235. 明暗のバイオリズム
『黎触の王』、ムロクは黒き大剣をアリスへ向ける。
「我が黎の力の前に、無様に踊るが良い。退屈させるなよ」
大剣が振り下ろされ、黎の奔流が走る。
他の幹部とは一線を画す、圧倒的な質量の波動。
「『炎熱結界』!」
リグスは結界を展開するが、あえなく黒き力の前に破れる。
横へと跳び、波動を回避した二人はムロクが動いていないことに気が付く。恐らく手を抜いているのだろう。
「舐めやがって……」
リグスは苛立ちを覚えたものの、ムロクの手加減はありがたい行為だ。まずは耐え凌ぎ、他の人員の到着を待たねばならない。眼前の相手は凄まじく強い。二人では敵わないだろう。
「風刃!」
一方、アリスは彼我の力量差を把握しながらも果敢に攻める。
彼女の手から放たれた風の刃。ムロクに迫った刃は黎の力で防ぐことすらなく、無手で受け止められてしまう。
「ほう……練度は悪くない。外界と争うことすらなかったサーラライト族の扱う魔術とは思えんな」
気の抜けたように二人の力を品定めするムロク。彼の背後にはリグスが回り込んでいた。
「はあっ!」
炎を宿した短刀が彼の背中へ迫る。
「連携も取れているか」
リグスの攻撃は目にも止まらぬ速さで放たれた回転蹴りで弾かれる。
同時にリグスは衝撃を和らげる為に後方へ跳び、不安定な姿勢で着地した。
「……では、受けてみよ」
ムロクの大剣が再び振るわれる。
先程よりも力が籠められた一閃。黒き刃が幾重にもなって飛来し、波状攻撃がリグスに迫る。
「させません……!」
刹那、アリスはリグスの前に咄嗟に出る。
彼女は自身の内側に眠る力を呼び起こす。黎の力の亜種であるオーラが、ムロクの放った攻撃を防ぎ切った。
本来彼女が持つオーラでは、圧倒的な威力を誇るムロクの攻撃は防ぎ切れない。しかし、『放出』の神能
による強化が功を奏し、相克するまでに至った。
「これは……! なるほど、面白い」
この時、初めてムロクは眼前の二人に興味を持つ。
ただの戦闘力があるサーラライト族かと思っていたが、どうもそれだけではないらしい。
彼は戦いが始まってから初めてその場を動く。
「ぬん!」
アリスのオーラに大剣を振り下ろし、強度を確認する。
「くっ……!」
しばしの相克の末、彼女のオーラが斬り裂かれた。
大剣はオーラを破った勢いを保持したまま振り下ろされ、アリスの左足に傷をつける。
「っ……!」
致命的な傷。
戦場において移動力を落とすことは、死に直結する。
「アリス様……ッ!?」
一目散にアリスの下へ駆け寄ろうとしたリグス。
しかし、奇妙な鈍痛に襲われて足を止めてしまう。
危機感を煽る痛みではない。『領域』の神能を譲り受けた時からずっと続く右目の違和感が、突如として痛みとなったのだ。
彼女は理性を取り戻し、痛みを抱えながらアリスの下へ走る。
「退け……『焔之幕!』
前方に立ち塞がったムロクに魔術を行使。
炎の純度をより高め、無数に生み出す。ムロクの眼前に炎の壁が立ち昇り、生物のように襲い掛かった。
魔術の対処に回ったムロクの後方へ回り込み、リグスはアリスの下へと走る。
「アリス様!」
「っ……リグス、私は大丈夫です。私は死んでもいいですから、『黎触の王』を……」
「死んでもいいなんて……そんな訳ないでしょう!? 絶対にボクが助けますから!」
自分の主人は、とかく自己肯定感が低い。
妹君が生まれてからずっとそうだった。だから自分の命を蔑ろにしてしまうのだ。それがどうしてもリグスには許せなかった。
自分の主人は誰よりも優しい人なのだから。
「頼む、治れ……!」
リグスは自身が苦手とする治癒魔法をアリスに施しながら、ムロクの様子を窺う。
彼女は炎魔術と治癒魔法、二つの魔力行使を同時に行っていた。未だに炎魔術を維持し、ムロクに襲い掛からせている。破られるのは時間の問題だ。
アリスの傷は塞がらない。
左足から脇腹にかけて、大きな傷が出来ている。
「リグス、私は良いのです! あなたさえ時間を稼げれば他の人達が来てくれます……!」
「いいから黙ってて下さいよ……! ボク、アリス様は大好きですが……あなたが自分を卑下するのは大嫌いです!」
「……!」
自分は主人に全てを捧げる覚悟でここに居る。
ならば、その忠義を示さなければならない。今、ここで。
「今……今、必要なんだ! あなたという人がこの国に必要だ! あなたを助ける力がボクに必要だ!」
視界が揺らぐ。
これは魔力不足によるものか、それとも別の何かか。
仄かな光が彼女の右目に宿る。
決意と忠義の証。それは力となって、希望となる。
「……『復元瞳孔』」
リグスの目から放たれた神秘的な光は、アリスの身を包み込む。
瞬く間にアリスの傷が塞がり、彼女の痛みは消え去って行く。
「これ、は……!?」
「……ようやく『領域』の神能が目覚めたようです。まったく、遅いものですね」
呆然とした様子でへたりこむアリスにリグスは手を差し伸べる。
彼女が差し伸べた手をアリスはしかと掴み、立ち上がった。
「……ありがとうございます。やはり私にはリグスが居ないと駄目なようですね」
「言った筈ですよ。どこまでもお供しますと」
炎を打ち破りながらその光景を見ていたムロクは、リグスの不可思議な力を警戒する。
完全に炎を断ち切り、ムロクは告げる。
「なるほど、面白いものが見れた。貴様らは早めに殺しておく必要がありそうだな。よく楽しませてくれた。では、褒美として地獄へ送ってやろう」
黎の力が、爆発的に増大した。
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「さあ、踊りましょう! 踊って狂って死んでしまいましょうか!」
ロンドの巧みな武術が繰り広げられる。華麗な足さばき、流れるような身のこなし。
ダイリードは彼の攻撃に対応しながらも、注意を他の方向にも向けていた。
「ウジン! 兵士の駒を狙え!」
「了解!」
戦闘を傍観する黒き駒。
『兵士の駒』は戦いを学習し、成長する。ダイリードは以前にロンドと戦った際に『兵士の駒』が圧倒的に厄介な存在となったことを覚えていた。
ウジンはロンドを掻い潜り、兵士に肉薄する。
矢先、側面から炎の矢が飛来。
「チッ……邪魔くせえ」
『魔導士の駒』が彼の動きを妨害する。
ロンドの戦闘を最大限にサポートするように魔導士は立ち回っている。まずは魔導士を潰し、その後に兵士を潰すべきだとウジンは判断した。
「絶対重力──」
神定法則をレヴィーの内部に展開。自身とダイリードのみを法則の適用外として重力を発動した。
「ああ、それも知ってますよ! 如何なる技を以てしても防げない、不可思議な重力……アジェンで悪魔と戦った時に使っていたそうじゃないですか。どのような原理なんです?」
「教えるかよ、タコ」
ロンドは圧倒的な重力に体勢を崩し、そして──
「防げないのなら、適応すればいい。違いますか?」
凄まじい重力を科せられてなお、低姿勢で動き回る。
彼は下方からダイリードに蹴りを放ち、毒ナイフを投擲。ナイフはダイリードの服を掠め、なんとか傷を負わずに済んだ。
「なっ……!?」
「ウジン殿。俺は貴方が活躍した場所で情報を集め、この重力がどの程度のものなのかを計測しました。そして自身に負荷をかけて訓練して……私はこれくらい動けるようになった。デメリットには違いありませんが、極限まで不利益は減らすべきだ。違いますか?」
魔導士もまた、重力に適応して動く。回避中心の戦いから防御魔法中心の戦いへ移行し、その恩恵をロンドにも譲渡する。
ウジンの剣先が魔導士に触れるが、強固な結界により傷を僅かに付ける程度。
同時に、ロンドは後方へ下がりつつウジンに拳を叩き込む。彼が回避し、飛び退いたと同時にロンドは合図を出す。
「魔導士君、今です!」
魔導士が発動したのは、重魔術。
ロンド達とダイリード、ウジンの間には距離が開いていた。そこで魔導士は予め用意していた、領域型の大規模な重魔術を発動。
絶対重力はたしかにダイリードとウジンには適用されていない。しかし、周囲の空間は重力が増幅したまま。重力を威力へと変える重魔術はこの場において最適だ。周囲の重力を一点に集め、ウジンとダイリードへとぶつけて利用する。
「相手の法則だろうと、魔術だろうと……何事も逆手に取ることができる! それを見極めた者が勝つんですよ!」
圧倒的な負荷がダイリード達を取り囲んで迫る。
「チッ……『聖重結界』!」
魔導士の重魔術を結界で防ぎながら、ウジンは神定法則を解除する。
「おや、身体が軽くなった。良いんですか?」
「はっ……こんな法則使わずとも、勝ってやるさ。……っ!? ダイリード、後ろだ!」
「ぬう……!?」
ダイリードは咄嗟に振り向き、右手でその衝撃を受け止める。
いつの間にか動いていた『兵士の駒』。これまでの戦いを吸収して神速を持った駒の一撃が、重く圧し掛かる。
後ろの対処に回ったダイリード。その背にロンドのナイフが迫る。
「はあっ!」
「油断が油断を生む。小生はおしゃべり好きですが、喋っている間も策を練っているのですよ。戦いにくだらない感情を持ち込むあなた方とは違うのです」
ウジンはナイフを打ち払い状況を改めて把握する。
敵の数が一つ増え、二対三。絶対重力は使えない。ダイリードは神転できない。国中が『黎触の団』に襲われているというから、増援も期待できそうにない。それどころか、敵の増援が来る可能性の方が高い。
(……最悪な状況だな)
まるで、こちらの手を全て読まれていたかの様な逆境。
実際にロンドはサーラライト国の戦力を完全に把握していた。直前に魔神が現れることを『黎触の団』は知っていた。リフォル教に忍ばせた斥候が情報を仕入れてきたのだ。
一方で創造神の使いが来ていると『黎触の団』は知らなかった。しかし魔神降臨により、予め知ることができた。そしてレヴィーに工作を施して故障させ、強力な戦力を分散。彼らは森に潜みながら、好機を今か今かと待ち構えていたのだ。
「さて……小生、そろそろ身体が疲れてきましたよ。ほら、足がクタクタだ」
ふらつきながら勢いに乗せた蹴りが放たれる。
ダイリードの土魔術が壁を形成し、ロンドの視界を阻害。ウジンはその間隙を縫って魔導士に接近。
「貫け、バルーク!」
魔導士は結界を展開し、自身の身を守ろうとする。
しかし、神器は生半可な守りを凌駕する。ロンドの邪魔が入らない状況ならば、三秒ほど力を籠めれば結界は砕ける。
「あ、まずいですね」
ロンドは慌てて魔導士の援護に回ろうとするが、それを許すダイリードではない。
兵士の攻撃を往なしながら、足を踏み込んで衝撃を生み出す。衝撃はロンドの足下を崩した。
「もらったぜ!」
バルークが魔導士の頭部を貫き、一閃。
黎の力は神気で出来た短剣の前に為すすべなく砕け、霧散した。
「……ま、良いでしょう。駒は犠牲にする為に在るのですから」
砕かれた駒は割り切り、ロンドは二対二の戦いに切り替える。
重魔術を使える魔導士の駒が破壊された。これで重力を逆手に取られることがなくなったウジンは、恐らく絶対重力を再度展開してくるだろう。
その時こそ──
「俺が勝ちますよ」
『黎触の駒』は不敵に笑った。




