230. 狂乱魔神と抗いの刃
魔神。それは召喚呪術によって呼び出される、秩序の眷属である。
圧倒的な力故に神と呼ばれているが、厳密には魔物。最大の特徴は、魔物が本来持たない意思を持つこと。すなわち魂を持ち、魔族と言い換えることもできるが、自己蘇生する程の意志力はない。
此度呼び出された魔神……アガカナ・リフォルは不完全な状態である。
力は本来の半分程度、意思もまた混濁としている。
『我……メッスル、者……アガカナ……』
ダイリードの攻撃を受け続けながら、魔神は自身が置かれている状況を考える。
眼前の白獣は神。魔神の明確な敵である。そして周囲の動きを阻害してくる小さき命たちも敵である。
自分が何者か、どこに居るのかも分からない。ただ一つ、滅びを撒くという使命だけを理解していた。
次第に追い詰められていく。そして、自分が命の危機に迫る度に意思が弱っていく。
『狂う……何が、くるう……? ワレが……クルウ……!』
ダイリードの腕により顔半分の装甲が消し飛ばされた時、魔神の内で何かが爆ぜた。
刹那、邪気の奔流が走る。魔神を抑えていたダイリードが後退った。
「ぬう……!?」
「聖重結界!」
「炎術結界!」
ウジンとリグスの結界が同時に展開。
邪気は絶対重力によって抑圧され、聖なる力によって相殺される。取り逃した分も炎の壁によって阻まれた。
「何だ……アイツ、立ったぞ!」
「ゼロ、こっち!」
立ち上がり、咆哮を轟かせた魔神の腕がゼロに迫る。
サーラは咄嗟に地面へと逃れ、ゼロも相互転移によって爪を躱す。
『グオオオオオッ!』
「マズいな、狂乱か……」
魔神の様子を見たウジンがぼそりと呟く。
明らかに様子が変わった魔神。アリスは彼に尋ねる。
「狂乱とは……?」
「意思を捨てて、より本能のままに全てを食らい尽くす姿勢になったってことだ。普通の魔族には起こり得ない現象だがな」
混沌に転ずる魔物あれば、秩序に転ずる魔族あり。
如何に気高き存在であろうと、因果の流れには逆らえない。神が秩序の眷属となり世界に牙を剥き、魔物が混沌の眷属となり世界を守る……普遍的に起こり得る現象だ。
『ゴオォッ!』
拮抗していた力が押し返され、ダイリードは蹈鞴を踏む。
緩慢な動きだった魔神は激しくダイリードを攻め立て、周囲の者を邪気で寄せ付けない。リグスは木々の合間を縫って魔神へ接近を試みるが、ウジンに引き留められる。
「クソ、近づけない……!」
「俺の聖重結界で邪気から守ることはできるが……あんなに暴れ回る巨体に近づいても命を落とすだけだろ? ダイリードが耐えてる内に、何か策を立てねえと……」
しかし、解決策は見えてこない。
ダイリードは次第に追い詰められていく。神族とは言っても、彼は創造神から創り出された第二次の神族。龍神や創造神のように、創世主の手によって創られた第一次の神のような力はない。
ウジンもまた、全盛の頃の虚神の力を取り戻していない。しかし、ここで彼が神転を使えば状況は改善される。自身が神ということを仲間に明かしてでも、この状況を止めるべきか……彼は葛藤する。
「仕方ねえ、か……」
彼が意を決して一歩踏み出したその時だった。
「──穿て、『アーティファクト・オーオー』」
彗星が魔神を撃ち抜いた。
翡翠色の装甲、鋭利な細身の身体に高濃度の魔力放出。その彗星は軽々と魔神の邪気を穿ち抜き、左腕を貫通した。彗星……アーティファクトが断空の軌跡を描いたのだった。
『グ……オオッ……!?』
アーティファクトに搭乗しているのは紺色の髪の少女。楽園の研究者、ナリア。
本人の力もさることながら、彼女の叡智から生み出されたアーティファクトは神をも殺す。
「なんだありゃ……」
「ナリアさん……!?」
機体からもう一つ、影が飛び出した。
魔神の肉体に比べれば矮小が過ぎる身体。しかしその身から発される力は偉大なるもの。
「──彗嵐の撃、『覇王閃・弐』」
彼が放った斬撃は青き力を纏い、魔神の背を斬り裂く。
この一撃もまた、あらゆる防御を貫通する比類なき技。彼……イージアは邪気の中に臆せず降り立ち、ダイリードへ叫ぶ。
「ダイリード、今だ! 首を狙え!」
号令を受けたダイリードは再び巨大な爪を魔神の首へと振り下ろす。
しかし死を前にして何もしないほど、魔神は衰えていない。
『ヌ……アアアッ!』
全身全霊を籠めて邪気を放つ魔神。
「想定済みだ」
翻って再び魔神に接近したナリアは、操縦席から魔力を繰る。
分解と構築。二つの現象を根本の力とする彼女は邪気を分解しに掛かった。
「遡源耐狂」
彼女の手から放たれた魔力の奔流は邪気を分解し、無へと帰していく。魔神の周囲に纏わりついていた邪気が完全に霧散し、全容が露になった。
そしてダイリードの攻撃は邪気に阻まれることなく魔神の核を貫いた。
『グ……ゥ……ワレ……メッス……』
魔神は天を仰ぎ、そう言い遺し霧散していく。
凄まじい衝撃が散り際に走ったが、ウジンの聖重結界により防がれた。
「ああ……よかった……」
アリスは安堵のあまり膝をつき、リグスが彼女を支える。
大いなる暗黒を退けた。『春霞』なくして、危機を乗り越えた。その事実を把握した瞬間、彼女の胸中から不安が大きく削ぎ落された。
「すげー! おいサーラ、俺もあの機械欲しい!」
「え……うん、まあ……ナリアに頼んでみれば? 多分聞いてもらえないけど」
アーティファクトが地上に降り、イージアもまた皆の下へ歩み寄る。
ダイリードは神転を解除し、ほっと一息ついた。
「二人とも……助かった。我の力及ばず……情けない事だ」
「ふん……私が離れているとは運が悪かったな。あのデカブツは魔神か? リフォル教が森に入り込んだのか……」
ナリアは考え込みながらアーティファクトを畳んで収納する。手のひらサイズの球体となってアーティファクトは懐に仕舞われた。
質量を無視したかのような変形にイージアは首を傾げる。
「ナリア、君のそれは何なんだ? 凄まじい力を持っているようだが」
「ん……私の発明品、アーティファクトのオーオーだ。優れ過ぎた技術ゆえ、誰にも渡すつもりはないがな」
彼女が扱う魔道具は、一国の技術を総結集しても凌駕できないものばかり。簡単に技術を漏洩させる訳にはいかないので、滅多に人前に出すことはない。
「皆さん、ありがとうございます……! 『大いなる暗黒』を倒すことが出来ました……」
アリスは三人の下へ駆け寄り、頭を下げる。
サーラライトの王族として、何よりも大切な民の命を守る事ができた。
「アリス。そう頭下げる必要はねえさ。俺たちは仲間だろ?」
ウジンはご機嫌な様子で言った。自らが神族だと明かさずに魔神を討伐できたのは大きい。
創造神が全員を遣わせた理由は不明だったが、ここまでの強敵が来るとなれば妥当な判断だったのだろう。
「おいナリア! さっきのかっけー機械、俺にもくれ!」
「降りて来て早々何を言うんだお前は……無理だ」
「えー!? 何でだよ!」
空から降りて来たゼロから逃げながら、ナリアは溜息をつく。
サーラは呆れた様子でゼロを引き留めた。
「まったく……頼もしい奴らですね。ボクはあまり役に立ちませんでしたが、とにかく誰も死なずにすんで良かったです」
「リグスだって、国を守る為に頑張ってくれましたよ。私たち自身は強くありませんが、強い仲間がいてくれる。だからこうして国を守れたのです」
魔神アガカナは、創造神の使い達により討ち取られた。
かくしてサーラライト族に平穏が訪れた。




