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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
10章 正道擲つ渇望
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210. 統べる黄蜘

 地下牢へと連行されたイージアとウジン。牢を破ること自体は簡単だが、いつ実行するのかは問題であった。


「武器を全て預からせてもらう! 服も着替えてもらうぞ!」


 ウジンは言われるがままに囚人服に着替える。隣に立つイージアも剣を置き、ローブを脱ぎ始めた。


「……仮面も取れ」


 ウジンは彼の動向に気を配っていた。人前では決して仮面を外さない彼が、はたしてどう動くのか。彼は逡巡を見せたが、言われるがままに仮面を外した。現れたのは少年の顔。


「ッ……!?」


 見覚えがある。たしかに彼はウジンがかつて見たことのある顔立ちをしていた。しかし、この時代には存在し得ない筈の顔立ちである。

 アルス・ホワイト。少年の名をそう言った。かつて虚神として未来で召喚された際、彼はウジンと相対した。もっとも新しい神族にして、レーシャの知己だった者。


 武装を解除した二人は牢の中に放り込まれ、沈黙した。


「……なあ、イージア。お前の本当の名前を教えてくれないか」


 沈黙を破った、ウジンの言葉。一瞬、何を言われたのかイージアには理解できなかった。いくら『イージア』が作られた名であるとはいえ、なぜ偽名だと暴かれたのか。


「イージアは本名だ。突然何を……」


「アルス」


「!?」


 綴られる筈のない文字列。綴られるべきではない文字列。存在してはいけない名。

 彼にとっての禁忌がウジンの口から不意に飛び出た。


「おっちゃんの……いや、私の本当の名はデヴィルニエ。遠き未来にて虚神として召喚され、アルスと戦った神。そして災厄に滅され、気が付けばこの男の肉体に転生していた」


 揺らいでいた。牢屋の幽々たる光景が、ぐにゃりと歪曲してイージアの意識に圧し掛かる。

 自分の装甲が全て剥がされた。心を塞いでいた窓が開け放たれ、白日の下に晒された。動揺するイージアの返答を落ち着き払って待つウジン。

 イージアは彼の様子を見て、僅かに落ち着きを取り戻す。そして彼が述べた言葉を頭の中で整理した。


「つまり……君は。未来から……私と同じ世界から来たという事か……? だが君はラウンアクロードに殺されたはず……」


「然り。君とディオネで戦い、アーティファクトに身体を埋めて世界を巡っていた神だ。思い出したようだな。なぜ私が生きており、過去に転生したのかは不明だが」


「私は……ラウンアクロードを討つ為、この時代に来た。奴は今、この世界に潜伏していて……奴を討つ為に旅をしていた」


 少し上ずっていたイージアの声が、次第にいつもの調子を取り戻していく。


「何……? 彼の災厄が、この時代に……! なるほど、では私は君の遡行に導かれて転生したのやもしれぬな。因果の導きというやつか」


 今一度、ウジンの姿を見る。これが神族だと誰が思うだろうか。

 道理で十年経っても姿が変わっていない訳だ。


「イージア。私にも協力させてはくれまいか。あの災厄には引導を渡してやらねばならぬ」


「……もちろん、構わない。しかし見つからないんだ」


 それからウジンはイージアが今まで辿って来た軌跡を聞く。彼は災厄の御子であるレアの事は語らなかったが、その他の情報は詳らかにした。

 創造神が何かしらの情報を握ってはいそうだが、あの神は何も話さない。何かを見透かしているようで、その実何も語る舌は持たない。虚神は長い付き合いの中で彼の神の性格を知っていた。


「……なるほど。だが、焦ることはあるまい。災厄が傷を癒すにはかなりの歳月を必要とする」


「分かっているさ。焦るなというのは無理な話だが」


 それから再び僅かに沈黙が場を支配した。

 ウジンが沈黙を破る。


「しかし、随分と口調が変わったものだな。かつては僕などと自称して柔和な印象を抱いたものだが」


「君こそ、中年らしい振る舞いに慣れているようだが」


「ははっ……そうだな。このおっちゃんらしい口調にも慣れちまった。今じゃこの話し方じゃねえと落ち着かないさ。転生したては神転も出来なかったからな……尊大な喋りだと喧嘩を売られちまうもんでな」


 ウジンが虚神としての語り口を捨てた理由は、生き残ることに必要だったから。しかしイージアの口調の変化はウジンに理解しかねるものだった。仮面を被る理由も、また。しかしそれを問いただす気は起こらない。


 他者の心情は、ウジンに理解するべくもないものであった。人の心を愛するが故に、虚神は人の心から目を背けてきたのだから。


                                      ----------


「おい! 出ろ!」


 暫く後、牢から出るように促される。思ったよりも早い。

 折を見て脱獄しようと画策していた二人だが、意外な展開に眉を顰める。ひとまず何も反抗せず、大人しくついて行くことにした。


 通されたのは、応接間らしき部屋だった。囚人服を着た男二人には似つかわしくない場所だ。

 席に座り、複数の護衛に囲まれている男が二人を睨む。彼は二人の姿を見るや否や目尻を下げ、柔和な表情を浮かべた。


「これはこれは。よくぞおいでくださいました、我が恩人方。この度は我が配下がたいへん失礼な真似を致しました」


 促されるがままにイージア達は席に座る。豪奢な服装の男だ。何の官位を表すものかは知らないが、よほど高位な人間なのだろう。


「恩人……? 私は君に会ったことはないと思うが」


「申し遅れました。私はジニア・ジルコ。この国の総裁であります。恩というのは他でもない。あなた方がグラジオサードと父を倒してくれたことですよ」


 イージアの疑問に彼……ジニアは答える。彼の求めていた総裁が目の前に居る。これは事件のことを問いただす好機であった。

 しかしウジンはジニアに待ったをかけた。


「いや……なんで自分の親父が殺されたのに恩って言えるんだ?」


「十年前の出来事は私が国を掌握する契機となりました。率直に申し上げれば、父も私の障害でありましたから。ですから、あなた方は恩人なのです。イージア殿が捕まったと聞き、すぐに飛んできましたとも」


「……俺には分からねえ感性だ」


 ウジンは眼前の男から目を背けた。家族すらも邪険に扱う態度は理解できるものではない。

 イージアもまた同様の想いを抱いていたが、ここは私情を挟まずに問いを発する。


「なるほど。では、私達を解放してくれると?」


「ええ、もちろんです。かつて崩壊しかけた勢力の指名手配が残ってしまっていたようで……申し訳ありません。すぐに取り消させますので」


 彼がぱん、と手を叩くとすぐに使いの者の一人が外へと出て行った。おそらく指名手配を取り消させに行ったのだろう。


「ところで、一つ聞きたいことがある」


「はい、何でしょう」


「失踪事件について」


 イージアは質問をする瞬間、ジニアの反応をよく見ていた。何か隠し事をした返答をしないか見逃さない為に。


「……分かりませんね。正直に言えば、調べてすらいません」


 しかし、彼の反応に嘘の気配は感じられなかった。ただ正直に首を横に振るのみである。

 困った事になった。政府の上層部ならば、何かしらの情報は掴んでいるだろうと踏んでいたのだが……


「なぜ調べていないんだ?」


「調べる程の価値を感じませんからね。上層区画の住民から陳情されれば仕方なく動きますが……経費の無駄ですよ」


「お前な……自分の国の住人が死んでるんだぜ?」


「無能がいくら死んだところでどうでも良いです。上層の住人は有能で価値がある、下層の住人は無能で屑の集まり。屑を助けるなど愚か極まりない。実に合理的ではありませんか?」


 思わずウジンは絶句する。この人間とは決定的に考えが合わない。人とは誰かを想い、誰かを願う生物ではないのか。人がそんな生き物だからこそ、虚神たる彼は人を愛してきたというのに。


「……そうか。さて、私たちはもう出ないとな」


「おや、忙しいのですね。そういえば着替えを持ってこなくては。そのような汚らわしい服を着させてしまい、申し訳ない」


 彼は二人が持っていた荷物を取りに行かせる。

 イージアはひとまず自分が着ていた大切なローブを手元に転移させる。


「おや? 何です、それは……どこから出しました?」


「私が元々来ていた服だ。自分の手元へ転移させる祝福が付与されている」


「ほう……流石ですね。とても価値のある道具を持っていらっしゃる」


 ジニアの部下が持ってきた武具や荷物を携え、二人は出立の準備を整える。

 ウジンは最後まで黙った切り。彼の沈黙の正体をイージアはどことなく察知していた。レーシャからは虚神が人間を好きだったと聞いていた。だからこそ、この汚染された現状を見ていられないのだろう。


「では、何か私が力になれることがあればいつでも起こし下さい」


「ああ。失礼する」


 そして二人はアジェンの街中へと繰り出す。


「チッ……誰がお前なんか頼るかよ」


 誰にも聞こえないような声量で、ウジンは呟いた。

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