207. 見えざる脅威
「創造神様の使いって、普段何をなされているんですか?」
街中を歩きながら、ポーラはイージアに尋ねる。
「……人助け、らしい。私も最近活動に従事することになったのでよく分からない」
「その人助けって言うのは……悲惨なこの国を変えてくれたりするんです?」
「いや、魔物の討伐や公共事業の協力が大半で、政治には介入しないという原則があるらしい。神々には人間同士の争いには手を出せない束縛がある。政治問題になるとどうしても人間同士の争いに発展するからな……」
「そうですか。じゃあどうでも良いですね」
彼女は少し残念そうな表情を浮かべた。この世界における神族はあくまで、最低限の環境を形成することに役割を止めている。神族が形成した土壌をさらに発展させるのは人間や魔族の仕事だ。
イージアは普段、人として生きる。故にポーラが浮かべた表情の意味も分かる。神は都合のいい存在ではなく、国の状況はその国に住まう者が変えねばならない。しかし、このアジェンは変わらない。もしも神が手助けをしてくれたら……そんな願望を抱いてしまうのも無理はないだろう。
「この国の現状を変えることはできないが……せめてこの事件は解決しなければ」
「そうですね。いくら人の命が軽い国だからといって、これ以上被害が出るのは看過できませんから」
──集団失踪。原因としてはいくつか考えられる。
まず、魔物がフロンティアから入り込んだこと。これは交戦した形跡がないので考え難い。
二つ目に、集団でこのアジェンから逃走したこと。大規模な移動があって噂が全く立たないのはおかしいので、これも考え難い。
最後に、何かしらの組織が人を誘拐したこと。リフォル教か、『黎触の団』か、政府か。この可能性が最も高いだろう。
そこまで考えたところで、イージアは足を止める。
「イージア殿、どうかしました?」
「……微かに邪気を感じる」
邪気の流れは付近の酒場から来ていた。神族であるイージアだからこそ、邪気を敏感に感じ取ることができた。
邪気となると、魔物か魔族の仕業か。まだ決めつけるのは早計。
「ひー……行ってみましょう」
「中には……誰も居ない」
酒場は静寂に包まれている。邪気の流れを辿り、イージアは酒棚に辿り着く。酒が全て盗まれた棚から邪気が発せられている訳ではなく、その下から流れが来ている。
棚を横に移動させると、下には階段が続いていた。
「……君はここで待っていてくれ」
「えっ! わ、分かりました! お気をつけて……!」
階段を下る。邪気を肌で感じる感覚は水中に潜っているような感覚に近い。決して愉快な感覚ではない。神族であるイージアと正反対の性質なのだから当然だ。
下へ行くにつれ、邪気が薄れていく。いや、薄まっているのではなく、他の何かの匂いが強くなっているのだ。
(……血か)
鉄の匂い。もはや慣れたものだが、これも気分が良い匂いではない。
地下室へ辿り着くと、彼は暗視が可能なように視覚を調整。地面には少しくすんだ紅が広がっている。
そして──
「予想以上の被害か……」
無数の人骨。地下室を埋め尽くさんばかりの骸がイージアを見つめていた。
肉体が腐敗して白骨死体が出来上がったのではない。地面に広がる血の色から見て、自然腐敗によって肉が腐るには早すぎる。おそらく何者かが血肉を削ぎ落したか、焼いたか。
失踪した人々の亡骸だろう。周囲に生命反応はない。邪気も何者かが活動した形跡が蟠っているものが漂っているのみだった。彼は事態の深刻さを重く受け止め、地下室から出た。
「何があったんですか……?」
階段の上からポーラが覗き込んでいた。
「見ない方がいい。無数の白骨死体があった。失踪した人々の死体だろう」
「え……? 全員……この区画に居た人全員の死体ですか……?」
「……おそらくは。数十の骸が地下室を埋め尽くしている。下に降りると、殆ど身動きが取れないほどの死体があった」
一瞬にしてポーラの顔が青褪める。それから彼女は足を震わせて階段から離れた。
「どっ……ど、どっ……どうしま……しょう……」
「この問題は我々が解決する。君は早くここから離れるべきだな。まあ、この区画以外も安全とは言い難いが。とにかく私はこの塵殺の執行者を見つけなければならない」
静寂の所為で、イージアは眼前の少女が過呼吸に陥っていることを知る。ひたすらに酸素を求めて呼吸を繰り返す音がやけに大きく聞こえる。
一人の年若い自警団員に背負わせるには、あまりに重い事態。ポーラはまだ子供だ。イージアは大人として、彼女にここまでの負荷を与える訳にはいかなかった。
「わ、私は……この事件を解決する為に来ているのです……。ですから、帰る訳にはいきません……」
「解決するのは誰でも良い。君が命を投げ打っても良いのなら、調査の続行を止めはしないが……」
「はい! 私には覚悟があります……! ですから、まだ続けさせてください」
「……その覚悟が詭弁でないことを祈るよ。もう一人、調査を行っている者が居る。一旦彼と合流する」
「はい!」
しかし、イージアには彼女を止める権利はない。彼女が選んだ道を肯定する他ない。
この荒廃した国で自警団に入るような性格からして、彼女が否が応でも事件を解決しようと動くことは目に見えていた。故に、彼にできる事は守ることのみ。少しでも失われる命を無くすために、剣を取ることであった。
----------
街の入り口まで戻って来たイージアはウジンに事の仔細を伝える。
「なるほどな……俺の方は何も見つからなかったが、そっちは大きな収穫ありと。しかし、そんな大虐殺が誰にできる? 組織的な犯行か? 目的は何だ?」
彼は渋面を作りながら俯いた。人を殺し、その血肉を削いで白骨を地下室に埋める。猟奇的な殺戮だが、犯人の足跡が見えなければ、目的も釈然としない。考えられるのは呪術の類だが、この場に居る者らは呪術に詳しくない。
ウジンは頭を上げ、ふと自警団の少女を見た。
「到底そこのお嬢さんにどうにかできる問題じゃねえと思うんだが……」
「それは重々承知しています。でも、やらなきゃいけないんです。このまま問題を放置しておけばますますアジェンは荒廃してしまうでしょうから……」
真摯な言葉を受けたウジンは、困った様に頭を掻いた。国を想い、平和を想う気持ちを彼は見過ごせない性格だった。かつて彼が虚神として活動していた際、人間同士の争いには介入してはならないという約定を破ったほどに。
俯くウジンとポーラ。その傍らで、イージアは空を見上げていた。
何の変哲もない夕空。しかし何かを直感的に感じ、ふと空を見上げたのだった。
「……上だ!」
刹那、爆風が巻き起こった。
イージアは横に居るポーラを風魔術で運び、飛び退く。ウジンもまた上方からの衝撃を避けるように左方へ転がって受け身を取る。
「チッ……何だ!?」
風の流れ、塵の動向。そして邪気の配り。
先程感じた邪気と似通っている。
「見えないが……何かしらの攻撃が来ている。二人とも警戒を」
「み、見えないって……どうすれば良いんです!?」
「ああ……これか。不可視の攻撃ねえ……恐らくアレだろうが」
ウジンは気配の正体に見当をつけながらも、警戒を怠らない。
気配が動く。
「右、下方!」
ウジンが叫ぶ。
同時、イージアは他の二人を巻き込んで風魔術を発動させた。
「【風見鶏】」
周囲一帯に風が巻き起こった瞬間、気配の動きが停滞する。幻影を周囲に付与し、敵の判断を迷わせたのだ。これで気配が視覚を頼りに攻撃を行っていることが判明した。
しかし、他にどのような性質を持っているのかは不明。迂闊に手を出すことはできそうにない。
「試してみるか、重雨」
続けてウジンが魔術を発動。
気配に向けて重力負荷を与える。周囲の空間が歪み、急激に重力が増加する。
「……やっぱり効かねえか」
気配の動きは鈍ることなく、イージアが作り出した幻影を攻撃する。
恐らく、気配の本体は此処にはない。
「イージア! こいつを一旦退ければ、しばらくは再び襲ってこれない筈だ!」
「君は何かを知っているのだな。承知した」
つまり、今はこの気配を倒せば良いだけのこと。それさえ分かればイージアは動く事ができる。
「青雪の撃──『連環』」
刃風が連なり、巻き上がる。
大雑把な範囲攻撃だが、姿が見えない以上致し方ない。刃風と同時にイージアの剣先は何かに触れ、たしかに斬り裂いた。しかし手ごたえはない。まるで砂の楼閣を崩したかのような感覚。
「これで……良いのか?」
攻撃はぴたりと止み、一帯の邪気は霧散した。そして攻撃が続くことはなかった。
「ああ。とりあえず、術式を破壊した感じだな。詳しい説明は後でするとして……こりゃ不味い事態かもしれないぜ」
ウジンは破壊された石畳を靴先で叩きながら、夕空を見上げた。




