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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
10章 正道擲つ渇望
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218. 邪道の凶報

「俺は行かない……あの悪魔はなあ! 俺の神なんだよ! アンタらこそが悪魔だ、神の使いなんかじゃない!」


 突然の誹りを受けるイージア。ラバイは取り乱したかのように彼に肉薄し、罵声を浴びせる。


「悪魔は言ってた……俺が死んでもアイツは世界から消えないって。契約の縛りが消えて、自由の身となって世界を動き回れるようになるだけだと。じゃあ、俺はアンタらの命令に従わないさ! でも、アンタは俺を殺せない……だって、俺が命令する以外に悪魔を追いだす方法なんて無いんだから!」


 なぜ彼は尚もイージアに反抗し続けるのか。

 彼自身も流されるままに悪魔と契約し、不意に人を殺してしまったことを悔いていたというのに。


「これ以上悪魔を放置すれば、より多くの犠牲が出てしまう。君だってそれを望んでいる訳じゃないと言っていただろう?」


「ハハ……クククッ……アンタは随分と甘いな。温い世界で育ってきたんだろうよ……嘘に決まってんだろ、そんなことォ! 俺は最初から人間を殺す為に悪魔と契約した! もっと、もっと殺さなきゃならない!」


 しかし、イージアにとって感情はどうでも良い。

 ラバイが如何なる大願を抱えていようとも悪魔は止めねばならない。


「ならば、無理矢理にでも君を連れて行く」


「連れてっても無駄さ……俺は悪魔に絶対命令しない。願いを叶える為なら……死んでやってもいい。……グ……ァ」


 ふと、彼が呻く。苦悶の表情を浮かべながら深呼吸する。

 一拍置いて彼は正常な呼吸を取り戻した。


「何だ……?」


「俺は悪魔と命を共有している。アイツが魂に傷を負えば俺も傷付くそうだ。それが奴に提示された契約条件さ。ただし、俺が死んでもアイツは死なないが」


 つまり、ウジンが悪魔に対して確実に傷を負わせているということ。

 光明が見えた……しかしラバイは不敵に笑った。自らの……いや、悪魔の勝利を確信しているかのように。


「アンタの仲間、変なオッサンが居るだろ? 見えるぜ、随分と苦しそうな表情してるねえ……どうやって俺の悪魔に勝つつもりだ? ほら、また吹き飛ばされた」


 悪魔と共有した視界においてラバイはウジンとの戦いを見つめていた。

 状況は圧倒的に悪魔の有利だった。ウジンが発した黒き波を、嫉妬願望(アメメシュ)によって吹き飛ばしているところだ。


「無駄なんだよ……全部、全部! この国の奴らは全員苦しんで、犯した罪を悔やんで死ぬ! そうだ、俺から奪った金も、仕事も、立場も、名誉も……幸せも! 俺を騙して、蔑んで奪った幸福はさぞかし美味かっただろうなァ! 次は俺の番だ……俺が、アイツと……幸せになる」


 この国に訪れた悪魔という脅威は、この国自身の負の連鎖が生み出したものだ。

 自業自得……そう言ってしまえばそれで終わり。しかし下層の住人にはどうすることもできない。彼らに罪はなく、故に彼らは罪に走る。

 イージアは冷静に理解していた。ただし、全ての人間を守ることはできない。これがアジェンの在るべき姿。


「それは許されない。君が幸せになりたいのなら、罪を認めて自分を見つめ直すんだ。誰でもやり直すことはできる。たとえ君が鏖殺を手引きした人間だとしても」


 上っ面の言葉。ラバイに悪魔を止めさせる為の綺麗事だ。

 イージアは自分自身で言葉の薄っぺらさを理解していた。人間はやり直せない。失ったものの大半は取り戻せない、時間は巻き戻せない。


「やり直せるだって……? アンタに……俺の何が分かる!? 神はこんな国を救おうともせず、神の使いのアンタも無力! 俺は何も持ってない! 何も! だからこそ奪われて……全部失った! やり直すなんて……できる訳がないッ!」


 ある者は生まれた時から金を持っていた。

 ある者は人を騙す才覚があった。

 ある者は生き残るに足る異能を持っていた。

 ある者は底辺ながらも精霊に選ばれて力を得た。

 ある者は清廉潔白な心を持ち仲間に恵まれた。

 ある者は優れた容姿を持って金を毟り取った。


 そしてある者は、何も持たなかった。彼の名はラバイ。

 生まれた時からあらゆる犯罪に手を染めてまで生き延びて来た男。何の才覚にも恵まれず、世界にも選ばれなかった故に奪われた。

 遍く苦悶に苛まれ、仲間だと思っていた者に裏切られ、唯一の幸福を奪われた男。


 人間でも、神でも、悪魔でも良い。誰か助けてくれと願った。

 そんな矢先に現れた悪魔。アレはまさしく彼にとっての神であった。ただ一つ、奪われた幸福の奪還を約束した。無数の人間の命と引き換えに。


「良いか、俺は絶対に……絶対に諦めない! 死んでも諦めない!」


 それは彼なりの抵抗であった。

 イージアは彼の心を与り知らぬ。知っていたとしても、ラバイを止めねばならないことに変わりはない。


「……仕方ない。少し強引に君を悪魔の下へ連れて行く。君が命令しないのならばそれまでだ。ウジンと共に悪魔を止め……」


「……ッ!?」


 彼の言葉を遮り、ラバイは再び呻いた。

 地に膝を付き、体中から邪気を発している。先程よりも大きい苦痛だ。


「邪気……契約が発動したのか。しかしこれは……」


「あ、れ……? あれ? あれ? 何で……何で……」


 彼は地面をひたすらに見つめ狼狽している。いや、見ようとしているのは地面ではなく悪魔と共有した視界。


「何も……見えない。真っ暗だ。おい、メアハフノ? 早く終わらせろよ……おい!」


 彼は悪魔の名を呼び、その場に召喚を試みる。しかし魔力は虚しく蒸発。彼の呼びかけに応える者は居なかった。

 イージアは違和感を覚え、周囲の状況を把握する。強大な邪気が感知されない。代わりにあるのは莫大な神気。ちょうどウジンが交戦していた場所で、神気が天から地に満ちていた。


「終わった……のか?」


 まさか、本当に大悪魔を討伐してしまうとは。

 イージアは神族として虚神の偉大さを知ると共に、心の底で安堵した。


「おい、おい……見えない。痛い……俺はどうなってる? おい……」


 しかし、眼前の男を見て安堵はすぐに失せた。彼は悪魔と命を共有している。

 もしもウジンが悪魔を殺したのならば──


「嫌だ……待ってくれ……俺を助けてくれ! 誰でも良い、誰でも良いから!」


 声が響いたものの、周囲にはイージアのみ。

 彼は黒で閉ざされた視界の中で叫んだ。虚しく両手が空を切る。

 全身の穴から血が噴き出し、痛みに苛まれる。呪術による契約は治しようがない。イージアには彼を助けられない。

 もはや何も聞こえないであろう彼にイージアは告げた。


「君は……哀れだな。せめて一瞬で……」


 イージアが彼の介錯を務めようと刃を向けた、その時。

 彼は死にかけの小鳥のように喚いた。


「妹が……居たんだ」


 ふとした言葉に彼は手を止めた。

 誰に向けたでもない、虚ろに向けて放たれた言葉。


「俺の、全てだった……たった一つの、幸せだったんだ……返してくれよ……」


「……」


「なあ、俺から奪った……あの娘の命は……誰が返してくれるんだ……? 誰でも……いい……誰でも……」


 返せない。

 少し前に彼に問われた会話が蘇る。


『……なあ、創造神は死んだ人間を生き返らせることはできるのか?』


 あの時、イージアが優しい嘘を吐いていたら。

 もしかしたら、彼の未来は変わったのかもしれない。仮面の裏の瞳に、水色の少女がフラッシュバックする。彼は過去の幻影を振り切りラバイの手を握った。


「…………」


「ああ……なんだ……アーラ。そこに……居たのか……俺も、そっちに……」


 呪術の炎が彼を焼き焦がす。塵のように彼は消え、跡形もなく消失した。

 きっと、誰も彼のことは覚えていない。覚えられることすらなかった、虚しき人間。


「私は……君を忘れない。ラバイ」


 イージアは彼という人間を魂に刻む。

 無言の鎮魂歌を捧げ、彼は立ち上がった。

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