221. 楽園での日々
「イージア、そっち行ったぞ!」
「了解」
フロンティアの中に咆哮が木霊する。本来この地域には生息しないはずの竜種が他フロンティアから流入した。イージア、ゼロ、サーラの三名はその竜種の討伐に向かっていた。
敵は覇竜。ゼーレフロンティアである『亜天空神殿』にのみ生息する生命種である。遥かなる天空より稀に舞い降り、災害を齎す竜種として国からも最大危険度に指定される竜種だ。国家の軍が総力を挙げて討伐の対象とする覇竜はイージアたちでも苦戦する相手であった。
覇竜の巨大な体躯が迫る。山の様な身体が次々と木々を薙ぎ倒し、破壊を振り撒く。
「青雪の構え」
しかし、如何なる質量を持っていようとも青霧の護りの前には意味を為さない。石に躓いたかのように覇竜の体勢が崩れる。
巨躯を持つ竜へ致命の一撃を与えるには、イージアの力だけでは及ばない。たとえ青霧の一撃を叩き込んだとしても、体表を傷付けるだけに留まってしまう。イージアだけでも攻撃を続けていれば倒せるのだが、長期戦では周囲への被害が大きくなる。
「サーラ!」
「任せて! ゼロ、そっち行くよ!」
故に、貫通力が必要だ。
イージアの後ろで身を守りながら魔力を蓄積させていたサーラが動く。彼女は覇竜の背後に回り込んだゼロの下へ転移する。ゼロとサーラの異能、『相互転移』。互いの場所へ瞬時に移動する能力だ。
膨大な魔力が水へと変換され、一本の巨大な槍となる。
「『水渦槍』!」
槍は覇竜の後頚部に射出される。竜種の弱点は首。これは普遍的な原則だ。
あまりに太くイージアの剣では中央まで届かなかった首が、巨大な槍によって貫かれる。辺りに血の雨を降らせながら覇竜は絶命した。
三人は覇竜に黙祷を捧げながら、魔道具で遺骸を燃やす。覇竜の死体はきわめて硬度な素材が取れるので、悪用される恐れがあるからだ。
「今回も作戦通りだったな! イージアも俺とサーラの動きに合わせるのが得意になってきたか?」
「そうだな、大体の動きは把握できた。後はゼロ……君が独断で先行するのを何とかしてくれたら良いと思うんだが……?」
「あはは、それは無理だよ! ゼロは止まらないもん!」
長年彼の手綱を握っているサーラでも制御し切れないのなら、それはもう無理な話なのだろう。イージアも長い間のゼロとの付き合いで、彼の暴走を防げないのは薄々感じていた。
「さて、街へ戻ろうか。街の人たちに討伐の成功を報告して安心させてやろう」
ーーーーーーーーーー
「ありがとうございます、創造神の御使いの方々! 噂はかねがねお聞きしておりましたが、まさか本当に覇竜を倒してしまうとは……本当に報酬は要らないのですか?」
「うん。報酬なら主……創造神から貰うから。これがアタシ達のお仕事だしね」
イージア達の名声は次第に高まっていた。無償で人々の厄介事を解決してくれる存在として名が徐々に広まっている。元はダイリード一人での活動だったが、人数が増えたことにより活動勢力も広がった。
助けを求めに楽園へ来訪する者も増え、活動はますます忙しくなっていく。
「では、私達は帰ろう。二人とも行くぞ」
三人はレヴィ―に乗って楽園へと帰還する。同時に別地で任務を熟しているアリスとリグスも拾い上げる。レヴィ―は一機しかないので、同時に任務が発生した時はもう一組を経由して帰る事になる。
神殿に入ると、創造神は笑顔で彼らを迎え入れた。
「やあ、お帰り。イージア、ゼロ、サーラは覇竜の討伐。アリス、リグスは震災の復興。無事で何よりだ。お疲れ様」
労いの言葉をかける創造神に対してリグスが尋ねる。
「創造神様。震災の復興中に地神様が現れて荒れ果てた大地を元に戻したのですが……ボクらが行く意味はあったのでしょうか?」
「もちろんだよ。大地が戻っても、震災の被害に遭った子らは家や家族をなくしてしまっただろう? 君達はそんな子らの希望になったはずだよ」
「……そうですね。たしかに、ボクらの活動は大きかったのかもしれません。ありがとうございます」
神々は災害を防いだり、崩壊した自然の復興に力を貸すことがある。しかし戦争や産業の停滞、家族との離縁などは解決しない。彼女達はそんな神の手が届かない範囲を助けたのだ。
魔物や竜種の討伐、災害に対する復興、事件の解決、地脈変動の観測。様々な問題を解決するべく創造神の使いたちは動き続けた。
イージアが初めて楽園を訪れてから、実に二十年の月日が過ぎ去ろうとしていた。絆は深まり、世界は進んでいく。ただ一人、イージアだけはそれを善しとはしていなかった。
----------
楽園の神殿地下にある一室の扉が叩かれる。
イージアは返事を待たずに部屋の中へ入った。返事が返って来ることはないからだ。
中ではいつものように『錬象術』を司る紺色の髪の少女……ナリアが研究を続けていた。
「帰れ」
「魔道具の補修を頼む。覇竜の遺骸を焼いたのだが、壊れてしまったんだ」
ホースのような魔道具をナリアの前に置く。彼女はそれを取って紅蓮の瞳で見ると、後ろの箱に放り投げた。
「一週間だ」
「分かった。ありがとう」
部屋を去ろうとするイージアのローブの裾を掴み、ナリアは溜息をついた。
「はあ……」
「何か?」
「何か、じゃない! いつもこうして無償で引き受けてやってるのだから、何か感謝の印でも寄越せ!」
そうは言われても、イージアに差し出せる物は金くらいしかない。
財布を懐から出し、彼女の前に紙幣を差し出した。
「これで足りるか?」
「別に金は要らんが……もらっておこう。それよりも、珍しく私の方から頼みがある。珍しく、な。まさか聞かないとは言わないだろう?」
いつも魔道具を修理してもらっているのは事実。イージアは素直に彼女の頼みを引き受けることにした。
「どうしてこうなった……?」
イージアには無数のプラグが繋がれていた。
プラグからは様々な属性の衝撃が流し込まれる。
「ふむ、今のところ十三属性を九割減……やはりそのローブは異常だな。属性耐性だけではなく自動修復、転移、恒温、不朽、自動更新……お前がいつも着ているのも頷ける。あと林檎のような匂いはなんだ?」
「匂いは製作者の趣味だ」
彼女の依頼とはローブの実験だった。
あまり気が進まないイージアだったが、ローブに対する信頼があるからこそ実験を許可した。
「で、製作者は誰なんだ? 魔道具の研究者として非常に興味がある」
「……残念ながら既にこの世にはいない」
正確に言えば、この世界線にはいない。今もなおレーシャは生き続け、イージアと共鳴を維持していることは間違いない。
「そうか……嫌なことを聞いたな」
「何? 他人を思いやる心が君にもあったんだな……」
「お、おまっ……私を何だと思っている! 得体の知れない不審者の魔道具を直してやってるのは誰だ!」
「冗談だ」
イージアの冗談は冗談に聞こえない。そもそも殆ど冗談を言わない。
明らかに本心から出た言葉だろうとナリアは思いつつも、彼のローブからプラグを外した。
「もういい。さっさと出ていけ」
「ああ。一週間後にまた来る」
頻繁にこの実験室を訪れる仮面の男にナリアは辟易しつつも、どこか安らぎを感じていた。




