した黎の力。それは混沌の因果と混ざり合い、独自の属性として『黎触の団』に受け継がれた。

 彼女は邪気と混沌の力を分離する。邪気は霧散し、混沌の力は世界へと還元され、ジュッケ達が纏っていた『黎触の衣』は消滅する。


「え……えっ?」


「戸惑っている暇があるのか? 切り刻め、オーオー」


 再び緑閃が舞う。

 宙を舞っていた『竜騎士の駒』は瞬くに粉々に切り刻まれた。


「う……うそだ! ボクの衣が破られるなんて……お前、何者だよ……!?」


 もはや平静を保つことすら出来ないジュッケを憐れみながら、ナリアは告げる。


「戦場で言葉をのうのうと紡ぐのは関心せんな。そんな油断をしているから……」


「ぐっ!?」


 ジュッケの背から刃が突き出ている。矮小な身体から血が溢れ出る。

 ナリアの姿が消えた。

 いや、違う。ジュッケは今になって気が付く。今まで自分が見ていた者は……


「残像……?」


「冥土の土産に教えてやろう。私は八重戦聖が一、『錬象』。挑む相手はよく見極めることだな……あの世で死の経験を活かすがいい」


 あまりの力量差に、ジュッケは思考を放棄する。

 悲しむことすらなく、彼は絶命した。


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